宮永源三の大バカ領主様 宮永楓の幸せな一時 Ⅱ
迷惑犬が人間になった翌日。
「さて絵梨姫様、今日は何があろうと課題をやって頂きますよ」
「家老、相変わらずしつこいね。あたしは課題なんかよりこれから来牙君と遊びに町に行くから忙しいの」
「……遊んでいる暇があるんでしたら課題をやって下さい。姫様ともあろうお方が遊び呆けているなんて領民に知れたら笑われてしまいます。少しはご自重して課題をやって下さい」
家老は政務を合間に絵梨の部屋に行き、課題をやらせるように進言しているが全然やる気配を見せずに遊びに行こうとしていた。絵梨の行動に家老は呆れながらも再度通告する。
「領民に何を言われようがあたしには関係ないもん。課題なんかやらなくても人は生きていけるし」
「そのような子供染みた言い訳が通じるとお思いですか? それにこの課題は色々な事を知る事が出来て、これからの人生に必要になる物ばかりです。絵梨姫様、私は意地悪するために申しているのではありません。貴方様の事を思っているから心を鬼にしているのです。」
「そんなの来牙君に聞けば分かるからいいよ。てかあたしの事を思ってるなら放っておいてよ。話がそれだけならあたしはこれで」
全く話しを聞こうともしない絵梨はすぐに切って捨てると部屋から出て、来牙がいる部屋に行こうとした。
「…………はぁっ。これだけ言っても無駄か」
「待っててね来牙君。すぐに行くから~♪」
家老の事を完全に忘れて来牙の部屋に向かう絵梨に溜息を吐く家老。完全に呆れた家老は決心する事にした。
「やれやれ、どうやら絵梨姫様には荒療治が必要だな……。ローズはいるか?」
「はい、こちらに」
「よし。今から絵梨姫様を……」
シュバッと家老の背後から巨漢のオカマであるローズが現れ、家老が後ろを見ながら指令を下してると思わず言葉が途切れた。
家老がそうなるのは無理もない。何故なら彼が来ている服がくの一装束の格好をしているのだから。
「? 家老様、如何しましたか?」
「……ローズ、一つ聞かせてくれ。その格好は一体何だ?」
「ああ、コレですか? 家老様の直属に必要な衣装で登場したまでですわぁ♪」
「……出来れば普通の格好で登場してくれ」
ローズが言った理由に家老は頭を抱えながら注意をするが、多分また別の女装をして登場をするだろうと予想する。
だが見た目とは裏腹にローズは頼まれた仕事を素早くこなしてくれるので、あんまり強く言ったら仕事に差し支えが出るかもしれないから軽い注意程度で済ませたのだ。
「まぁ良いか。話の腰を折ってすまなかったなローズ」
「いえ、御気になさらず。それで今回の指令は何でしょうか?」
「っと、そうだったな。今から絵梨姫様を捕まえて懲罰部屋に連行してくれ。私が出した課題を終わらせるまでは絶対に出さないように。それともし脱走を図った場合は――」
家老がローズに指令を下した数分後、絵梨は即座に捕まって懲罰部屋に連行されるのであった。
☆
「楓様、少しは貴方様から絵梨姫様に課題をやるように仰って下さい。私が申しても姫様は全然やらないんですから」
「アタシはそう言う事に関して余り強制させたくないんですけどねぇ。だからと言って貴方の配下であるローズに頼んで、絵梨を懲罰部屋に連行するのはどうかと……」
執務室で楓と一緒に政務をある程度終わらせた家老は一段落してお茶にしようと、まったりとしながら絵梨の事に付いて話していた。
「私とてあんな手は使いたくありませんでした。ですが姫様は言う事を聞かずに全く課題をやろうとはしませんでしたので、多少強引な手を使わせて頂きました。学問をせずに遊んでばかりでは領民に示しがつきません。どうかご了承下さい」
理由を言う家老に楓は反論せず渋い顔をする。確かに領主の姫君が遊んでばかりではいけないのは分かっていたから、楓としてもちょっとでも良いから学問をして欲しいと思っている。だが領主自体もバカであるから余り絵梨には強く言えないので、敢えて何も言わずに放任していた。
