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その三日後、航平から電話があった。奥村は手術のあと意識が戻らないまま翌朝に亡くなったそうだ。航平は、俺は大丈夫だから心配するな、と言った。
葬式などの手配は奥村の長年の秘書がすべて行ったらしい。通夜はなく、翌日の日曜日、青山の教会で葬儀が行われ、達也は香織と一緒に出席した。
遺族の挨拶で、航平は参列者や世話になった人々に礼を言い、奥村の事業や人柄、病との闘い、そして最期の様子などを、感情を抑えた口調で簡潔に述べた。
献花の際、前列に座っていた航平と目が合った。達也を見て、航平は小さく微笑んだ。
「達也!」
出棺が終わり、香織と教会の出口に向かっているとき、後ろから呼び止められた。黒いスーツを着た宮田真治が佐和子と共に達也たちのほうに近づいてくる。達也は先ほどから宮田夫妻には気がついていた。
「達也くん、久しぶりね」
髪を後ろにふんわりと束ねた佐和子が、笑顔で話しかけてくる。そして笑みをたたえたたまま、達也の隣にいる香織と達也に交互に視線を向けた。達也はあわてて彼らに香織を紹介した。はじめまして、と香織が宮田夫妻に向かって丁寧に頭を下げる。
「こんにちは。まあ、達也くん、結婚したのね」
明るく言う佐和子の横で、宮田は口元に笑みを滲ませてまっすぐ達也を見ている。五年ぶりの再会だが、宮田はあまり変わっていなかった。真ん中で分けたゆるいウェーブのある少し長めの髪型も、達也が覚えているものと同じだった。
「香織、こちらは宮田真治さん、それから奥様の佐和子さんだ。宮田さんは画家なんだ。大学の頃俺、宮田さんに絵を教わってた」
達也は自分でも驚くほど落ち着いていた。宮田に会っても平静でいられることが不思議だった。
佐和子が香織と話し始めたのを見て、宮田が顔を近づけてきた。
「航平から聞いたよ、いろいろとね」
「え?」
そのとき、宮田くん!、という男の声が聞こえてきたので、達也と宮田は同時にそちらに顔を向けた。黒いスーツを着た五十代半ばと思われる小柄な男が人込みの向こうから手を振っている。宮田はそちらに向って笑顔で片手を上げてから、達也に視線を戻して口を開いた。だが思い直したようにその口を閉じ、いったん顔を伏せてから改めて達也を見た。そして淡い笑みを見せながら眩しそうに切れ長の目を少し細めて、元気そうでよかった、と言った。それから佐和子に顔を向けて何か耳打ちをする。タテバヤシさんだ、と言ったように聞こえた。
宮田は、じゃあ、と達也の腕を軽く叩き、そして佐和子と共に去っていった。
航平から電話があったのは、その二日後の昼だった。
「航平! 大丈夫か?!」
達也が第一声でそう言うと、電話の向こうで航平が軽く笑った。
『俺は大丈夫だって言っただろ?』明るい声だった。
「ならよかった。今何してるんだ?」
『今? おまえに電話してる』
真面目な声で航平が言う。
「そうじゃなくて!」
焦れたように達也が言うと、 航平はまた笑った。
『わかってるよ。俺さあ、明日からニューヨークに行くんだ。だから今、いろいろとその準備をしてる』
「ニューヨークに? どれくらい?」
『多分一週間ぐらいかな。向こうで弁護士に会わなきゃならない』
おそらく相続に関してだろう。達也が黙っていると、静かな声が聞こえてきた。
『なあ、達也』
「ん?」
『ありがとな』
「・・何を」
『ん? いや、いろいろとさ』




