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この作品には15歳未満の方にふさわしくない表現が含まれています。

また、同性愛を扱っていますので、苦手な方はご注意ください。

達也がヤザキを連れていったのは、大学の友人たちとよく行く有楽町の居酒屋だった。木曜日の夜だったが店内は賑わっている。達也とヤザキは奥にあるふたり掛けのテーブルに案内された。居酒屋のようなところにはあまり行かないのか、ヤザキは珍しそうにかなりの間メニューに見入って達也にあれこれ訊いてきた。

ひと通り注文が終わってからまずビールで乾杯し、ふたりともそれを一気に飲み干した。

「達也、だったね、名前」

運ばれてきたビーフのたたきのサラダを箸で掴みながらヤザキが言った。

「はい、そうです。中川達也」

達也は小皿をヤザキの前に置く。

「達也はさあ、美術の勉強してるの? 大学で」

そう言ってヤザキは皿に入れたサラダを一口食べた。

「いえ、大学では経済を」

餃子、から揚げ、焼きうどん、そして酢だこが一気に来た。達也がビールをもう一杯ずつ注文する。

「でも画家になりたいんだろ?」

ヤザキは眉を上げて酢だこの皿を覗き込んでいる。

「親が反対して・・」

言葉を濁し、そして達也は餃子をひとつ口に放り込んだ。ヤザキは酢だこを箸ですくって口に入れ、少し顔をしかめる。

先ほどのウェイトレスがビールと焼き鳥、そしてシシャモを運んでくる。ヤザキは今度はシシャモに目をやりながら言った。

「それで親に隠れて、大学の合間に画家のところで修行してるってわけか」

それから、ジントニックをふたつ注文する。

「ええ、・・まあ」

シシャモの頭をとって身を口に入れ、尾を噛みとってから頭と一緒に自分の小皿に置いた。ヤザキが興味深そうにじっと見ている。

ビールをごくごくと飲んでから達也は口を開いた。

「あの、ヤザキさんは・・」

「コーヘイだよ」

「え?」

達也と同じようにしてシシャモを食べ、そしてヤザキは軽く頷いた。それからビールのジョッキに手をかける。

「コーヘイって呼んでくれ」

「コーヘイ、さん?」

ジントニックが運ばれてくる。ふたりは一気に残りのビールを飲み干した。達也はジントニックを飲むのは初めてだった。友達と来るときはいつもビールだけだ。

「さんはいらない。コーヘイだ」

「でも・・」

達也がちょっと困惑したようにヤザキを見ると、彼はジントニックを飲んで軽く息を吐いてから言った。

「君と俺はそんなに違わないと思うよ。二十歳くらいだろ?」

「ええ、二十歳です」

達也もジントニックを一口飲んだ。

「なら、同じじゃないか」

焼き鳥をくわえながらさりげなくヤザキが言う。

「え? ヤザキさんも、二十歳? えー?! 二十五くらいかと思ってた」

達也は目を丸くした。しかし二十歳と言われればそう見えないわけでもない。年上に見えたのは、彼の落ち着いた物腰や妙に大人びたその話し方からだろうか。

「だから、コーヘイでいい。それから俺に敬語を使う必要もないよ」

「・・コーヘイ。・・わかった。・・あ、いや、あの、美術関係の仕事をしてるのかなと思って」

まだ少しぎこちないが、達也はため口で言ってみた。そして照れ隠しにジントニックをもう一口飲む。ジントニックを飲み干したヤザキはウェイトレスに手を上げながら、いや、とそっけなく答えた。

「じゃあ、どうしてあのパーティに? 今日の画家とも親しそうだったし」

達也も手元のジントニックを一気に喉の奥に流し込む。

「親父の命令でね、無理やり。あの画家は親父の知り合いなんだ。ついでに言うと俺が話してた女はジョンのガールフレンド。・・・ああ、ジンのオンザロック。それからジントニックをもうひとつ」

ヤザキは達也に訊かず、やって来たウェイトレスに注文した。

「あの、・・親父って・・」

「奥村貴之」

メニューに目を落としたままヤザキがさらりとその名を口にしたので、達也は飲んでいた水を少し噴き出してしまった。

「奥村貴之?!」

「そう、奥村貴之」

ヤザキは笑いながらテーブルナプキンを取り上げて達也に渡した。

「え? でも、確かヤザキって・・」達也はナプキンで口を拭いた。

「義理の息子、奥村は母親の再婚相手」

「へえ、そうなのか」

達也はしげしげとヤザキを眺めた。そういえばヤザキは英語も堪能だった。

「あ、もしかして、奥村さん、今日のパーティに来てなかった?」

「ああ、いたよ。今夜大阪に行かなきゃならなかったから、すぐ帰ったけど」

達也がギャラリーで見た、ヤザキと一緒にいた年配の男は奥村貴之だったのだ。

「じゃあさあ、宮田さんのこと知ってるだろ? 宮田真治。以前奥村さんの契約画家だったんだ。ニューヨークの奥村さんのギャラリーで個展をやったこともあるって。俺、彼に絵を教わってるんだ」

達也が少し興奮気味に問いかけたが、ヤザキは達也をちらりとも見ずにサラダに箸をつけながら、名前は聞いたことあるよ、と関心なさそうに呟いた。達也は次の言葉を待った。ヤザキは無言のままゆったりとした動作でサラダを口に運ぶ。そしてそれを喉の奥に流し込んでから、つと顔を上げた。そのときじっと自分を見つめている達也に気づき、ヤザキは一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐにそれは薄い笑みに変わった。

「俺、親父の仕事には殆ど関わってなかったから」

達也はちょっとがっかりした思いで、そうか、と呟いた。それから、焼きうどんを箸ですくいながら訊いてみた。

「でも、やっぱりいつかは奥村さんの仕事、継ぐんでしょ?」

「さあ、どうかな。・・・ありがとう」

飲み物を運んできたウェイトレスにヤザキが笑顔を向けて言うと、そのウェイトレスは顔を赤くして、へらっと笑いながら去っていった。


そのあとヤザキはジンのオンザロックをもう一杯飲んだ。かなり酒に強いようで、酔った素振りはまったく見せなかった。ジンなんて今まで飲んだことがなかった達也は、店を出たときには頭がくらくらしていた。危うく足が絡んで転びそうになったとき、横にいたヤザキに肩をがっしりと掴まれた。

「大丈夫か?」心配そうに問いかけてくる。

「あ、ああ、ごめん」

顔を上げるとヤザキの端正な顔がすぐ目の前にあった。達也の脈拍が跳ね上がる。顔が火照るような気がした。

ヤザキが手の力を緩めた瞬間、達也ははっとして彼から身を離した。まだ胸がどきどきしている。

「お、俺、なんか酔ったみたいだな」うなじをさすりながら苦笑してみせた。

《・・なんでこんなにこの男を意識するんだ、俺は》

「よかったら、これから俺んち、来ないか?」

「え?」達也は反射的にヤザキに顔を向けた。

彼は黒いミリタリーコートのポケットに両手を突っ込んで、上空を見上げていた。形のよい口元から白い息が見える。

達也が黙っているとヤザキは達也に視線を戻し、そして口元に笑みを浮かべた。

「奥村のマンション。君が好きそうな絵があるんだ。よかったら今から見に来ないか? あの人、いま留守だから」

美しい笑顔でヤザキはそう言った。

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