12
達也はベッドの上にぐったりと突っ伏していた。食欲も気力もない。今日で三日目だ。母には頭が痛いと言ってある。
頭の中で何度も宮田の言葉が繰り返されている。
『君は達也のことなど愛していない。復讐の道具に使っただけだ』
航平から何度か携帯に電話があったが、無視し続けた。今さら何も聞きたくなかった。何も話したくない。
お昼頃、遠慮がちな軽いノックのあと部屋のドアが開いた。重い頭を少し起こしてそちらに目をやると、そこに航平が立っていた。達也は驚いて反射的に上体を起こした。航平は力ない笑みを浮かべて達也を見つめている。
達也は航平から視線を逸らし、身体を背けてベッドの端に落ち着きなく座った。
「何しに来たんだよ」
達也の不機嫌な声に、航平はやや間を置いてから、座ってもいいか、と静かに問いかけてきた。達也が顔を背けたまま黙っていると、航平は達也から少し距離を置いて腰を下ろした。やがて航平の掠れた低い声が聞こえてくる。
「達也、ごめん。おまえを傷つけたこと、ほんとに悪かったと思っている。・・・でも、復讐とかそんなんじゃなかった」
そこで航平は大きく溜息をついた。
「最初はただ、真治の恋人がどんなやつなのか興味があったんだ。・・でも俺、すぐにおまえに惹かれたよ。真治のことなんて関係なくなった。・・・・俺はおまえといるだけで楽しかった。・・幸せだったよ」
ベッドが少し軋んだ。航平が達也のほうに身体を向けたような気配があった。
「愛してるって言ったのは嘘じゃない」
達也は振り向かなかった。
《もう何も信じられない。こいつの言うことなんか何も信じられない!》
数秒の沈黙のあと、深呼吸が聞こえ、そして航平の声が続いた。その声はかすかに震えていた。
「俺、ニューヨークに帰るよ。・・・・今度の土曜に発つ。・・・だから、その前にもう一度だけ、おまえに会いたかった」
航平は達也の反応を待つかのように少しの間黙ったまま座っていたが、やがて軽く息を吐き、それから掠れた声で囁くように言った。
「じゃあな」
航平は立ち上がり、そして静かに部屋から出ていった。
達也は同じ姿勢のまましばし呆然と膝の上で握った自分の拳を睨んでいたが、ふと肩の力が抜け落ちて我に返った。ゆっくりと頭を動かして航平が座っていた場所に目を落とし、それからその目を航平が去っていったドアに向けた。階下で彼が母と話している声がかすかに聞こえてくる。
不意に言いようのない息苦しさに襲われ、達也は胸を押さえながら奥歯を噛みしめた。憎しみと悲しみ、そして後悔のような思いが一気に押し寄せ、身体の奥底から激しく達也を揺さぶった。喉元に何かがこみ上げてきて、視界がぼやけだす。唇が震えて口から嗚咽が漏れ、頬に冷たいものが伝わった。
達也は急いでベッドに入り込み、布団を頭からかぶった。
そして声を殺して泣き続けた。




