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それから達也は毎週土曜日、ボクシングのトレーニングのあとに航平のマンションを訪れるようになった。航平のバーは日曜と月曜が休みだが、平日の夜と日曜日は香織と過ごすようにしていた。
達也は幸せだった。これ以上の幸せはないと思えるほど、怖いほどに身も心も満ち足りていた。香織を裏切っているという罪悪感はもちろんあった。だが香織に対する気持ちは以前より強くなったと感じている。彼女が愛しい。大事にしたい、守ってやりたい。達也はそれを愛だと思いたかった。航平に対する愛とは違う、別の形の愛であると。
「なんか、最近機嫌いいわね」
土曜日の朝、居間のソファに座ってセンターテーブルの上に広げた新聞に目を通していると、背後から香織の声が聞こえてきた。振り向くと襟元が大きく開いたTシャツと黒いスパッツを身に着けた香織が、濡れた髪をタオルで拭きながらソファの後ろに立っていた。
「え? そうかなあ」
苦笑しながら新聞に目を戻すと、今、鼻歌歌ってたわよ、と香織が悪戯っぽく言った。達也は活字を目で追ったまま、歌ってないよ、と笑う。
「歌ってた。なんか演歌みたいなメロディーだったわ」
「何言ってんだよ。オムレツ作ったよ。そこのフライパンの中」
達也は振り向いてキッチンを指差した。
共働きなので達也は極力家事に協力している。はっきりと決まっていたわけではないが、ごみ出し、風呂洗い、食後の後片付けなどがだいたい達也の分担だった。たまに週末に朝食を作ったりもする。といっても達也が作れるのはせいぜいオムレツぐらいだった。静岡でひとり暮らしをしているときも自炊は殆どせず、いつも外食かコンビニ弁当だった。
ボクシングの支度をするために寝室に行くと、香織が鏡台の前に座ってドライヤーで髪を乾かしていた。
「今日も帰りに航平さんのところに寄ってくるの?」
ドライヤーをとめ、髪をブラシで梳かしながら、香織は鏡の中の達也に向かって言った。
「え? ああ。チェスの相手をしてくるよ」
達也はスポーツバッグの中にグローブや着替え、タオルなどを入れながら答える。
以前はボクシングのあと三時くらいには帰宅していたが、航平のマンションに行くようになって当然のことながら帰りが遅くなった。香織には、航平のマンションに寄っていると正直に話してある。へたに嘘をつくよりもいいと思ったからだ。香織が自分と航平の関係を疑うはずがない。
「ほんとに仲がいいのねえ」
「ただの腐れ縁だよ」
そう言いながら身を屈め、後ろから香織を抱きしめた。香織は鏡の中で驚いた顔をしている。達也は香織の耳元で、好きだよ、と囁いた。
「えー、どうしたのよ、いきなり」
照れたように笑う香織からシャンプーの甘い香りがする。達也は香織に回した腕の力を緩めて、彼女の首筋に唇を寄せ、そして襟元からTシャツの中に手を滑らせた。香織は微笑みながら目を閉じる。香織の乳房を背後から優しく愛撫しながら、達也は彼女の首筋から耳へと唇を這わした。
「あ・・」香織が吐息を漏らす。
香織のTシャツを後ろから脱がせてから、彼女を抱き上げてベッドに運び、そして達也は急いで自分の服をすべて脱ぎ捨てた。それから香織のスパッツをパンティごとゆっくり脱がせ、再び彼女の身体に唇を這わせる。
「ボクシングの前に・・・疲れちゃうわよ」
喘ぎながら香織が囁いた。




