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「すごい……! このパンプキンケーキ、本当に家で作ったんですか!?」
ケーキを一口食べるなり、瑞希が感嘆の声を漏らした。
「ふむ、こちらのタルトも中々のものだ」
「か、かぼちゃでこんなにいろんなものが作れるんですね。初めて知りました……」
「……かぼちゃ尽くし」
「ふふ、お口に合ったみたいで嬉しいわ」
瑞希に続いてお菓子に舌鼓を打つ雨音達に、幸子は嬉しそうに笑った。
「すごいです……。あとでレシピとか聞いたら教えてくれるかな……」
お菓子を口にして目を輝かせる香澄に、雨音が興味深そうな目を向けた。
「ほう、君はお菓子作りが趣味なのかな?」
「! は、はははは、はい!」
雨音に声をかけられると、香澄は大げさにびくんと肩を跳ね上げ、真っ赤な顔で答えた。そんな香澄の様子に雨音はけらけら笑う。
「そんなに身構えるな。西園の友達なんだろう?」
「は、はい……すみません」
「謝ることはないさ。ふふ、真っ赤になって可愛い子だな」
「か、かわっ!? はうぅ……」
ボンッと爆発音が聞こえそうな勢いで沸騰した香澄は、そのままくてんと背もたれに倒れてしまった。
「……雨音、意外とスケコマシ?」
「私はまだ体には手を出してないぞ? 可愛い子が好きなのは本当だがな」
にやりと不敵な笑みを浮かべる雨音を尻目に、柚穂は香澄を揺さぶる。
「香澄、しっかり」
「あうぅぅ……。……はっ!? あ、あれ、柚穂ちゃん? わ、私は何を……」
「雨音、記憶が飛んでる。雨音のせい」
「そう言われてもな」
「? 先輩?」
「思い出さなくていい。……はむ」
香澄をさとしつつ、柚穂は幸子お手製のパンプキンタルトを口にした。両手でしっかりと持ってもくもくと食べていると、雨音がじーっと見つめてくる。
「……雨音、何?」
「いや、こうして見るとやはり西園は小動物的な可愛らしさがあるな、と」
「こんどは、わたし?」
「うん。お姉さんが過保護になるのもわかる。私も改めてお取り上げされると、俄然興味が沸いてくる」
「……雨音、近い」
「は、はわわわわ! せ、先輩!」
柚穂の顎にそっと手を添えて見つめる雨音に、何故か無関係の香澄が一番慌てていた。
「ふむ。今まで西園についてはあくまで小説の後輩としか見ていなかったが、こういう視点も……」
「あ、あの、先輩!」
「ん? 何だね?」
香澄が大声を上げると、雨音はあっさり手を離した。柚穂はちらりと瑞希の方を伺ったが、あちらはどうやら真剣な話をしているらしい。……そんな空気の中こんなことをしていて良いものかと思わないでもない柚穂だった。
「えと、えと……あ、先輩と柚穂ちゃんって、どうやって知り合ったんですか!?」
と、香澄は何やら思い出したようにそんなことを聞いてきた。慌てて話題を逸らそうとしているのが柚穂にもバレバレである。何を思ってそうしているのかはよくわからないが。
「……わたしと、雨音の、出会い?」
柚穂はひとまずその話題転換に乗ることにして、じっと思い出そうとする。
「……確か、七月の終わりくらい」
「うんうんっ」
「雨音が、教室に来て」
「うん、来たましたねっ」
「部室に連れてかれて」
「うんっ」
「入部することになった」
「うんうん、それでっ?」
「おわり」
「うん……うん?」
聞いてみたものの、結局よくわからなかった。
「えっと、先輩が最初に教室に来た時が、最初の出会いだったんですか?」
「ん」
「…………」
香澄が知っている以上の情報が得られなかったらしい。それもそうだろう。柚穂自身すら未だにどうしてああなったのか理解できていない。
