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裏側世界の真ん中で  作者: 久條 ユウキ
序章.はじまりの物語
3/45

まずは『君』について語ろう

2014/4/2 リオンの設定等一部修正


「なるほど、キール君が気に入った子供か……面白い、すぐに連れてきなさい。うちで引き取るかどうかは、逢ってから決めるとしよう」


ああやはりこうなったか、とラスは内心頭を抱えた。



彼の実家、ローゼンリヒト家は良くも悪くも国内外で非常に有名だ。


現当主であるフェルディナンドは43歳。

武術、特に剣術に優れた彼は騎士の道を志して王立ヴィラージュ学園へと入学、入学当初から敵う者なしと言われるほどの強さを見せ、10代半ばという異例の早さで王城警護にあたる騎士に抜擢された。

その後20代前半までは騎士団を率いていたのだが、結婚を機にあっさりと退団し領地に引っ込んでしまう。


最初に生まれた子は女子、アリステアと名づけられた。現在20歳。

身体の弱かった母には似ずすくすくと、実にたくましく育った彼女は体術を得意としていた。

父と同じく王立ヴィラージュ学園にて体術を極め、卒業後すぐに王女殿下の護衛兼侍女として出仕したのだが、現在は結婚準備のため一時的に休みを取り実家に戻ってきている。


そして長男のラスティネル、現在18歳。

昨年ヴィラージュ学園を首席で卒業したばかりの彼は、『魔法』をベースにして『科学技術』を利用するという産業改革研究に取り組んでいる。


『科学』というのは、この世界【ラーシェ】と隣り合わせの世界【地球】で発展しているという、魔法を使わない技術のことだ。

魔法がないかわりに、人々は『電気』や『ガス』といったエネルギーを使い、機械仕立ての乗り物を動かしたり、遠くの人々と通信したり、同じ物を大量に製造したりと生活を便利に、そして効率よくしているらしい。

行き来ができない二つの世界、しかし【ラーシェ】には稀に【地球】からの『落ち人』がやってくる。

言葉通り、落ちてきた人……二度とあちらの世界には戻れない、悲劇に巻き込まれた彼らは、それでもどうにか異なる世界で生き残ろうと、かつての世界の技術をあれこれとこの世界に伝えてくれた。


この世界には魔法が浸透している。皆多かれ少なかれ魔力を持って生まれ、それが強い者は魔法を操ったり魔道具という魔法を媒介する道具を製造したりしている。

その中に『科学』の知識を取り入れたらどうなるか?

ある時、そう考えた研究者がいた。

ラスはそんな彼に師事し、【地球】でいうところの『電気』を『魔法』で代用できないか、魔法をベースにして動く乗り物や通信機器は作れないか、そう考えて日夜研究に励んでいる。


少し前に彼らのチームが完成させたのが、あちらの世界で『電車』と呼ばれる乗り物だった。

魔法が発達した世界とはいえ、土地から土地の移動には人の足か動物を使う。

余程魔力が高い者であれば転移の魔法も使えるが、一般人レベルでは到底無理だ。

そこで、その不便さを解消するために彼らは操縦士の魔力で動かせる乗り物を作った。

電気という概念はこの世界にないので厳密には『電車』ではなく、便宜上『魔導列車』と呼ばれている。

街道沿いにレールを敷く作業はさすがに手間取っているものの、大都市から少しずつだが地方都市へとレールが延びつつある、ということは徐々に庶民に受け入れられてきているということだろう。



前置きが長くなってしまったが、『ローゼンリヒト家』は早くに亡くなった当主の妻以外は……否、早逝そうせいしたとはいえ上級魔法を易々と使いこなしていた彼女も含め、国内外から『化け物家族』と呼ばれている。

褒め言葉として使う者は「決して敵に回したくない」という意味で。

侮蔑の言葉として使う者は、言葉の通り「人間とは思えない」という意味で。


そんな家に迎え入れてやってくれ、とキール・ヴァイスは友人に頼み込んだ。

それを実家に伝えると、家族は快く面談を受け入れてくれた。


(というより、まぁほぼ家族入り決定だな……なにより姉上の喜びようがすさまじい)


嫁に出てしまうはずの姉は、しかしこの家の中では次期当主であるラス以上の発言権を持つ。

女傑と言ってしまえばいいのかどうなのか、父でさえ敵わないのだから最強と呼んでもいいだろう。

そんな彼女が楽しみにしているということは、余程の粗相をして嫌われない限りはあの少女がラスの義妹になるのは決定事項、ということだ。




「ヴァイス、あの子供は動かしても問題ないだろうな?」

「うん?まぁ、多分?」

「……どうして疑問系なんだ……自分が拾ったんだろう、ちゃんと責任を持て」

「拾ったなんて、あの子の前で言うんじゃないよ、ラス」


一瞬にして剣呑なオーラを醸し出す友人に、ラスは少し顔を青ざめさせて「わかった」と取り繕った。


(確かにな……あの子は家族に見捨てられたのだから、既に心に傷を負っているはずだ)


