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この作品には15歳未満の方にはふさわしくない表現が含まれています。

また、同性愛を扱っていますので、苦手な方はご注意ください。

銀座の大通りから少し奥まったところにあるビルの一階にそのギャラリーはあった。ガラス張りのドアを開けて中に入るとすぐ受付があり、そこで招待状を渡すとパンフレットのようなものを渡された。それから隣のクロークにダウンジャケットとショルダーバッグを預け、達也は緊張気味に奥に足を踏み入れた。

狭いギャラリー内は人で溢れていた。だが先日のパーティとは違い、みなカジュアルな服装で、年齢の層も幅広いようだ。トレイを持った若い女が達也に近づき、にっこり微笑みながらグラスに入ったシャンパンらしき飲み物を差しだした。達也はぎこちない笑顔でグラスを受け取り、それを一口啜ってから辺りを見回した。

《・・あの男も来てるだろうか》

人の群れがすうっと動いた瞬間、七、八メートルほど向こうに男の姿が現れた。白人の男と一緒のようだ。画家のジョン ホブスだろうか。白っぽい金髪を肩まで伸ばした、がたいの大きな男だ。もうひとり年配らしい男が一緒だが、こちらに背を向けているので顔は見えない。

無意識にじっと見つめていると、話し込んでいた男が唐突に達也のほうに顔を向けてきた。ふたりの目が合う。達也はあわてて会釈をした。だが彼は会話をやめずに達也に向かってわずかに頷いただけで、また男たちに視線を戻した。

なぜか取り残されたような気分でしばし呆然と男の横顔を見つめていたが、瞬きを二度し、そして達也は目を逸らした。

《当たり前だよな。別に知り合いでもないんだし。・・俺、何期待してたんだろ》

軽く深呼吸をし、シャンパンを少し啜ってから展示作品のほうへ歩きだした。


殆どの作品が肖像画や人物画だった。ジョン ホブスという画家の、人物の特徴を捉えたその大胆な画法は達也には目新しかった。達也は脇に抱えていたパンフレットを手に取って開いてみた。

「やあ」

不意に後ろから聞き覚えのある声がして、達也は急いで振り返った。

「よかった、来れたんだね」

男があのきれいな笑顔を向けていた。途端に達也の心臓の鼓動が速まりだす。

「紹介がまだだったな。俺はヤザキコーヘイ。よろしく」男は右手を差しだしてきた。

今日の彼は薄い色のジーンズに黒い無地のVネックのTシャツ、その上に短いカーキ色のコーデュロイジャケットというカジュアルな服装だった。それでもその男はとても洗練されて見えた。本当に整った顔立ちをしている。きりっとした凛々しい眉、くっきりとした知的な目、筋の通った形のいい鼻、抉ったようにすっきりとした頬、そして微妙に両端の上がった、どこか無邪気さと男っぽさを併せ持ったような口元。今日は前髪を下ろして、少し横に無造作っぽく分けている。毛先が軽く跳ねただけの癖のない柔らかそうなその髪は、達也のそれとは正反対だ。

男が笑顔のまま眉をわずかに上げる。

「あっ、な、中川達也です」

達也はあわててシャンパングラスを左手に持ちかえてパンフレットを小脇に戻し、その男の手を握って頭を少し下げた。

「どう思う?」

ヤザキと名のったその男が、作品に目を向けながら訊いてきた。

「すごいと思います。どの作品も構図がすごく独特でおもしろいし、この肌や髪の色彩、表現の仕方がすごいですよね」

達也が少し興奮気味に言うと、ヤザキは満足そうに微笑んだ。

「よかった。気に入ったみたいだね」

そのとき、コーヘイ!、というような声がして、ヤザキはさっとそちらに顔を向けた。見ると背の高い白人の女が人込みの向こうからこちらに手を振っている。茶色い髪の若そうな女だ。なぜか一瞬眉をひそめたように見えたが、ヤザキはすぐに笑みを見せて女に軽く手を上げた。そして、ちょっとごめん、と達也の腕を軽く叩いてからそちらのほうに去っていった。


「あのお、俺そろそろ帰ります。ほんとにありがとうございました」

女と話し込んでいるヤザキのところまで行き、達也は遠慮がちに声をかけた。するとヤザキは女に英語で何か言い、彼女の頬に軽くキスをしてから達也のほうに向き直った。

「よかったら夕食、一緒にどう? それとも何か予定ある?」

「え? あ、いえ、別に」

「じゃあ、一緒に行こうよ」

驚いて瞬きをしている達也の返事を促すかのように、ヤザキは首を少し傾げた。達也が戸惑い気味に頷くと、ヤザキはにっこりと微笑んだ。

「どこかいいとこ知ってる? 俺、あんまりこの辺り詳しくないんだ」

ふたりは並んで出口に向かって歩きだした。

「あ、えっと、十五分くらい歩くけど、安くてうまい店がありますよ」

達也が緊張しながら言うと、ヤザキは達也に顔を向け微笑み、そして頷いた。


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