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裏側世界の真ん中で  作者: 久條 ユウキ
第一章.学園編
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はじめの、一歩



基本的なチーム分けが終わったところで、シュミットはそのチームで近々実習を行うと告げ、後は各自ミーティングをしておくようにと言い置いて去っていった。


この学園内には訓練場とは別に広大な敷地の実習場が設けてあり、魔獣を放したダンジョンや生徒同士が対戦できるステージなどが併設されてある。

魔獣がいるとはいえ管理担当は学園なのだから、チャレンジャーに危険が迫った時点でダンジョン外に出されるように術が組み込んであるし、生徒同士の対戦の場合も万が一の事故が起きないように実習用に配布される腕輪でもって、監督する教師側へとデータが送られるようになっているらしい。



(さて、どうしましょうか……)


このチームのまとめ役を任されたアリサは、協調性の欠片も存在しないメンバーを前に途方に暮れていた。

寮の同室者であるエリカとは未だ距離を置いたまま、元クラスメイトであるロイともまともに会話したことすらなく、ルーファスに至っては先日『近寄らないでください』宣言をされたばかりだ。

アリサがこのチームを纏めるということ自体に異論は出なかったため、認めてもらえているのだろうとは思えるのだが。

彼女自身積極的に仕切るタイプではないため、どこからどう纏めていったらいいのか思案のしどころだ。


「……ロイって、後衛もできるんですか?」


重い沈黙を破ったのはエリカだった。

彼女は普段から口数が多い方ではないが、これ以上アリサが追い詰められた挙句に他の4人が介入してきたら、そんなことを考えて仕方なく現状打破の糸口を提供することにしたらしい。

まずはチームメンバーの能力の把握から、そう提示されたことに気づいたアリサもロイに視線を向ける。


「あー……俺がなんで魔術クラスに入ってたか、そういや話したことなかったっけか」

「適正値、低かったですよね?」

「お前ほどじゃねぇよ。つか、まぁ……見てもらった方が早ぇか」


面倒くさそうにそう言うと、ロイは左手を真っ直ぐ前に差し出した。


「来い、ナーガ」


呼びかけに応じて、差し出された手のひらの上をにゅるりと細長い光が這う。

銀色の光はやがて形になり、それは真白な蛇となった。


蛇の精霊(ナーガ)ですか。なんだか親しみの持てるネーミングセンスですね)


ここへ来る前、兄がよくやっていたRPGゲームに『ナーガ』というキャラクターが出ていた。

蛇の精霊を基にしているらしく、上半身が人、下半身が蛇という形ではあったが。

幼心になんとなく覚えていたそのキャラクターと今ロイが呼び出した蛇がどこか重なって、アリサは少しだけ懐かしくも物悲しい気分になってしまった。

が、そんな郷愁もエリカの小さな一言によってどこかに吹き飛んでしまうことになる。


「…………蛇だからナーガって、……安直」

「はぁ?何がだよ。なんかの物語に出てた名前か?」

「え、……あ、別に。ただ、なんとなく」

「なんだよ、なんとなくで文句言ってんじゃねーっつの」

「…………」


アリサは見逃さなかった。

ロイに「何がだ」とつっこまれた瞬間、エリカの視線がマズいというように泳いだことを。

滅多に表情を変えない彼女が、気まずそうに眉をしかめたことを。


(……エリカさん、どうして……?)


『この世界』には、動物の精霊という概念はない。

多神教というわけでもないし、神話の本などを読んだ限りでも蛇神がいたなどという記録はなかったはずだ。

なのに彼女は、『ナーガ』=『蛇』という繋がりを『安直』だと称した。

まるで、その名の付いた生き物が登場する物語を知っているかのような口調で。



どうして?

そんな疑問に一度取り付かれてしまったら、もう知らないフリなどできない。

偶然かもしれない。自分が知らないだけかもしれない。

それでも、だとしても、心に一度引っかかった疑問は消えてくれない。


「あの、エリカさ」

「それで、その蛇は何ができるんです?」

「…………」


意を決して話しかけようとした言葉を、ルーファスに遮られる。

エリカも呼びかけられたことには気づいたようだが、空気を読んだのか何も返してはこない。


「何ができるって言われてもな。大体、俺が望んで使い魔契約したわけじゃねぇし」

「自分でも覚えていない小さい頃に何かしたということはないんですか?」

「んー、まぁ思い当たらねぇこともねぇんだが」


話しにくそうにしながらロイがぽつりぽつりと語ったところによると、

物心つくかつかないかという幼い頃、遊びに行った森の中で罠にかかっている白蛇を見つけたロイ少年は、あまりに可哀想だからとその罠を壊して蛇を逃がしてやったのだという。