「う~ん……まぁ確かに貴方の言い分には一理あります。分かりました。以降は私の方からも言っておきましょう」
「是非ともお願いします」
放任していた事が災いしたかもしれないと思った楓は、あまり気乗りな様子ではないが後々の事を考えて決心してくれた。その事に家老も多少であるが一安心する。
「ところで家老、先程から気になっていたのですが、その箱は一体何が入っているのですか?」
「ん? ああ、すっかり忘れてました」
家老の机の近くに置いてあった箱に楓が尋ねると、思い出したかのように取り出す家老。その中には家老が昨日買ったカステイラが入っていた。
「休憩中に楓様と一緒に食べようと思って持って来たんですよ。これはカステイラと言いまして、南蛮で伝わるお菓子だそうです。甘くて美味しいですよ。さ、どうぞ」
「それはそれは。態々持って来てくれてありがとうございます。ではお言葉に甘えて頂きましょう」
そう言って楓は用意されたカステイラを取り食べ始める。モグモグと食べている最中に笑みを浮かべた。
「ほう。これは本当に美味しいですねぇ。丁度良い甘さですし……(ズズ)……しかもお茶にも合います」
「そうなんですよ(モグモグ……ズズ)……あ、そう言えば」
同調するように言う家老もカステイラを食べて、すぐにお茶を飲むと急にある事を思い出す。
「どうかしましたか?」
「休暇中に例の迷惑犬が漸く見付かりまして」
「迷惑犬? ………ああ、以前から市場の食べ物を荒らしていた犬でしたね。どこで見付けたんですか?」
「それが――」
家老が昨日の事を説明し、迷惑犬を捕まえた人の事を言うと楓は意外そうな感じで少し驚いた。
「――と言う訳です」
「ほう。先日お爺さんの側室選びに招いた人が捕まえたんですか。その人には是非ともお礼をしないといけませんね」
「お寮さん自身としては良い実験台が出来たと喜んでいますがね。あとそれと……」
「まだ何かあるんですか?」
「ええ、実はこの薬なんですが――」
次に家老は昨日に貰った擬人化薬とその効力について説明すると、楓は驚きながらも信じられない顔をする。
「まさか、動物が人間になるなんて……」
「私も最初はそう思いましたよ。ですが現にあの迷惑犬が太った中年男に変身しましたし。昨日は本当に自分の目を疑いました」
「ふむ……。貴方がそこまで言うからには事実なんでしょうが……」
本当に変身したのかと楓が確認の問いをしてる最中に、
「にゃんにゃ~」
「「ん?」」
何処からか猫の鳴き声が聞こえてきた。
二人は周りを見回すと戸が少し開いており、そこから黒の子猫が執務室に入って来た。
「あの猫は……」
「おやおや、ユーにゃんじゃない。こっちへおいで」
「にゃ~」
家老が思い出してると楓が名前を呼んでおいでおいでと言うと、黒の子猫は嬉しそうに楓に擦り寄ってきた。
この黒の子猫は一月ほど前では野良猫だったが、今が絵梨が拾って育てている大事な飼い猫となっており『ユーにゃん』と名づけられている。最初は猫嫌いの源三が『黒い悪魔なんか飼わん!』と反対していたが、絵梨のおねだりによってアッサリと承諾。以降はこの宮永家のマスコットキャラとして活躍している。
「ふむ、丁度良い(ゴソゴソ)………楓様、その猫でお確かめになりますか? この薬で本当に人間になるかを」
「ユーにゃんを? う~ん……」
「にゃ~?」
家老が懐から擬人化薬を出すのを見た楓はユーにゃんの頭を撫でながら考えると、首を傾げながら分からない表情をしているユーにゃん。
もしもユーにゃんに何か遭ってしまったら絵梨に申し訳が立たないし、楓自身としてもユーにゃんを気に入ってるから余り試したくはない様子だ。
「大丈夫ですよ。先程申し上げたとおり、迷惑犬がこの薬で人間に変身している所を見ましたので」
「ですが……こう言う事はアタシに言うより飼い主である絵梨に確認した方が良いのでは? この事を言ったら絵梨が反対しそうな気がしますが」
