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ふたりは大通りに出てタクシーを拾った。奥村のマンションは東京タワーにほど近い東麻布にあった。高層でかなり高級そうな外観だ。広々とした吹き抜けのエントランスホールを通り過ぎ、オートロック式の重厚なドアを抜けてエレベータで十二階に上がる。
玄関を上がると廊下の奥とその左手にドアがある。トイレと浴室だろうか。それとも寝室か。ヤザキは右手に進み、ガラス戸を開けて達也を先に通した。
入ってすぐ右に黒を基調としたコの字型のキッチンがあり、その奥にはダイニングとリビングが一緒になった二十畳ほどもありそうなフローリングの居間が広がっていた。部屋の電気が点いているので見えづらいが、一面の窓ガラスの左端のほうに細長くぼんやりと映っているオレンジ色の灯りは東京タワーだろう。リビングにはダークブラウンの大きな革張りのソファと、同じ色調のセンターテーブルの角を挟んだこちら側には白い洋風な肘掛け椅子がふたつ、そして少し離れた窓のそばには座り心地のよさそうな黒っぽいモダンな寝椅子があり、ソファの正面の壁側には黒いキャビネットの上に巨大なフラットスクリーンのテレビが置かれている。キッチンカウンターの隣にある八人掛けの大きなダイニングテーブルにはセンターテーブルと同じように側面や脚に複雑な彫が刻まれている。アンティークなのだろうか。脚元が猫の足先のようになっている。
左手の壁側に間隔を置いてドアがふたつある。おそらくこちらが寝室だろう。そのふたつのドアの中央に置かれた、これもアンティークのようなリビングボードの上に大きな絵が掛かっていた。女性の肖像画だ。達也はその絵に近づいていった。
白人っぽい若い女性の肩から上を少し斜め上からのアングルで捉えている。ウェーブのある長い金髪を頭の後ろで無造作に束ねたその女は、憂いのある眼差しをまっすぐ何かに向けている。その画法には見覚えがあった。今日の個展で観たジョン ホブスだ。一見写実的にも見えるが、色の使われ方がとても大胆でそしてユニークだ。
「いいだろ? 俺もこの絵は好きなんだ」
絵に見入っていた達也は、はっとして声のほうに振り向いた。いつの間にかすぐそばに立っていたヤザキが微笑みかけている。
達也の心臓が再び暴れだした。何か言おうと口を開いたが言葉が出てこない。達也が固まっていると、ヤザキはすばやく顔を近づけ、達也の唇に軽くキスをした。
《え?!》
目を見開いて瞬きしている達也を、ヤザキは淡い笑みを浮かべてじっと見つめている。達也の心臓は破裂しそうなほど激しく脈打っていた。
ヤザキは達也の腕をそっと掴んで自分のほうに身体ごと向かせ、たすき掛けになっているショルダーバッグを達也の身体から外して床に置いた。そして再び顔を近づけてくる。達也は無意識のうちに目を閉じていた。やがて達也の唇にヤザキの温かい唇が重なる。今度は熱くて深いキスだった。一瞬意識が遠のいていくような感覚に捉われた。
ヤザキは達也のダウンジャケットのジッパーを外して背中に手を滑り込ませた。達也の両手も彼の背をまさぐっている。ジョン ホブスの絵の前でふたりは長い間そうしていた。
俺はこの男に初めて会ったときから、こうなることがわかっていたような気がする。ヤザキと激しく唇を重ね合いながら、達也は頭の片隅でそう考えていた。
やがてヤザキは達也の手を取り、自分の部屋のベッドへと導いていった。