白雪嬢を殺せ!(4)
「リセミル。遅かったな。それで、成功したのか?」
私と王子が王城に戻ると、イザベラが私達を待っていてくれた。
「え」
手のつけられていない毒林檎がバスケットに入ってる。成功か失敗かで言えば、絶対に失敗だよね。でも、今の私には、白雪を王子の花嫁にする気はない。
「うーん……どちらかと言えば失敗?かな?」
「はあ?」
眉をひそめるイザベラ。
「あ、あんただってねぇ、ゾゾにやられたくせに!威張んじゃないわよ!!」
「聞いたのか!?あれは不意を打たれただけだっ」
イザベラの部屋に入り、林檎をテーブルの上に置く。
「正直に言います。白雪には恋人がいたわ。ゾゾっていうね。それに、彼女はマリー様が落ち込むほど可愛くない」
ぼすん、とベッドに座ったら、ひびのはいった鏡が跳ねた。
「可愛くないだとぉ?」
鏡の中から抗議の声が上がった。
「てきとうなことを言うな、馬鹿魔女」
「いや、本当に。かなりいい子だったけど、別に絶世の美女というわけでは……」
と、言いかけたところで、私は気が付いた。
イザベラって、本物見たことあんの?
「イザベラ、白雪見たことある?」
「もちろん、ある。その鏡でな」
なら、と壁に背中を付けていた王子がベッドに近づいてきた。
「僕達も見せてもらおうよ。僕はまだ見てないし」
……そうだね。白雪はイザベラが美しいという顔ではなかったし。多分鏡のほうが変なんだと思うけど。
「ドリス、白雪を映してくれる?」
鏡を小突けば、その表面はぐにゃりと歪んだ。
「こ、これは……!」
「うわ、可愛いな……」
鏡に映っているのは、白雪に似た髪型と服装の、──別人。百歩譲っても白雪だと認めない。美化しすぎて別人になっちゃった感じだよ。
「可愛いだろ?」
鏡の中からドリスの誇らしげな声がした。
「これ白雪じゃないでしょ!」
私が叫ぶと、ドリスは自信満々な声で一言。
「俺にはこう見えるんだよ」
「王子、起きてますか?」
結局、私と王子はカーラ王国王城で一泊することになった。イザベラは私の語る白雪を疑わしそうに聞き、明日にもう一度訪ねる、と言ってた。
私はといえば──眠れなくて、王子の部屋を訪ねている。
「リセミル?」
幸い王子は起きていて、驚いたように私を見た。薄手の寝間着を着てる。眠そうにとろんとした目を擦っている姿は、子供みたい。
「良かった。起きてましたか」
「……どうしたの?眠いんだけど」
「私、枕が変わると眠れないんです」
私の初耳情報に苦笑し、王子は薄く開いた扉を大きく開放した。
「入る?」
あくびをしながら入室を勧める王子。入りますとも。
するりと王子の脇を抜けて、部屋に侵入した。
王子は眠っていたらしく、毛布がめくられた形でベッドが乱れていた。
「僕は寝るから。好きなだけいていいよ」
「えー?お話しましょうよ」
ノリの悪い人は嫌われますよ?
ベッドに入ろうとする王子の寝間着を引っ張って阻止して、ベッドに腰掛けた。ぽんぽんと横を叩けば、王子も隣に座ってくれる。
「眠れないのは本当に枕のせいだけ?」
本人による本人の情報をやんわりと否定して、王子はそんなことを言った。
「そうですよ」
「そのわりには……リナールの王城ではどこでもいつでも眠っていたようだけど」
微かな笑いの込められた声に、私は俯いた。
「……白雪嬢のことが気になる?」
「王子は──白雪と結婚したかったですか?」
一年中暖かな気温のこの地方だけど、王子は毛布を引き寄せて私の膝にかけてくれた。
「白雪と結婚してほしかった?」
──当たり前ですよ。
主語が変わっただけなのに、小さな疑問が難問となって返ってきた。
「別に、どうしても白雪と結婚してほしかったわけではありません」
王子が手を伸ばして私の髪に触れた。無造作に束ねられた、魔女の証でもある黒髪。優しく撫でられると、いつのまにか睡魔が近寄ってきた。
「それに──王子の花嫁探しは思いのほか楽しいです。ずっと王子と一緒に王子の花嫁探しをしていたいくらい」
優しく頭を撫でる手が止まった。すっと手は頭から頬に移る。
「王子?」
「リセミル……」
心地好くて、私は力を抜いて王子によりかかった──
「リセミル様ぁぁあああーっ!!」
「……っぁ!?」
「……はあ」
王子が顔をしかめた。
今の声は、確か……ルタ?
眠気もなくなったので、私は王子から離れて扉を開けた。
「ルタ?」
「ああリセミル様!いてくださいましたかっ!」
弾丸みたいにルタは私に飛び付いてきた。
とても焦っているみたいで、小さな羽をパタパタと揺らしている。王子も近寄ってきて、不思議そうにルタを見た。
「どうかした?」
ルタはコクコクと頷く。
「白雪嬢が、リセミル様に会いに、城まできているそうなのです」
ルタが言うには、最初に騒ぎ出したのは鏡に閉じ込められたドリスなのだとか。彼が鏡の中で白雪を見ていると、白雪は家を出たらしい。深夜に家を出るなんて、心も姿も美しい白雪のすることじゃない!と言うんで見守っていると、彼女は王城に来た。夜中に門が開いているわけでもなく、白雪は門番と少し話をしているのだそうだ。
「読唇術で見た。白雪は、リセミルちゃん、と言ったぞ」
鏡の中で、目つきの悪い妖精は堂々と言い切った。
私は黒いワンピースにカーディガンを羽織って、同じく薄着の王子と共に部屋を出た。ドリスの入った鏡はルタと一緒に部屋に置いていく。
「あら、いかがなさいましたか?」
見回りでしょうね。メイドが私と王子を見て声をかけてきた。
「少し……門まで」
「こんな夜更けに……でしょうか。ご無理はされないでくださいね。魔女様がいらっしゃるのなら、変な心配は無用でしょうが」
メイドは私の格好と、それから髪と目で私が魔女だと確信すると、肩を竦めて許してくれた。王子のことは、あまりに王族らしくない軽装のせいで見咎められなかった。もしも王子の身分をこのメイドが知ったら、通してくれるはずないもん。
正門は、夜の内に開かないし開けない。なので私達は使用人の使う裏口から外へ出た。
私はたまに使うけど、王子は物珍しそうにキョロキョロと見回している。
「……初めて通ったなぁ」
「私はたまに使いますよ。里帰りの後とかに遅刻そうな時便利です」
「間に合ってるみたいに言わないでくれ。毎回遅刻してるだろう?」
裏口から正門へは、近い。城壁を回るようにして歩けば、すぐに正門が見えてくる。
正門前には二人の門番と女の子……白雪が本当にいた。
「うわ、いた!」
「あの子?」
本物の白雪には初めましての王子は、門番の前に立っている白雪を指差して私を見た。
「ええ。あの人です」
こんな夜更けに、どうしたんだろう。
私は小走りで正門に近寄った。