……というわけで。
「……雨音、どういうつもり?」
「その一文だけ聞くと何か私が非道いことをしたみたいだな。やれやれ、仕方ない」
雨音は一つ息を吐いてから、真剣な様で答えた。
「言うなれば、……一目惚れだな」
「?」
「えぇええええ!?」
柚穂以上に香澄が驚いていた。
「ひ、ひとめ……そ、それじゃ先輩、やっぱり柚穂ちゃんのこと……」
あわあわがくがくと半パニック状態の香澄に、雨音は何でもないように続ける。
「ああ。あれは七月に入ってまだ間もない頃だったな。ふと一年の教室の近くを通った時、廊下のゴミ箱に丸められた紙くずが捨てられているのを見つけたんだ」
「雨音。ゴミ箱漁りは、ちょっと汚い」
「捨てられてすぐだから一番上にあったぞ?」
「……そういう問題じゃない」
「まあとにかくだ。なんとなく気になって拾って広げてみたら」
「……雨音、汚い」
「そこにはポエムが書かれていてね」
柚穂の再三に渡るツッコミがガン無視される。
「まあ、基礎的な技法なんかが欠けていて、目につくところもあったんだが、私はそれ以前にその文章に込められた純粋な想いに惹かれてね。確か、こんな詩だったよ」
雨音は目を閉じ、そのポエムを諳んじた。
「……――雨。あの雨の日の温かな手のひらを、わたしはまだ覚えてる」
「!」
「優しく降り注ぐ雨の下で優しく触れてくれ……」
「雨音、このお菓子、美味しい」
「むぐっ」
二、三個引っ掴んだマフィンをまとめて強引に口に突っ込んで黙らせた。幸子には悪いが、即座に黙らせるにはこれしかなかったのである。
「えと、柚穂ちゃん?」
「気にしない。……雨音、捨てたものを拾っちゃだめ」
「ふぉおふぁひっへおふぁは、ふぁふあほほおふふぇうほあふぉっはひ……」
「何、言ってるか、わからない」
「むぐむぐむぐ……ごくっ。そうは言ってもだな、あんな物を捨てるとはもったいないだろう。私はあの中に西園の才能を感じ、君を直々にスカウトしに行ったんだ」
「……名前とか、書いてない、はず」
「そこは秘密のルートをつかってだな」
「さ、さすがです先輩! 埋もれそうになってた才能を見出して、その持ち主をたった一つの手がかりで特定するなんて!」
「……香澄。尊敬しちゃ、だめ」
何にそんな感銘を受けたのやら、香澄は目を輝かせていた。柚穂にとっては雨音は良い指導者である以前に変人としか思えないのだが。
「…………私のことも、見つけて欲しかった、かな……」
「香澄?」
「な、なんでもないです! そっか、それで柚穂ちゃんは文芸部に入ったんですね」
「ん。……部員、わたしだけだけど」
「え?」
「ところで西園。さっきはよくもやってくれたな」
「……雨音が悪い」
雨音はにやりと不敵な笑みを浮かべ、マフィンをその手に掴んだ。
「食べ物を粗末にするのは本意ではないが、君も同じ目にあわせてやろうか?」
「……遠慮する」
「拒否権はない」
マフィン片手に雨音が柚穂にずずいっと迫った時だった。
「ああああ!!」
テーブルの反対側から叫び声が聞こえた。
「む? どうしたんだお姉さん。騒がしいぞ」
白々しい顔で雨音が返す。柚穂はというと、雨音に詰め寄られたまま瑞希に慌てて釈明をしようとした。
「……瑞希、これはちが」
「あんた何を私に断りもなく柚穂にあーんなんてしてるのよおおおおお!!」
が、それより先に瑞希は椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、……椅子をちゃんと戻して床に傷がつかなかったことを確認して幸子に一つ頭を下げてから、鬼のような形相で雨音の方へ向かってきたのだった。