【短編】勇者か魔王か選べない!
「だからっ、何度も有り得ないって言ってるでしょ!」
可憐な少女だった。
歳は十六歳くらいの、雪のような透明感のある白い肌と、海のように碧い瞳を持った女の子だ。
凛とした頬には朱がさしており、一見すればただの美少女なのだが-格好が変だ。
まるで中世ヨーロッパの鎧を身に纏い、その厳つさ違わず、切れ長の目尻はつり上がり、艶のある腰まで伸びた綺麗なブロンドヘアーは、今は重力に逆らうように上がっていた。
その少女は、自分たちよりも倍近い相手に臆すること無く、勇敢にも机を叩く。
しかしそれを嘲笑うは、少女の目の前に座る、頭の両サイドから角を生やした生物。
「フッ、威勢が良い事は悪くないがね、ユウリ姫騎士よ。ただ、勇敢と無謀は履き違えないでいただきたい」
「なんだと!」
いきり立って憤慨する少女-ユウリに対し、角を生やした生物はワイングラスを揺すりながら、そのライオンのような顔をクシャと歪ませて笑い飛ばす。
恐ろしいことに、ユウリ側は人の形をしているのに対して、もう一方は、人の形をした”なにか”のようだった。
「見よ、貴様の従者たちを。怯えているではないか。その姿が見えぬというのか?」
目の前のライオンの面をした生物は肩を揺すり、同様に人外陣営の者も隠す気もないように笑う。
怒りで拳を震わせるユウリだったが、それはそれとして、長いテーブルに並ぶ自分陣営へと目を向けた。
ユウリが見た瞬間に顔を上げて、何とか平静を保とうとする者。それでも駄目だと顔を伏せる者。そもそも長いテーブルを挟んで並ぶ、目の前の敵に顔を向けることすら出来ない者と様々だ。
誰が見ても分かる。これは元々勝算のある戦いではなかったのだと諦めている顔だ。
「ぐッ、しかしッ-⋯⋯ッ!」
ユウリはきつく目を閉じ思考を凝らすも、これ以上声が出ない。
おそらく自分でも分かっていたのだろう。
そもそも戦いにならない事を。
「⋯⋯だからっ、彼がいるのだ!」
それでもと、ユウリは苦し紛れに期待の眼差しでこちらを見やる-⋯⋯そう、僕の方を。
刹那、両テーブルから、両陣営の視線が一気に
注がれる。
「え~っと⋯⋯ども」
俺は「ははは」と笑って頭を搔くことで精一杯だ。
なんせ四方を檻に囲まれて、移動するほどのスペースもなければ足枷さえ付けられていた。
唯一動かせる両手だって、片方は鎖に繋がれていて限られた範囲でしか使えない。
もはや扱いは動物かそれ以下だ。
「フンッ、それこそ何度言えば分かるのだ。この男は私さえ恐れる瘴気を纏って現れたのだぞ?まさに【魔王】に相応しいではないか」
「それを言うなら彼の右肩に注目していただきたい!はっきりと【聖痕】の青白く光る痣が現れているではないか。これが伝説の【勇者】じゃなくてなんだと言うのだ!これ以上の証拠はない!ダイサイアク!貴方の思惑通りに事は進ませないッ!」
ユウリの話に、ライオンの面-ダイサイアクは、小賢しいとばかりに獣のように大きく鼻を鳴らす。
放たれた熱風の如き鼻息がユウリの髪を弄ぶも、ユウリのきつく結ばれた頑固な瞳が揺らぐことはない。
「⋯⋯僕の意思は?」
その言葉に誰も反応してくれない。
「はぁ⋯⋯どうしてこんな事に」
僕は狭い檻の中、泣きそうになる顔を伏せて、後悔と共に昨日の出来事を思いだす。
深夜一時頃、仕事からの帰り道。
今日も今日とて上司から怒られた仕事最終日。
三十日振りの休みに、開放感と虚脱感からコンビニに立ち寄り、自分へのご褒美とビールを買って店を出たら-何故か空が泥のように濁っていた。
「⋯⋯へ?」
見渡せば、約二十メートル四方のエリアを鋭く黒い棘に囲まれた空間。
そこに剣を手にしたユウリ、そしてライオン面のダイサイアクが僕を挟んで立っていた。
「「誰だ?」」
そこからユウリは僕の中にある瘴気を、ダイサイアクは右肩の痣をみて、互いに呪文を唱えたかと思えば天変地異と何ら変わらない力を出現させて僕に向かって放った。
終わった-かと思えば、突き出した手はいつの間にかユウリの攻撃を黒い闇が飲み込み、もう片方の手はダイサイアクの攻撃を光でかき消していた。
そうして背中を取られまいと立ち上がりくるりと向き直ると、ユウリは僕の右肩を見て「勇者様⋯⋯」と涙ぐんで呟き、ダイサイアクは「魔王様⋯⋯」と片膝をついて頭を下げた。
そこからはよく分からない論争に巻き込まれた。「彼は勇者なのだから人間側だ!」とユウリは講義し、「彼は魔王だから魔族側だ!」とダイサイアクは叫んだ。
あまりの恐怖に逃げ出そうとする僕を、二人はとっ捕まえて-今に至る。
どうやら僕をどっちの側に付けるのか、ここ人間側と魔族側の領地を半々跨いだ議論の場にて話し合いが行われている。
景色を見れば、半分は花咲く大地。もう半分は黒く塗りつぶされた闇染まる世界が綺麗に別れている。
