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宮田のアトリエから家に戻り、遅めの昼食をとった。母があれこれ話しかけてきたが、達也は上の空だった。気持ちが高ぶって仕方がない。

昼食のあと自分の部屋に戻り、ベッドの上に寝転んでぼんやりと天井を見つめた。

あれ以来航平のことが頭から離れなかった。『俺はおまえを愛している』そう言った航平の声がまだ耳に残っている。宮田がどう言おうともうどうでもいい。もし絵をやめることになるならそれでもかまわない。航平だけいればいい。

《会いたい・・》

そう思ったら居ても立ってもいられなくなった。すばやくベッドから起き上がり、ダウンジャケットを掴んで階下に駆け下りた。台所から母が何か言ったが、達也は聞いていなかった。そのまま一階に下り、スニーカーをつっかけて表に飛びだす。

新宿駅から航平の携帯に電話をしたが、長い呼び出し音のあと、『ただ今、電話に出られません・・』という機械的なメッセージが聞こえてきた。

《そうだ、この時間、確か水泳に行ってるはずだ》

航平は週三回ほどスポーツジムに泳ぎに行っている。中学から高校まで、かなり真剣に水泳をしていたらしい。今でも毎回四キロくらい泳いでいると言っていた。

ジムに行ったとしてももうすぐ帰ってくるだろう。達也は携帯をポケットに戻し、地下鉄の改札口に向った。


大通りから角を曲がると、航平のマンションが見えてきた。もう何度も来た道のりだ。

そのとき通りの反対側から来る大型バイクに気がついた。

《・・航平?》 

バイクはマンションの地下駐車場入り口辺りで止まった。駐車場のオートロックの施錠を外しているのだろう。達也は走りだしていた。

二十メートルほど手前の十字路まで行くと、航平のそばに男が立っているのが見えた。

《宮田・・さん?》

目を凝らしてみると確かに宮田だった。

《どうして・・》

背筋に冷たいものを感じた。心臓の鼓動が激しくなる。気づかれないように道を横切り、達也は駐車場入り口の植え込みのところまで行った。

自分のことで航平に会いに来たんだろうか。どうして宮田に航平のことがわかったのだろう。うろたえながら耳をそばだてた。

植え込みの向こう側で、航平がバイクから降りる気配がした。バイクを立てる音。そして沈黙。おそらくヘルメットを脱いでいるのだろう。やがて航平の声が聞こえてくる。

「やあ、シンジ」

《・・え?》

達也の思考は一瞬吹き飛んだ.。

航平が続けて何か言いかけたが、それは宮田の声でさえぎられた。

「中川達也、知ってるよな」

航平の返事はない。

「やっぱり相手は君だったのか。・・彼に別れたいって言われたよ。好きな人ができたってね。・・あのパーティで僕と達也が一緒にいるのを見たんだろ。・・あのとき君はひとりでいた達也に話しかけていた。そのときは気づかなかったけど、あれは確かに君だったよ」

《あの奥村のパーティのことを話しているらしい。でも、どうして・・》

「僕への復讐のつもりで達也に近づいたんだろ? 君は五年前のことで僕を恨んでいる。だから僕から達也を奪おうとした。そうだろ?」

《復讐? 五年前?? いったいなんのことだ》

達也の頭は混乱していた。いつの間にか握りしめていた掌に汗が滲んでいる。

「君は達也のことなど愛していない。彼を復讐の道具に使っただけだ。・・・・達也は君のためなら絵をあきらめてもいいとまで言っている。・・もう十分だろ? 彼は何も関係ない」

達也は無意識のうちに植え込みから飛びだし、航平に走り寄って彼の両腕を掴んでいた。

「なんのことだよ! おまえ、宮田さんを知ってたのか?!」

航平が息を呑んだのがわかった。突然目の前に現れた達也に目を剥いている。

「復讐ってなんなんだよ。どういうことだよ!!」

声を荒らげながら達也は航平の身体を激しく揺さぶった。だが航平は表情を凍りつかせたまま何も言わない。

達也が再び口を開いたとき、背後から宮田の落ち着いた声が聞こえてきた。

「五年前、僕はニューヨークの奥村さんに呼ばれて向こうで個展を開いた。それは知っているだろう? ・・僕にとっては大変な名誉だった」

そこで宮田は小さく咳払いをした。

「滞在中僕は、ニューヨークの大学で美術史を勉強しているという日本人の留学生と知り合った。・・・・少なくとも彼は僕にそう言った。・・・・そして僕たちはやがて・・・関係を持った」

航平の顔が青ざめた。頬が強張り、こめかみが引きつる。

「だけどある日、その彼は、実は僕の恩人奥村貴之の息子で、しかも当時たった十五歳だったことがわかってね。・・・・僕はかなりのショックを受けたよ」

呆然と航平の腕を離し、わずかに後ずさりして達也は問うように彼の顔を見た。だが航平は達也の視線を避けるように、眉間に皺を寄せながら顔を伏せた。

達也はゆっくりと宮田のほうに身体を向けた。宮田は硬い表情で達也を見据えている。

「だから彼に会うのはやめた。彼がどんなに謝っても、懇願しても会わなかった。・・・突き放した。・・・・・そして個展が終わって僕はすぐに日本に逃げ帰ったんだ」

そのとき航平が息を吐く気配を耳に感じ、達也は急いで振り返った。するとちょうど目を上げた航平の視線と合った。

航平は悲しそうな表情でまっすぐに達也を見ている。口を開いたが、言葉は出てこない。

そしてその口を閉じてから、再び顔を背けた。

航平は宮田の言葉を否定しなかった。・・否定しなかった・・

達也の頭は真っ白になった。

「達也・・」宮田が後ろから達也の肩に手をかけた。

もうこれ以上何も聞きたくなかった。達也はその手を振り払い、駆けだしていた。

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