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達也の心は激しく乱れていた。美術展で航平に声をかけたことを死ぬほど後悔した。
あのメッセージを聞いて以来、注意力が散漫になり何も手につかない。仕事にも身が入らず、何度かつまらないミスをして上司に嫌味を言われた。香織との会話も上の空になり、彼女を抱こくこともできなかった。
なぜ自分が航平の告白にこれほどまで動揺しているのか、達也には理解できなかった。いや、理解したくなかった。ただ航平を憎むことで、達也はそのことから目を背けた。
《すべてあいつのせいだ。あいつが俺をこんな状態にしたんだ。あいつのせいだ。どうしてあんなことを! どうして、今さら!》
その週の金曜日、達也は大学時代の同じ学部の友人たちと飲みに行くことになっていた。今は食品会社で営業の仕事をしている吉田から、久しぶりにみんなで集まって飲もうという誘いの電話が先週あった。そのときはふたつ返事だった達也だが、今では気が重いだけだった。断ろうかと思ったが、達也の様子をひどく心配していた香織が、気晴らしになるかもしれないから、と気遣わしげに勧めたので、達也は彼女を安心させるために行くことにした。香織は達也が仕事のストレスを抱えていると思っているらしく、達也はそれを否定していなかった。
吉田が予約したのは、大学時代よくみんなで行った居酒屋だった。その居酒屋の入り口の前に立った瞬間、達也の身体が強張った。
《ここはあいつと最初に食事をした場所だ。・・そして、そのあと・・》
その場に立ちすくんでいると、後ろから、ようっ、と肩を叩かれた。テニス部でも一緒だった谷口だった。谷口は父親の運送会社で働いている。谷口に引っ張られて中に入ると、すでに来ていた連中はもう飲み始めていた。
達也を入れて男ばかり八人集まった。久しぶりに集まった友たちは昔の話で盛り上がり、くだらないことを言っては笑いあった。仕事の愚痴を言う奴もいた。シモネタを連発する奴もいた。達也も飲んで飲んで飲み続けた。
みな呂律が回らないほど酔いだした頃、隣にいた谷口が達也の肩に腕を回して言った。
「なあ、中川、おまえは幸せだよなあ。沢木みたいないい女と結婚してよお。今だから言うけどさあ、俺、大学時代あいつに惚れてたんだぜ。おまえさあ、彼女、大事にしろよ」
八人のうち結婚しているのは達也と、新聞社に勤める柏木という男だけだった。
「んなのわかってるよ。俺と香織はラブラブだぜ」と達也がふざけて言うと、
「てめー! ちきしょー!」と谷口は達也の首に腕を回し、締めつける真似をした。
二次会は吉田が知っているという西麻布のクラブにタクシー二台で行くことになった。吉田は、安いから安心しろ、と言って不安げな友たちを引っ張っていった。八人の男たちの合間に四人の若くてきれいな女の子たちが座って、浮き足立った男たちはウィスキーをあおるほど飲んだ。そして・・・・
達也の記憶はそこで途切れていた。