その数年後、彼が少ないながらも魔力に目覚めた時に突如現れた白蛇が、するすると彼の手のひらから吸い込まれるように消え、以降ずっと居ついてしまった。

最初は気味悪がっていたロイも、どうやら魔法の手助けをしてくれているらしいその白蛇が気に入り、ナーガと名をつけて現在に至る、というわけだ。


(蛇の恩返し、とでも言えばいいのかしら……なんだか似たようなお話があった気がしますね)


「言うなれば、蛇の恩返し?」

「っ!」


こてん、と首を傾げながらアリサが思ったのと同じことを口にしたエリカ。

まただわ、とアリサは抱いた違和感を更に強いものにした。


もしかしてという淡い期待と、まさかという強い不安。

それらがせめぎあってどうにかなりそうだったけれど、彼女はどうにかそれを飲み込んでロイに視線を戻した。


(今はまだ、エリカさんを問い詰めるべきじゃないのかもしれない……)


ならばまず、与えられた役目を果たさなければ。





「それでは、シュヴァルツ君は後衛も担えるけれど基本的に前衛向きのスキルということですね?」

「ああ……だな」

「では前衛はシュヴァルツ君にお願いしましょう。エリカさんは後衛からサポートという形で参加していただいて……」

「はぁ?わかってねーなぁ、こいつが後衛だって?」

「これだけメンバーがいて前衛が一人というのは心もとないのでは?」


エリカを後衛と宣言した途端、本人以外から苦情が出た。

ロイは何度となく手合わせしているエリカの能力的なことで、ルーファスは戦略的なことで。

どちらの言い分もわかるが、アリサには同じ女子であるエリカを前線に立たせることが最善とはどうしても思えずにいる。

ロイなら傷ついてもいいというわけではないが、それでも女子であるエリカに消えない傷でもついたらと思うと……もしそうなったら責任は『まとめ役』の自分にふりかかってくるのだから余計に。


考え込んでしまったアリサ。

そんな彼女の顔から視線をはずし、ルーファスはわざとらしくため息をついた。


「……すみませんが、今の貴方の決定には従えません。今すぐにとは言いませんが、少し熟考されたらどうですか」

「そうだな。悪いが、俺も今のあんたに決定権を預ける気にはならねぇ。今日のところは解散しようぜ」


一人、また一人とアリサの前から去っていく。

黙ってそこに立ったままのエリカの顔を見ることすらできず、アリサは自ら背を向けて訓練場を出た。




無意識にいつもの東屋へ向かおうとしていたのを、しかし彼女は頭を振って方向転換した。

向かったのは、ユリエラのいる魔術担当教師の部屋。

煮詰まってしまってどうにもならない今、あの4人に頼ってしまいそうな自分の弱さが怖くて。

そうなってしまったら、二度とエリカに歩み寄ることもできなくなってしまいそうで。

同じ女性であるユリエラに相談してみよう、そう考えたからだ。


事情を簡単に聞いたユリエラは、困ったように微笑みながら湯気の立ったカップを差し出した。


「かなり混乱しているようですわね。まずはこれを飲んで落ち着いて」

「はい……ありがとうございます」


ゆっくりひとくち飲むのを待って、ユリエラは「実はね」と話し出した。


「ローゼンリヒトさんの能力については、私もシュミット先生もハミルトン先生もよくわかっていないのですよ。あらゆる意味で規格外、わかっているのはそれだけです。貴方が戸惑うのも無理はありません」

「……はい」

「でもね、考えてみてください。その能力について最も理解できているのは誰ですか?どうやったら、その能力の方向性を理解してあげられるでしょうか?」


(誰、って…………先生たちでもわからないのに、一体誰が……)


エリカの能力を最も理解しているのは誰か?

そんな謎かけのような問いかけに、アリサは首を傾げる。

そして、はじき出された答えはひとつだけ。


「…………エリカさんとの話し合い、ですね」

「貴方がそう思うのなら、そうでしょう」


彼女の能力を理解している人という括りなら、ローゼンリヒト家の家人という答えもある。

だが今の場合、学園内での実習において『外の人間に聞く』というのは反則に等しい。

それなら残る選択肢はひとつ、他ならぬ本人に何ができるのかと確認するしかない。


ロイに、使い魔についてエリカが訊ねたように。

彼女は何ができるのか、どういった陣形なら彼女の能力を生かせるのか。

とことん話を聞いて、そして二人で考えればいい。


(現状、それができれば……の話ですけど)


学園内ではほぼ二人きりにはなれず、話をするなら寮の部屋でしかできないが。

最近、エリカが食堂に出向かないことをアリサは知っている。

部屋で食事を取り、さっさと布団に潜って寝てしまう彼女と会話するチャンスもない。

それでも会話したいと思うなら、食事の時間をどうにかして合わせるしかないのかもしれない。


「やって、みます」


まだ、怖いけれど。

彼女を知りたい、そう願ってしまったから。




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