『捨てた』だの『拾った』だの、事実とはいえこれでは物扱いと同じだ。

ついついストレートな物言いをしてしまうラスにしてみれば、友人の逆鱗に触れないように、なにより少女をこれ以上傷つけないように言葉を選んで話す必要がある。



寝室にそっと入ると、大きなベッドの上、すぅすぅと寝息を立てて熟睡する少女の姿がある。

真っ白なシーツの上に散る、パサパサのブロンド。

きっと手入れをすれば綺麗なプラチナになるだろうそれは、これまでどれだけ過酷な環境下に置かれていたかを物語っているようだ。


「起きたらお風呂に入れて、磨いてあげないとね」

「まさかと思うが、お前が磨くんじゃないだろうな?」

「……あのね、ラス。君の中の僕のイメージってどうなってんの?念のため言っとくけど、僕に幼児愛好の趣味はないからね」

「そうか、それは良かった」


本気でホッとしたような表情を浮かべたラスに、キールは形のいい眉をしかめて見せる。


「ついこの前完成した『侍女さん人形2号』があるから、世話をさせてみるよ。基本的なことしかできないけど、まぁ風呂くらいは入れられるでしょ」

「……2号ということは、1号はどうした」

「ん?試作品だし、たいして役にも立たなかったから壊しちゃったけど」

「…………」



キール・ヴァイスという男は、謎だらけだ。

今から10年前、薄汚れた格好をした黒髪の少年が領内の森の中から見つかった。

『キール』と名乗った彼に、『ヴァイス』という姓を与えたのは先代のローゼンリヒト家当主。

代々面白いもの好きな家系なのが幸いし、キールはそのまま森の中に邸を貰い住み続けている。


学園には特待生として入り、武術、体術、魔術、学術、その全てでトップクラスの成績を叩き出したにも関わらず、しがらみに囚われたくないからと仕官の道を断ち、相変わらず邸に引きこもっている。

そして時折妙な魔道具を作ったり、気まぐれにラスの研究を手伝ったり、気ままに過ごしていた。


彼の言う『侍女さん人形』もその道楽のひとつで、元々は邸の掃除をさせたり洗濯をさせたりする道具を考えていたところ、できたのが人型の魔道具……主の魔力を元に動く『魔導人形』だったというわけだ。


(化け物家族を超える化け物だな、こいつは。だがまぁしかし、敵でないのはありがたい)


身元不明、年齢不詳の『化け物』キール・ヴァイス。

彼がどういう経緯だか見出し、気に入って、友人であるラスに預けようとしている少女。

それが『只者』であるはずがない。


「それで?いい加減、あの子供の名前くらい教えてくれてもいいだろう?」

「ああ、言ってなかったっけ。エリカだよ。……エリカ・ユリシス」

「『家族』になれずとも、名前だけはつけたか」

「『契約』の手続き上、名無しじゃ個人認識できないからね?」


皮肉げに片眉を上げ、キールは忌々しげに顔をそらした。

眠っている少女にはその顔を見せたくないとでも言うように。





「ん、そういえばヴァイス……昨夜のあの少年のことだが」

「ああ、彼はね……ほら」


キールがエリカに向かって手を伸ばすと、触れる寸前でパシッと小さな火花のようなものが散り、その手を弾いた。

ほらね?と言いたげな視線を受け、ラスは益々わからんと顔をしかめる。


「ねぇ、エリカの中にいる君。いい加減、ちゃんとお話しようじゃないか。ここまでの話は聞いてたんだろ?だったら僕らが敵じゃないこともわかるはずだ」

「中にいるだって?」

「そう。彼はエリカとずっと一緒にいる。不思議に思わなかった?『家族』のいないこの子が、どうしてこれまで生きてこられたのか」


生まれて間もなく、末の娘を離れに隔離した『家族』

魔物を監視に置き、決して外には出さないようにと契約を交わした。

魔物が終始見張っているような場所に、誰が食べ物を差し入れにいくだろうか。

誰が、成長に応じた服を用意できるだろうか。


(あの少年のお陰だということはこいつから聞いたが……確かに、どうやってたんだ?)


少女の保有する魔力量が半端なく多いのは、こうしていても感じる。

だからと言って、魔力だけで生きていけるはずはない。

ラスがあらゆる可能性を考え始めたその時、不意に場の空気がゆらりと揺れた。


『…………そう。ボクがぜんぶよういしてた。ようふくなんて、どうせ一回きたらもうきないんだ。ごはんなんて、たくさん作ってもぜんぶたべないんだ。だから、あっちのいえに入ってとってきてた』

「やっと逢えたね。出てきてくれて嬉しいよ」


キールが微笑みを向けた先、光に透けるプラチナブロンドを肩まで伸ばした少年が、どこからともなくそこに立っていた。




「僕はキール・ヴァイス。こっちの仏頂面は友人でラスティネル・ローゼンリヒトという。君の名前は?」

『……リオン』

「リオンか、了解。その名前はエリカがつけたの?」

『そう。そしたら……』

「同じ姿になった?」


こくん、と素直に頷く少年……リオン。

その会話を聞いて、ちょっと待てとラスは無理やり割り込んだ。


「名づけたことで同じ姿になっただと?それではまるで……」

「そうだね。使い魔との契約に似てる。正確には、リオンは『魔』じゃなくて『魔力を纏った魂』なんだろうけど」


どういう経緯か、さまよっていた魂がエリカの魂に惹かれてやってきた。

そしてその体に接触したことで彼女に認識され、リオンという名を授かった。


普通、使い魔との契約はこんな簡単にはいかない。

まず、術者とのレベル差がないこと。そして常に術者の命令によってのみ動くこと。

それらを約束し、術者からの対価を決めた上ではじめて契約成立となる。


だが彼の話では、エリカが自我を芽生えさせる前……それこそ生まれてすぐ放置された後から、彼女の世話を焼いてきたのだという。

確かにそうでなければエリカはこれまで生きてはいなかった。

だがだとすると、使い魔であるのに契約前から主のために動いていた、という大きな矛盾が生じる。



(待て待て。どうにもわからんことばかりだが……こいつは全てを見通している、のか?)


出会って以降、生い立ちもわからぬこの腐れ縁の友人が博識……という言葉で片付けられないほどの情報を抱えていることは、何度も思い知らされてきた。

今更驚くか、とラスはソファーに深く身を沈め、フンと不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「さて、家に行く前にそのあたりの事情を全て明かしてもらわねばな」




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