宮永源三の大バカ領主様 宮永楓の幸せな一時 Ⅳ
「さて。片付けが終わったから、とっとと今日の分の執務の続きをしますか」
「………(ジ~)」
楓が出した鼻血の後始末を終えた家老は引き続き政務を開始する。そして隣ではユーにゃんが家老が政務を行っているところをジッと見ていた。
「どうかしたかい?」
「お兄ちゃん、僕に何かできることある? 手伝うよ」
「気持ちだけありがたく受け取らせてもらうよ。それにユーにゃんはこれを読めるかい?」
「え、え~っと……」
ユーにゃんの好意を丁重に断りながら、読まれても特に問題無い文面を見せるとユーにゃんは睨めっこする。
「う~ん……う~ん……全然読めない~」
「だろうね。まぁユーにゃんは元々猫だから読めないのは当然だよ」
お手上げ状態となるユーにゃんに当たり前の様に言う家老。いくらユーにゃんが人間とは言え、元は生まれたばかりの子猫なのだから無理からぬ事。
「むぅ……僕もお兄ちゃんみたいに文字を読んだり書いたりしてみたいなぁ」
「ハッハッハ。どこかの誰かさんと違ってそう言う意欲があって良いね」
どこかの誰かさんとは絵梨である事は言うまでも無い。
因みに家老が掃除中の際に捕まった絵梨はローズエルの抱擁によって気絶し、再び懲罰部屋に連行されていた。
「ねぇお兄ちゃん、これどう読むのか教えて~」
「そうしてあげたいところだけど、私は今忙しいから後にしてもらえないかな? 一段落したら教えてあげるから」
「今が良い~」
「えっとぉ、それはちょっと……」
ガラッ
「すいません家老。只今戻りました」
強請ってくるユーにゃんにどうしようかと家老が悩んでいる最中、突然執務室の戸が開くと楓が戻って来た。
「あ、お婆ちゃん」
「楓様、もう平気なのですか?」
あれ程大量の鼻血を出したからもう暫く時間が掛かると思っていた家老だったが、予想外に早かった事に少し驚いていた。
「はい。貴方が雇ったオカマさんのおかげでこの通り元に戻りました」
「そうですか。それは何よりです」
マーガレットの迅速な対応で回復した事により安堵する家老。医術の心得があると言っていたマーガレットに最初は不安がっていた家老だったが、それはもう無くなり今後はまた同じ事が起きたら彼に頼もうと内心考える。
だが家老はマーガレット以外にも、ローズや他のオカマ達も同様の事が出来る事を知るのはもう少ししてからの事であった。
「ねぇお婆ちゃん、本当に大丈夫? まだ休んでいたほうが良いんじゃないの?」
「大丈夫だよ。心配掛けてごめんね、ユーにゃん」
楓に近付きながら心配するユーにゃんに、楓は不安を取り除くかのように言って元気だと証明しながら謝る。顔が若干緩んでいるが。
「楓様、お頼みしたい事があるのですが」
「何でしょうか?」
さっきまで顔を緩めていた楓だが、家老が声を掛けると真面目な顔になる。
「実はですね。ユーにゃんが読み書き出来るようになりたいと言ってまして、申し訳ないのですがユーにゃんに教えて頂けないでしょうか?」
「へ? 読み書きをしたいって……そうなのユーにゃん?」
「うん」
家老からのお願いに楓が念の為に聞いてみるが、コクリと頷くユーにゃんに目が点になった。
「僕もお兄ちゃんやお婆ちゃんみたいな事をしてみたいの」
「と言ってますが、如何でしょうか楓様?」
「そ、それは構いませんが……けど今は執務中ですので」
ユーにゃんに読み書きを教える事に関しては願ってもない楓だったが、流石に仕事を放り出す訳にはいかないと必死に我慢していたが、
「大丈夫です。私だけでも対応出来る内容ばかりですから、楓様はユーにゃんを別の部屋に――」
「分かりました。ではお任せします。さあユーにゃん、お婆ちゃんが教えてあげるよ~」
「うん♪」
家老のみで充分だと分かってすぐにユーにゃんを別の部屋に連れて行くのであった。
「決断するの早かったなぁ……まぁ良いか。楓様としてもユーにゃんと一緒に何かしたかった様子だったからな。では執務の続き、と」
ユーにゃんを楓様に任せると同時に、楓様をユーにゃんと相手をさせる事によって安らぎを与える事が出来て一石二鳥だと思った家老は執務を再開する。
「おっといけない。万が一の事を考えなければな。えっと、あの男は確か……マーガレットはいるか?」
シュタッ!
