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「すごい……! このパンプキンケーキ、本当に家で作ったんですか!?」
ケーキを一口食べるなり、瑞希は感嘆の声を漏らした。
「ふむ、こちらのタルトも中々のものだ」
「か、かぼちゃでこんなにいろんなものが作れるんですね。初めて知りました……」
「……かぼちゃ尽くし」
「ふふ、お口に合ったみたいで嬉しいわ」
瑞希に続いてお菓子に舌鼓を打つ雨音達に、幸子は嬉しそうに笑った。
「だろ、おばさんの料理ってすごい美味いだろ!」
「ほんと……って、だからなんで七実が誇らしげにしてるのよ。夕菜さんならまだしも」
「はは、昔からしょっちゅうおじゃましてるから、つい」
頭を掻いてぺろっと舌を出す七実。幼なじみとしてかなり親しくしているらしい。
「それにしても、こんないいとこのお嬢様みたいな夕菜さんと一般庶民の七実が幼なじみ、ねえ……。どういう接点が合ったわけ?」
「接点、接点かぁ……。普通に幼稚園とか……だっけ?」
「うーん、よく覚えてないかも」
七実が夕菜に問うが、二人とも記憶は曖昧らしい。
そこに助け舟を出したのは、二人のことをそれこそ生まれた頃から見ていた人物だった。
「あら、七実ちゃんとはおむつを履いてる頃からのお付き合いよ?」
「へ? そ、そうだったのか!?」
「ふふ。ここに引っ越す前は家が近くでね、七実ちゃんのおむつを取り替えたことだってあるのよ」
「そ、そうなんだ。七実ちゃんのおむつ……」
「おい夕菜、今話の焦点そこじゃなかったよな」
七実のおむつはともかく、どうやら本当に物心つく前からの仲だったようだ。記憶が曖昧でも仕方ないだろう。
「……でも、ご近所だからって普通にお付き合いするんですね? こんなお嬢様だったらもっとこう、格が違って接する機会も無さそうな気が……」
「ふふ。別に家は代々お金持ちってわけじゃないの。たまたま私も主人もお仕事が上手くいったのよ」
「それでこっちの高級住宅街に引っ越したって言ったよな。確か小学校の時」
「ふふ。お仕事用の部屋とかも作れて捗るし、こういう所に住むのって夢だったから」
「へえ……。えっと、幸子さんの職業って?」
「お母さんは服飾デザイナーさんなの。こう見えて世界中で活躍してるんだよ!」
「こら夕菜。『こう見えて』ってどういう意味?」
世界レベルの服飾デザイナー。そう聞いて瑞希は驚くと同時に、はっと気づく。
「もしかして、今夕菜さんが着てる服って……」
「そう。私がデザインして作ったの!」
「えへへ。こうやってよくいろんな服とか作ってくれるんだ。……着せ替え人形はもうやだけど」
無邪気な笑顔を浮かべる幸子に対し、夕菜は何故か遠い目をしていた。
「夕菜さん、どうしたの……?」
「そっとしといてやれ。あいつなりに色々苦労してるんだ……」
同情的な眼差しを送る七実。過去に何があったのか、深くは追求しないでおくことにした。
「そ、それじゃ、旦那さんは何をされてるんですか?」
と、瑞希が話題転換のために深く考えず話を振った時、七実が「あ……」と焦ったような表情を浮かべる。瑞希は一歩遅れて、その意味に気づいた。
「え……。あ、あの、もしかして……」
「……ふふ。気にしなくていいのよ」
幸子は少しだけ寂しそうな表情を浮かべ、とくにためらうこともなく話し始めた。
「あの人は金融会社で働いてたんだけど……。……事故で亡くなったの」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいのよ。言わなかった私も悪いんだから」
「でも……」
「悲しくないって言ったら嘘になるけど、寂しくはないの。七実ちゃんも小さい頃からよく遊びに来てくれたから、もう一人娘が出来たみたいだったわ」
「そうだね。七実ちゃん、たまにお姉ちゃんみたいって思うもん」
幸子は七実の頭を撫でた。その隣に寄り添って夕菜が笑うのを見ていると、まるで七実も血の繋がった親子のようだ。
七実がほとんど家族の一員のようになるまで親しくしていたのは、きっとそういう事情もあったのだろう。
