白雪嬢を殺せ!(3)
……。
………。
友達になりたいわ!なんてダイレクトに言われたのは初めてです。
ここは「私もなりたい」と言うべきなのか「馬鹿、もう友達でしょ」と大人ぶるべきなのか迷うわよね。
私が選択を迷っていると、白雪は私の顔を覗き込んできた。
「リセミちゃん?」
「本当はリセミルなの、名前」
誤解を解くことを最優先しました。
本当はというか、別に偽ってないけどさ。
「そうなの。リセミルちゃん……可愛い名前ね」
「……ありがとう。白雪、ちゃん。よろしくね」
何だこの空気!?みたいな甘酸っぱい雰囲気が流れている私と白雪。恋人か。
「ところで、リセミルちゃんはどこに向かってるの?こっちには住宅街しかないわよ?」
貴女の家に林檎を届けにいくの!
とはさすがに言えず、私は曖昧な笑みを浮かべる。
「別に用がないなら、私の家に来ない?とっても暇なのよ」
白雪はグッドなタイミングで私を家に誘った。
すごーい、私いきなり人を部屋に呼べない!汚いもん。片付けに三十分は掛かるし。……まあ、ただたんに私が散らかし魔なだけなんだけどさー。
「いいの?」
演技でなく目を輝かせた私に、白雪は「もちろん」と笑った。
にっこりと笑った笑みには、妖精が好いたのを納得できる純粋さがあった。
そう言えば、イザベラは私を頼ってくる前に何もしなかったのかな。
「ここよ」
白雪が一つの屋敷の前で立ち止まる。荒れた庭が特徴的な、小さなお屋敷。
いや、小さなお屋敷がどんなだと言われても困るんだけど……庶民の家より大きいけど、貴族感覚で物を言わせていただければ、小さめかな、って。いやもちろん、「お屋敷」と表記するレベルだからね!?
「庭師を雇う余裕がないの」
荒れた庭を見る私に、白雪は恥ずかしそうに言った。
「さ、入っ──」
「ちょぉっと待ったー!!」
白雪が門に手をかけた瞬間、荒れた庭から何かがでてきた。
それは、私より年上っぽい男の子。
「ゾゾ?」
「白雪!」
男の子……ゾゾは、私をギラギラと睨む。
「おい魔女!」
「え?私?」
自分を指差したら、ゾゾはブンブンと頷く。
……この人も魔女だよね。黒髪黒目だし。
「お前の目論みなんてお見通しなんだからなっ!」
ビシィッと指を突き付けられ、さすがの私も怯んだ。
何も言えずにいると、強引に門扉を開けた白雪がゾゾの頭を撫でるように叩いた。
「もう、駄目じゃないゾゾ」
心外だというような表情を浮かべるゾゾ。
「白雪は、人を信じすぎなんだ」
ガチャーンと門は閉まり、私と二人を分けるような形になった。
あれ?展開の速さについていけない。
「えーと……?なんで私悪役になってんの」
「お前も白雪を殺しにきたんだろ」
猫も顔負けな警戒心を見せて、ゾゾは言う。
お前「も」?
ということは。
「……イザベラが来たのね」
「名前は知らんが、白雪がいたらマリー様がどーたらこーたら言って、屋敷に押し入ろうとしたんだぞ。返り討ちにしてやったわ!」
仮にも王妃様の魔女をしているイザベラは決して弱くない。いや、どちらかと言えば強い。
そんなイザベラを倒すなんて、ゾゾったら実は強いんだろうか。
……なんて私が感心していると。
「ま、愛の力だよな」
ふっと勝利の笑みを浮かべて私を見た。
「……愛?」
「白雪と俺の、愛」
………。
「……えっ?」
私の中で何かが崩れた。
「もう、ゾゾ!」
恥ずかしそうにゾゾを止める白雪。本当に止めたい人の止め方じゃないわ。
「いやいや、お二人はそのー、恋人さん?」
二人は顔を見合わせ、少し照れながら頷いた。
がーん、と古風なショツクを受けてしまう。王子ー、白雪に恋人がいましたよぅ。王子の付け入る隙はないっぽいです。
親には秘密なの、と白雪が言った。
散々私を疑って、ゾゾは私に籠の中を見せろと言ってきた。
女の子の荷物を見せろだなんて、紳士じゃないことこの上ない。案の定白雪は憤慨して、私をこころよくお屋敷に招待してくれた。
「へえ、ゾゾはグレイ男爵の魔女だったの」
緑茶でまったりと雑談。その頃には、私は毒林檎を使うつもりなんて全くなくなっていた。
「過去形じゃなくて、現在進行形でな」
お茶請けはクッキーを。白雪はお菓子作りまで得意らしい。
「私もねー、王子の魔女なの」
「王子様?……カーラに王子がいたかしら」
「カーラじゃなくて……リナールの」
すげえじゃん、と急須を傾けてお茶を注ごうとしていたゾゾが感嘆の声を上げる。
「見かけによらず優秀なのな」
「まあね」
親のツテで就職という、何とも言えない感じだけど。
「リセミルちゃんは恋人いるの?」
白雪とゾゾの馴れ初めを聞いていた途中、白雪がそんなことを言い出して。私と白雪のガールズトークは、日が暮れるまで続いた。
結局、出かけていた白雪の両親が帰ってきたことで中断され、またねと言い合ってグレイ男爵邸を出る。
すっかり暗くなった空を見ながら、私は籠の中の林檎のことを考えていた。
眠り薬を塗りたくられた林檎。眠りを解くには、私以上の実力を持つ魔女が魔法で起こすか、もしくは口づけをするしかない。そういう薬草を調合し、魔法をかけた。
「用無し、かなー」
「何が?」
頭巾に、誰かの手が乗った。
「林檎です……って、王子?」
振り向くとそこには王子。
「心配したよ。遅いじゃないか」
王子は私の横に並ぶと、「どうだった?」と聞いてきた。
「失敗した?」
「王子ー、張り切っているようで恐縮ですが、白雪には恋人がいました」
「別に張り切ってないけど。……恋人?」
「そうなんですよ」
深く頷いた後、私は王子に最初から最後まで今日の私に起こったことを聞かせた。
「……とまあ、こんな感じなんですけど。」
「白雪嬢って、あまり可愛くなかったんだ」
全て聞き終えた王子の第一声はそれ。
「ええ。強いて言えば可愛いです。強いて言わなければ可愛くないです」
「君って正直だよね」
正直って美徳ですよね。
──空は暗くなっても、街の活気は落ちてない。むしろ昼よりも盛り上がってるくらい。酒類やそのつまみが多く売られて、お客さんの平均年齢も高くなってる。
「すごい混んでますね」
街には何度も行ったことがあるけど、暗くなってから来たのは初めてだった。
「はぐれないようにしてくれ」
王子は私の手を取って器用に歩きだした。
王子と手を繋いだのは初めてじゃない。けれど、幸せそうな恋人達を見た後だと虚しく感じる。
「でも……気の毒だね」
王子はポツリと呟く。
「え?」
「だって、そうだと思わない?没落貴族の令嬢が、何も持っていない魔女と結ばれるはずがない」
……その通り。
そして思い出した。
イザベラは、白雪を殺そうとしていたんだ。