「はい、こちらに」
家老がさっき楓に看て貰ったオカマの名前を呼んだ途端、背後から巨漢のオカマが現れた。今度はローズが現れた時と同様のくの一衣装を纏って。
「(呼んですぐに現れるなんて凄いな……)先ほどは楓様を看てくれて助かったよ」
「勿体無いお言葉です。ワタシは家老様の命を遂行したにすぎません」
見た目とは裏腹に丁寧な言葉遣いで真面目な口調で話すマーガレットに思わず苦笑する家老。
「それでもだ。けれど驚いたぞ。お前達が医術の心得があったとはなぁ……どこで学んだんだ?」
「………家老様、無礼を承知ですがその問いについてはお答えしかねます」
「何故だ?」
マーガレットが顔を顰めながらの返答に、家老は思わず尋ねるがそれでも首を横に振る。
「申し訳ありませんがワタシの口からでは申し上げる事は出来ませんので、ローズ様に聞いたほうがよろしいかと」
「……ならそうするか」
余り言いたくない事なのだろうと思った家老は追及を止める事にして本題に入る事にした。いくら上司とは言え、相手が答えたくない事を無理矢理聞きだそうとするほど家老はそこまで無粋な人間ではない。
「えっと、お前を呼んだのはだな……。別室にいる楓様とユーにゃんの様子を見て欲しいんだ」
「先ほど楓様がまた鼻血を出した時にワタシの方で対処をして欲しい、でございますか?」
「理解が早くて助かる。そう言う訳で頼めるか?」
「承知しました。ではワタシはこれにて」
シュバッ!
「これでよし。さて――」
命が下されたマーガレットはすぐに姿を消したが、
「あ、言い忘れていました家老様」
「どうした?」
急にまた姿を現した事によって家老が不可解な顔をして尋ねた。
「先ほど絵梨姫様が懲罰部屋から脱走しまして、ローズエルにて捕まえました事を報告し損ねておりました」
「そうか。やはりあの悲鳴は姫様だったか」
やはり二重の手を打っておいて正解だったと家老は内心思いながらも、絵梨の脱走に呆れていた。
「そして今は家老様のご指示通り、懲罰部屋にてローズエルも一緒に入らせて二人っきりの状況になっています」
「ふむふむ」
「流石の絵梨姫様もローズエルと一緒にいる事で、嫌々ながらも課題をやっております」
「だろうな」
家老はマーガレットの報告に頷きながら、絵梨が凄く嫌そうな顔をしながら課題をやっていると思い浮かべている。
また懲罰部屋に戻したところで絵梨はまた課題をやらないか、脱走を企ていると思うからこそローズエルと一緒にさせたのだ。そして絵梨が一向に課題をやらない場合は、ローズエルよりまた抱擁させると言う仕草をするようにとの指示もさせてある。
もはや完全な脅しと言える指示だが、絵梨が頑なに課題をやろうとしない最終手段なのである。口で言っても無駄なら力ずくで分からせるしかないと思って実行させたのだ。今まで散々課題をやらずにサボっていたのだから、これくらいの罰は当然だと家老はそう結論する。
「絵梨姫様については以上です。それとワタシは楓様の近くにおりますので、代わりの者を呼んで下さい。チューリップと呼べば来ますので」
「分かった、そうしよう」
「では」
シュバッ!
報告を終えたマーガレットは再び姿を消した。
完全に誰もいなくなったなと思った家老は今度こそ執務をやろうとする。
だが、
ガラッ
「家老はいるか?」
今度は来牙が執務室に入って来た。
「これは来牙様。貴方様がこのようなところにお越し頂くとは」
執務に集中する事が出来ない家老は内心イラついていたが、それを顔には出さすに来牙を快く迎えた。
一方、その頃
「ではユーにゃん、読み書きをする為には基本が大事です。その為には筆の持ち方を知りましょう」
「は~い」
別室では楓がユーにゃんに読み書きを教える為の授業をしていた。教える楓にとってはユーにゃんが生徒である事に凄く幸せを感じている。
「ではユーにゃんに先ず最初にやってもらうのは、筆をこう持つことです」
「えっと…………こう?」
楓が手に持ってる筆をユーにゃんも手にとって、楓と同じ持ち方をしながら尋ねる。
「初めて持つにしては上出来だねぇ。指をもうちょっと開いて持つんだよ」
「う、うん……難しいなぁ」
ユーにゃんが手に持ってる筆を楓は修正するように、ユーにゃんの手に触れて指の位置を変えている。それによりユーにゃんは難しそうな顔をしながらも何とか持とうとしていた。
(ああ……ユーにゃんに何かを教えると言うのは凄く心地良いねぇ。家老には感謝しなければ)
ユーにゃんと一緒にいる事によって活き活きし、心が温まる幸せを感じる楓であった。
そして
『姫様~、課題はちゃんとやっていますか~?』
「言われなくてもやってるよ!!」
『それはよかった』
懲罰部屋では絵梨が必死な顔をして課題をやっている事に、見張りをしているローズは安堵していた。
「ってかこのキモいオカマを早く追い出してよ! アタシはこの通り仕方なく課題をやってあげてるんだから!」
「そんな冷たいことを言わないで下さいよぉ姫様ぁ~♪(クネクネ)」
一緒に懲罰部屋に入ってるローズエルといる事に絵梨は凄く辟易している。ただでさえ嫌な課題をやっていると言うのに、こんな気持ち悪いオカマがいるのは耐えられないと訴えるが、
『申し訳ありません。家老様より、課題を終わらせるまで出すなと言われておりますので』
「また家老かぁ~~! あの男は一体何処まであたしを苛めれば気が済むのよ~~~~!!!」
『元はと言えば、課題をやろうとしない絵梨姫様の自業自得なんですが……』
家老に憎悪の叫びをあげる絵梨にローズは呆れながら突っ込むのであったが、当の本人は全く聞いていなかった。