彼は昨日、私達と共に卓を囲んでの食事をした!貴様達にそのようなもてなしをする知識や知能がありまして?」
ユウリは昨日の出来事を自信ありげに語る。
そのドヤ顔は”勝った”と、口角が上がっていくのが物語っている。
「ぐぬぬ⋯⋯たしかに」
ダイサイアクは「くそっ、夜だけ貸してくれと抜かしたのはその為か!」と分かりやすく負けを悟る。
いや卓を囲んだというより、檻に入れた僕を囲っての食事をしたが正しい。ユウリよ、美化するな。
「え~、もてなしをする知能や知識なんて必要ないよ~」
ヒラヒラと、人に悪趣味な黒い両翼を付けたような女性が、魔族側のテーブルから飛び出して近付いてくる。
その女性はなんと破廉恥な事に、下は小さな布生地のくい込みパンツに、上は何を着ていない。かろうじて長い前髪が大事な部分を隠しているだけという、男なら釘付けになってしまうみだらな格好をしていた。
「あ、君は昨日の!」
その女性-サキュバスは、人間側からの「魔族はあんな格好をして外を歩かせているのか!?」という常識外れだなんて言葉は届かず、まっすぐ僕に辿り着くと、檻へと手を伸ばして背中をなぞる。
「わわっ!」
僕が思わず情けない声を漏らすと、サキュバスは愉しそうに可愛らしい声で笑った。
「こんにちわ。魔王様。昨日は楽しかったですね」
サキュバスは背中を優しくなぞる。それは昨日の”いたした”出来事を強制的に思い出させる。
「きき、昨日は、仕事終わりで疲れていただけで、やや、やましい気持ちなんて」
「ふぅ~ん?」
「な、なんだ貴様は!」
気付けばユウリは立ち上がってこちらを指先して、わなわなと震えていた。その頬には朱の花を咲かせて顔は茹でダコのように真っ赤になっていた。
「昨日の卓とかいうの?それが終わったあと、すこ~しだけお手伝いをさせてもらっただけで~す♪」
「おお、お手伝いだと!?」
「そう、お手伝い⋯⋯一日檻の中、それもくっさ~くなった身体だと、可哀想でしょ?だから、お手伝い♪」
サキュバスは、ゆっーくりと背中、腰、下半身へと手を伸ばしてなぞってゆく。僕はされるがままとなって、何かを期待するように目を瞑ってしまう。
「貴様ァァァアアアアッ!」
ユウリは感情を爆発させて腰に刺してある剣を神速で引き抜き、何か唱えたかと思えば嫌な予感が脳裏を過ぎる。
「あら、まずい」とサキュバスは即座に離脱。
聞こえた言葉からして、昨日と同じ。気付いた時には、天変地異とも変わらない一撃が僕に迫る。
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬってぇええええええええ!」
終わった-それでも必死に片方の腕を前に突き出して無駄な抵抗をする。
それは果たして無駄な抵抗だったのか、その手から現れた黒い力は、昨日と同じくユウリの攻撃を軽々呑み込んだどころか、囲っていた檻すら捻じ曲げて破壊してしまう。
「なっ-」
ユウリは顔を歪ませ、人間側からは悲鳴が上がる。
その手から出た黒い力は、どうやら人からすれば忌み嫌うものなのだろう。
「やっぱり貴様はここで殺すしかない」
ユウリの冷たい一言にゾッとして、僕はその手をユウリへと向けると、ユウリは躊躇う。
「そうはさせぬ!」
しかしダイサイアクが僕へと禍々しい黒い腕を伸ばす。
「魔王様となる貴様は私の者だぁぁあああ!」
「うわああ!」
僕の視界を黒い腕が塞ぐ-刹那、僕のもう片方の手が光り輝き、その闇をかき消してしまう。
「ふむ⋯⋯その力、さすがに凄まじい。流石は半身は【勇者】の者よ」
気が付けば魔族側のテーブルを半壊させ、近くにいたダイサイアクの身体は、ズタズタに引き裂かれていた。
「フフッ⋯⋯流石は【勇者】だ⋯⋯グフッ!」
そう呟くユウリの身体も、半身が闇に侵食されて辛そうに咳き込み悶えている。
「あぁ⋯⋯あぁあぁぁ⋯⋯⋯⋯」
これは⋯⋯僕がやったのか⋯⋯?
ユウリとダイサイアク、先ほどよりも鋭い眼光が僕を捉える。
「「-やはり欲しいっ!」」
「ああああああああああああああ-ッ!」
刹那、僕はその場を駆け出していた。
わけも分からず、行くあてもなくその場から少しでも離れたい一心で走りだす。
その後ろを追随する二人の影。
「貴方こそ本物の勇者だ!」
「やはり、貴方様は魔王様になられるお方!」
「知らない知らない!どっちも知らないよぉぉぉおおおおおおっ!」
僕は泣き喚きながら、絶対に捕まりたくないと全力で腕を振り回すのだった。
僕、二十四歳。
ブラック企業務め。いわゆる社畜。
父さん母さん。ここ数年死んだように生きていたけど、今は必死に生きてます。
というか生を実感しています。
なので心配なさらず。
二人の影はどこまでも何処までも、その男の背中を追っていく。
勇者か魔王、そのどちらになるまで-。




