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「ねえ、さっき携帯が鳴ってたみたいよ」
日曜日の夜、風呂から上がったあと冷蔵庫からビールを取りだして居間のソファに腰を下ろしたとき、キッチンで洗いものをしていた香織が声をかけてきた。
さっき会社の同僚と明日のミーティングに関してメールのやり取りをしていたので、達也は携帯を居間のテーブルに置きっぱなしにしていた。取り上げてみるとメッセージが一件入っていた。番号は登録されていない。同僚ではなかった。首を傾げながら達也はメッセージを聞いてみた。
『達也・・』
航平の声だった。途端に十日ほど前に美術展で偶然会った航平の顔が頭に浮かんだ。
『俺・・・航平。・・・ごめん、・・俺・・・おまえにまた嫌われると思ったけど、・・どうしても我慢できなかった。・・・どうしても言いたかった・・』
そこまで聞くと胸騒ぎがして落ち着かなくなった。この先は聞くべきではないと直感的に感じていたが、身体が硬直して動けなかった。
航平のわずかに掠れた低い声が続く。そしてその声は震えていた。
『達也、俺はおまえが好きだ。・・愛してる、・・ずっと。・・・・二度と会いたくないって言われて、忘れようとした、あきらめようと努力した。・・でも、だめだ。・・・俺はおまえを好きでたまらない。・・・・・・・・苦しい・・』
そこでメッセージは切れた。
携帯を耳に当てたまま達也は呆然としていた。動悸が激しくなってくる。携帯を持った手が汗ばんできた。それは航平の狂おしいまでの愛の告白だった。
「誰からだった?」
突然香織の声が耳に入り、自分の心臓が破裂するのではないかと思ったほど驚いて飛び上がった。振り返ると、香織が驚いた顔をしてソファの後ろから達也を見下ろしていた。手にはパジャマを持っている。これから風呂に入るのだろう。
「ごめん、びっくりさせちゃった? 誰からだったって言ったのよ、さっきの電話。メッセージが入ってたんでしょ?」
「あ、ああ、あ、あの、か、会社のやつ。・・明日のミーティングの件でさっきメールしあってたんだけど、電話したほうが早いと思ったみたいだな」
上ずった声でしどろもどろになりながら言ったが、香織は特に気に留めた様子は見せず、遅くまで大変ね、と言いながら廊下に出ていった。
達也の心臓はまだものすごいスピードで強く脈打っている。息が苦しくなってきた。気持ちを落ち着かせようと達也は胸を押さえて何度か深呼吸をした。そして恐ろしいものでも見るように携帯に視線を向けると、それをソファの端のほうに放り投げ、身を屈めて両手に頭をうずめた。




