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その夜、達也は自宅のダイニングテーブルで香織と向かい合って座っていた。香織は眉を寄せ、目を見開いて達也を凝視している。
たった今、妻に離婚したいと告げた。航平とのことも正直に話した。香織から何も言葉は出てこない。ただ信じられないという表情で呆然と達也を見つめている。
「香織、ほんとにすまない」
香織に向かって達也は頭を深く下げた。
「航平・・さん・・・と・・」
うわごとみたいに呟くと、香織は放心したように立ち上がり、何も言わずに寝室に入っていった。達也はその姿を目で追っていたが、何も言わなかった。
その夜達也は居間のソファで一晩過ごした。逃げ出したくなかった。香織が落ち着いたらきちんと話がしたかった。
ドアを閉める音で目が覚めた。目をこすりながら身体を起こしてそちらに顔を向けると、香織が廊下から居間に入ってきたところだった。浴室に行っていたのだろう。すでに身支度を済ませていた。香織は達也が座っているソファを回って横の肘掛け椅子に静かに腰を下ろし、そしてゆっくりと顔を向けてきた。両目が赤くなっている。
「香織・・」
「私、達也さんの気持ちが他に向いていること、わかってた」
「え?」
「私といても、達也さん、他のこと、・・誰か他の人のことを考えているようなことがあった。・・・・でもそう思う自分が嫌だった。達也さんに限ってそんなことあるわけないって自分に言い聞かせてきたの」
香織はまっすぐに達也の目を見ている。
「子供ができれば、もしかしたら何かが変わるかもしれないって思った。また以前の達也さんに、・・以前の私たちに戻れるかもしれないって」
そこで香織は目を伏せて悲しげにふっと笑った。
「でもやぶ蛇だったみたい。かえって達也さんを追い詰めちゃった」
その細い肩が震えている。彼女の頬に涙が一筋流れ落ちた。
「香織、・・俺は・・」
「私は達也さんのこと、愛してる」
香織は達也の言葉をさえぎるように、顔を伏せたまま震える声で言った。
「・・達也さんとずっと一緒に暮らしたい」
そして涙を指でそっと拭きとり、静かに顔を上げた。
「私、少しの間実家に帰ります。実家に帰って考えさせてください」