「夕菜にたくさん友達が出来て嬉しいわ。瑞希ちゃんも、これからも遠慮せず遊びに来てね」
「……はい」
「そうだね。わたしも、西園さんともっと仲良くなりたいな。……ねえ、わたしも七実ちゃんみたいに、名前で呼んでくれる?」
「わかったわ。……夕菜」
「ふふ。これからもよろしくね、瑞希ちゃん」
お互いを名前で呼び合って笑い合う。……その様子を、七実がじーっと眺めていた。
「……どうしたのよ七実。私が夕菜と仲良くしてて、嫉妬してる?」
「ふぇ?」
「な! ち、違うわ!」
真っ赤になって否定する七実。瑞希は面白くなって続けた。
「ふふん。こんないい子な夕菜と七実じゃ吊り合わないものね」
「え、えと……」
「大体、七実が姉みたいで夕菜が妹って、どう考えても逆じゃない?」
「な……ど、どういう意味だよ」
「あ、あの……!」
「だって七実、幼稚だし、がさつだし」
「余計なお世話……」
「そ、そんなことないよ!」
と、それを遮るのは七実ではなく夕菜の方だった。
「確かに七実ちゃんはちょっと幼稚だし、がさつだし、落ち着きが無いけど、でもいいところもいっぱいあるんだよ!」
「おい夕菜、今何かひとつ増えなかったか?」
「ふうん? 幼稚でがさつで落ち着きがなくてちょっとおバカな七実に?」
「おいこら」
「ほ、ほんとだよ! 確かに七実ちゃんは幼稚でがさつで落ち着きがなくてちょっとおバカで鈍感だけど、わたしにとっては本当にお姉ちゃんみたいに頼りになるの!」
「なあ、あたしはその発言にどう反応したらいいんだ?」
「へえ、お姉ちゃんか。幼稚でがさつで落ち着きがなくてちょっとおバカで鈍感で胸が小さい七実がお姉ちゃんなんて、ちょっと想像つかないけど」
「まだ増えるのかよ! ていうか胸は関係ないだろ!」
「だから、幼稚でがさつで落ち着きがなくてちょっとおバカで鈍感で胸が小さくて実はすっごく乙女趣味な七実ちゃんはわたしにとって……」
「もうやめろよ! 本人そっちのけで一個ずつ欠点晒してくのやめろよ! 何か? 新手のいじめか!?」
耐え切れなくなったらしい七実がテーブルを叩いて叫んだ。
「はっ! ご、ごめんね七実ちゃん! でも確かに七実ちゃんは幼稚でがさつで落ち着きがなくて……」
「もうわざとだろお前!?」
「あらあら、賑やかねぇ」
「そんな微笑ましく笑う場面じゃないからおばさん! 今あんたの娘さん友達に対して陰湿ないじめを始めてるから!」
「ふぇえ!? そ、そんな、わたしのこと陰湿って……」
「え!? い、いや、だってお前……」
「七実ちゃん、わたしのこと嫌いになっちゃったの……?」
「や、なんであたしが一方的に悪いみたいな絵面になってるんだよ!?」
「ぐすっ、ひっく……」
「あーあー、七実が夕菜のこと泣かしたー」
「外野うるさい!」
「わたし、七実ちゃんのことなんか、七実ちゃんのことなんか……、大好きなんだからあああああうわああああああああああん!!」
「そこ大嫌いっていうところじゃねえのか!? いや、そうじゃなくて、ちょ、待て、待てって夕菜ーーーー!」
席を立ってキラキラ涙を流しながら走り去っていった夕菜を、七実が慌てて追いかけていった。
「賑やかねぇ」
「そうですねぇ」
完全に他人ごとでまったりと見送る幸子と瑞希。
そんなやりとりをしていると、もうすっかり先ほどの沈んだ空気はどこかに行ってしまっていた。本当なら瑞希がもっと気を効かせるべきだったのだろうが、逆に幸子たちに気を使われてしまったようだ。バカな話をして中途半端なフォローしか出来なかったことを申し訳なく思うと同時に、感謝もしていた。
「さて、じゃあ今度は幸子さんのマフィンを……ってああああ!!」
と、テーブルの上に手を伸ばそうとして、その向こう側の光景を目にした瑞希は突然大声を上げた。
「む? どうしたんだお姉さん。騒がしいぞ」
「……瑞希、これはちが」
「あんた私に断りもなく何を柚穂にあーんなんてしてるのよおおおおお!!」
瑞希は椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、……椅子をちゃんと戻して床に傷がつかなかったことを確認して幸子に一つ頭を下げてから、鬼のような形相で雨音の方へ向かっていくのだった。