「そうかもしれません。今の絵梨姫様は私に対して反感を抱いていますから絶対に反対するでしょう。ですから私が出した課題を一切やろうともしない我侭姫には……ごほん。もとい、姫様には内緒でやらせて頂きます」
「家老……貴方は絵梨に対して相当イライラしているんですね」
思わず本音を言った家老に苦笑する楓。本来なら咎めるのだが、普段から苦労してる家老にそんな事は出来なかった。
「ではユーにゃんにはこの薬を飲んで頂きましょう。ユーにゃん、こちらへ」
「にゃ~?」
近くに来るように呼ばれたユーにゃんは分からない顔をしながら来た。そして家老は擬人化薬の蓋を空けて、小さな皿に少し注いでユーにゃんに飲ませようとする。
「さあユーにゃん、コレを飲んでご覧」
「にゃ~(ペロペロ)」
「………………」
家老の催促にユーにゃんは疑う事をせずに擬人化薬が注がれている小さな皿を舐めて飲み始めると、薬を飲んでいるユーにゃんに楓は心配そうな顔をしていた。
ユーにゃんが薬を飲んで少し経つと、
「にゃ……にゃ~~~~~………」
「ど、どうしたんだいユーにゃん?」
「大丈夫ですよ楓様。変身する前兆ですから」
急に呻き声を上げることに楓がすぐに近付こうとするが、家老が問題無いように答えて近付かせないようにした。
「で、ですがユーにゃんが苦しそうに……」
ポンッ!
「!」
突然ユーにゃんの周りから白い煙が爆発するように出た事に楓はビックリした。こうなる事が分かって家老は楓にユーにゃんを近付かせないようにしたのだ。
そして、
「うにゃ~、いきなり煙が出てびっくりした~」
「へ?」
「ほう。これはこれは……」
煙が晴れて黒い和服を着た3歳位の小さな黒髪の少年が出た事に楓は目が点になり、家老は感心するように見ていたのであった。
その頃
『何であたしがこんな所に閉じ込められなきゃいけないの~~~~!!!??? 早く出してよ~~~!!』
「申し訳ありません姫様。家老様より課題を終わらせない限り出すなとのご命令ですので」
懲罰部屋にて絵梨がドンドンと扉を叩いて出せと喚いていた。
「ローズって言ったか。何で絵梨をこんなところに閉じ込めるんだ?」
「家老様のご命令です」
「家老から?」
そして出入り口で来牙は懲罰部屋の扉の前で立っているローズ(注:普通の衣装)に問い詰めていた。
「悪いが絵梨を出してやってくれないか?」
「申し訳ありませんが、それは出来ません。家老様より課題が終わるまで出すなと言われてますので」
「じゃあ俺がやるように言っておくから……」
「これも家老様からの伝言です。『来牙様、貴方に頼んだところで絵梨姫様の誘惑に負けるから当てになりません』と仰っていました」
「……………………」
家老からの伝言に来牙は見事に的中している為に言い返すことが出来なかった。現に来牙は絵梨の誘惑に何度も負けているから。
『ふざけるんじゃないわよ~~!! あたしにこんな事をしてタダで済むと思ってるんじゃないでしょうね~~!? 今回の事は絶対にお父さんに報告するんだから~~~!』
「姫様、貴方様が何を言おうが課題を終わらせないと出る事が出来ませんので。来牙様、申し訳ありませんがお引取りをお願います」
「………俺がここで権限を使っても絵梨を出す事は出来ないか?」
「残念ですが、それは無理です。家老様は来牙様がそうするだろうと考えて、家臣ではなくワタシに命を下しましたので。ワタシは家老様直属の部下ですので、家老様以外の命令に従う事は出来ません。申し訳ありませんが家老様に仰るようお願いします」
「(用意周到な事で)…………分かった」
来牙はここで何を言っても通用出来ないと分かり諦める。
「絵梨、聞いたとおり俺ではどうにも出来そうにない」
『そんなぁ~! どうにかしてよ来牙く~ん!! あたしこんな所にいたくないよ~~~!!』
「姫様、出たかったら課題を終わらせて下さいね」
助けてと懇願する絵梨にローズは現実を突きつけるのであった。
絵梨の扱いが悪いと思ってしまいますが、課題を全然やらない罰だと思ってご了承下さい。




