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「香織がさあ、・・子供がほしいって言うんだ」

その週の土曜日の午後、達也は白い天井を見つめながら静かに切りだした。愛する人と肌を合わせたあとの身体の火照りと幸福感が達也の全身を包んでいる。

隣で横たわっている航平が顔を向けてくる気配があった。達也は寝返りをうって航平のほうに身体を向け、そして彼の顔を見守りながら口を開いた。

「俺、香織と離婚するよ」

「え?」 

航平は目を見開き、達也の顔を凝視しながら片肘を突いて上体を半分起こした。

「今、なんて言った?」

「香織と離婚するって言ったんだ」

もう一度きっぱりとした口調で達也が言うと、航平は口を少し開いたまま目をしばたたいた。だが言葉は出てこない。

「今夜、香織に言うつもりだ」

そこで航平は完全に起き上がり、ベッドの上に両手を突いて達也の顔を覗き込んだ。

「本当にそれでいいのか? よく考えたのか?」

「ああ。・・ずっと苦しかったんだ」

そう言いながら達也は身体を起こしてベッドのヘッドボードに背をもたれ、自分の手元を見つめながら続けた。

「香織のこと、愛してるふりをして、・・一緒に生活しながら、俺は彼女を裏切ってる。・・・俺は父親になんかなれないよ。・・別れたほうが香織にとってもいいんだ」

そして航平に顔を向け、彼の目をまっすぐに見つめながら言った。

「俺が愛してるのはおまえだけだ」

穏やかな気持ちだった。不安やわだかまりや葛藤はもうない。もう気持ちは揺るがない。達也の顔は自然に微笑んでいた。

航平は驚いたような表情のまま達也の手を握り、そして顔を伏せて大きく深呼吸をした。まるでたった今達也が言ったことを身体中に浸透させようとしているかのように。それから再び顔を上げて真剣な眼差しで達也を見た。

「本当のこと言うのか? 彼女に」

胸にふと痛みが走った。言葉に詰まって達也は目を伏せた。本当のことを言えば航平を巻き込むことになる。それだけが達也の心に重くのしかかっていたのだ。

「おまえに、・・迷惑は・・かけたく・・ない」

そのとき突然抱きしめられ、はっと息を呑んだ。航平の頬が達也の頬を優しく撫で、彼の手は達也の背や髪を静かに愛撫している。

「・・こう・・へい・・」

航平は何も言わず、ただそうやって達也を抱いていた。航平の息遣いが聞こえる。肌のぬくもりが感じられる。

やがて航平の温かい声が耳元に響き始めた。

「俺のことは気にするな。・・・俺はかまわない、・・俺たちのこと、誰に知られても。・・誰が知っても俺はもうかまわないよ。・・俺が恐れていたのは奥村さんだけだった。だから、俺のことは気にしなくていい。・・おまえは自分の思ったとおりにしろ」

航平は息を吐きながら背に回した腕に力を入れ、そして達也の肩に顔をうずめた。

達也の胸は熱かった。航平にそう言ってもらえて嬉しかった。鼻がつんとしてくる。目が潤み始めていた。

航平がゆっくりと身体を離していく。達也は目を上げて愛しい男の顔を見た。優しい笑顔がそこにあった。

今にも涙がこぼれ出そうだった。でも達也は目を逸らさなかった。

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