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翌日の大学での講義にはまったく身が入らなかった。お昼に一度携帯を見たが、航平からの電話はなかった。最後の講義が終わったがテニス部の練習に出る気もせず、達也は正門に向かってぼんやりと歩いていた。
《航平はどういうつもりで俺とあんなことをしたんだろう。・・一夜だけってことだったんだろうか》
ふと目を上げたとき、正門の近くに停めた大型バイクに寄りかかり、腕を組んでこちらを見ている男に気づいた。航平だった。
よう、と航平は片手を軽く上げて笑顔を見せたが、達也は彼から少し離れたところで足を止めた。そしてショルダーバッグの紐を握っている手にわずかに力を込める。
「さっき電話したんだけど、出なかったから授業中かと思ったんだ。電話を待つより来たほうが早いと思ってさあ」
何事もなかったかのように航平は明るく言う。だが、達也が眉間に皺を寄せながら黙っていると、彼は笑顔を引っ込めた。そして足元に視線を落とし、軽く溜息をついてから口を開いた。
「昨日は悪かった。あのときちょうど奥村と一緒だったんだ。・・・だからなんかあせった。・・変だよな、友達からって言えば問題ないことなのにさ。おまえの声聞いたら、なんか、頭が真っ白になった、っていうか・・」
安堵が身体中を駆け巡った。達也の中では怒りがうそのように消えていた。
「そうだったのか」
自分でも単純な性格だなと思いながらも、にやけた顔で航平に走り寄っていた。
「奥村さん、今マンションにいるのか?」
「ああ。出たり入ったりしてるけどな。日曜にニューヨークに戻る」
「日曜、・・そうか」
目を伏せながら溜息をつく。それからあわてて航平に顔を戻した。
「航平は?! ・・おまえはニューヨークには帰らないのか?!」
「ああ、俺は当分こっちにいるつもりだ」
達也はほっとして溜息まじりに、そうか、と呟いた。
「なあ、達也」
いったん目を伏せてから航平は少し上目使いに達也を見た。
「俺と、デートしないか?」
「デート?」
「ああ。・・・映画観たり、遊園地に行ったり、買いもの行ったり、・・食事をしたり、さ。・・どうかな」
航平は照れたような笑みを見せている。にやけた顔で達也は勢いよく頷いた。
その日はそのまま水道橋の遊園地に行き、ふたりでジェットコースターに立て続けに三回乗った。翌日は澁谷でSFものの映画を観てから近くの居酒屋で食事をし、そのあと航平が知っているという六本木のバーに行った。外国人が多いにぎやかなバーで、達也はそこで始めてマルガリータというテキーラベースのカクテルを飲み、一本二千円もするキューバ産のシガーを吸った。途中何人かの女たちに声をかけられたが、航平は感心するほどうまくかわしていた。
そしてその翌日の二十日は航平の二十一歳の誕生日だった。夜は奥村と出かけることになっていると言うので、昼に達也の大学の近くのカフェバーで会って一緒に食事をした。誕生日というのを聞いたのが前日の夜だったので、達也は朝の講義をひとつさぼってプレゼントを買いに行った。さんざん悩んだ末ネックレスを買った。黒い布の紐にシルバーの剣のような形の飾りが付いたものだ。黒っぽい複雑な彫りが入っている。航平は喜んでその場で着けてくれた。
三日間お互いに手も触れなかったが、達也は航平の笑顔を見られるだけで嬉しかった。