第9話 円卓会議
荘厳な静寂が、「円卓の間」を支配していた。
漆黒の床には、灯火ひとつ見当たらない。
にもかかわらず、そこに集う者たちは誰一人として影を落とさない。不自然なほど均一な光が、空間そのものから滲み出しているかのようだった。
その奥に座するムジカの傍らで、サロメが静かに口を開く。
「それでは、円卓会議を開始いたします。最初の議題は──我々『黒翼の王冠』が、現在置かれている状況についてです」
彼女の声は上品で澱みがない。
「結論から申し上げますと……我々は先の《《世界震》》をきっかけに、かつて存在していた世界とは“異なる世界”へ転移した可能性が極めて高いでしょう」
“世界震”というサロメの表現は実に的確だ。
あの時、大地が、いや──世界そのものが軋むように震えた。
地上数千メートル上空にあるこの空中要塞でさえ、確かに“揺れ”を感じていたということ。
「異なる世界~?」
円卓の一角から、ネルソンの能天気な声が飛ぶ。
「詳細はまだ調査中です。ただ一つ確かなのは─―この世界が、我々がかつていた世界と地理・文化・文明水準が極めて酷似している、という点ですわ」
ムジカは、無言で頷く。
村での出来事。人々の服装、価値観、文化。
それらは確かに、『GARDEN』の延長線上にあるようで、しかし、決定的に"違う"。
(────だが、戻りたいとは思わない。)
かつて《《神原瑛》》として生きていた世界。
トッププロゲーマーとして名を馳せ、完成された安定の中にいた日々。
しかし、瑛を満たしていたのは"退屈"だった。
かつての世界は、今の《《ムジカ》》にとって、既に色褪せた過去でしかない。
求めているのは、予測不能で新たな挑戦。
そして、この“現実になったGARDEN”には、それが腐るほど転がっているのではないかと、ムジカは大いに期待していた。
(────⋯⋯とはいえ。この世界にオレたちが飛ばされた《《理由》》を解き明かさないまま活動し続けるのは危険だ。)
もしこの転移に強大な何者の意志が介在しているなら、それを知らぬまま動くのは致命的だとムジカは考える。
「続いて、エディンバラ直下地域周辺の地理および情勢について、要約してご報告いたします」
円卓中央の魔導投影装置が起動し、宙に地図が浮かび上がる。
フランベル王国の上にエディンバラを表す点と、王国の周辺国家と勢力圏が映し出されている。
サロメの報告は、ムジカがかつて“カレー村”の村長から聞き出した情報などとは比較にならないほど詳細で、多岐にわたっていた。
「現在、『フランベル王国』では地方領で反乱が発生し、それを鎮圧するため王国の正規軍が派遣されていますが、その地方領がエディンバラ直下に当たる《《マドレーヌ領》》になります。よって、我々はこの状況を利用し───」
サロメは一拍置いてから続く言葉を告げる。
「《《フランベル王国への侵略を開始すべき》》と、考えますわ」
(─────────────ん?
⋯⋯今、何て?)
ムジカは思わず目をぱちくりさせた。
横を見ると、サロメは至って真面目な顔をしている。
「えっと⋯どうして、地方の紛争に介入する必要が?」
柔らかな声で、ジャンヌが問いかける。
(────いや、そこじゃない。
そもそも“侵略”って何だ。)
その問いに答えたのは、モリアーティだった。
「我々が今後、《《世界征服》》を水面下で進めるにあたり、地上での拠点及び隠れ蓑となる勢力が必要です」
(─────⋯せ、世界征服?)
「そこで、現状窮地にあるマドレーヌ領を支援し、恩を売り、いずれは傀儡化する。そして、最終的に王国を内側から掌握するのに利用しよう、という訳です」
(─────ちょっと待て待て。世界征服って何だ。)
スピーディにスケールの大きな話が展開されるがムジカの頭は追いつかない。
「なるほどです~」
モリアーティの端的な説明に納得するジャンヌ。
祖国が侵略されようとしているのに何とも思ってなそうな彼女に、ムジカは内心ツッコミを入れてしまう。
(─────この国、君の祖国だよな?)
「戦力評価は密偵に任せています。その結果次第で、投入戦力を決定したいと考えます」
モリアーティに視線を向けられたムジカは、ぎこちなく頷く。
それから会議はそのまま、艦隊、兵装、物資、補給などに関する状況報告に流れていく。
だが、その中にあってただ一人、ムジカだけが取り残されていた。
(────⋯⋯え?⋯は?⋯⋯世界征服?
いつからそんな話になった?)
ムジカは、必死に記憶を巻き戻す。
そして、原因と思われる自身の発言に辿り着いた。
『配下たちよ、『黒翼の王冠』が威を示せ。世界を黒く染め上げるのだ』
(────⋯⋯たぶんあれか?でもあれだけでこうなるのか?⋯⋯いや、そもそも『黒翼の王冠』自体が世界の頂点に位置することをコンセプトとしている。つまり、世界を制覇するために尽くすことは、オレが創ったNPCたちにとってのアイデンティティも同義なのかもしれない⋯。)
しかし、背景がどうあれ、あの軽率な言葉が配下たちの行動原理となり、この世界に今激震をもたらそうとしていることに変わりない。
また、今さら撤回も難しい。
あの宣言を軽々しく翻す、要は『黒翼の王冠』の在り方そのものを捻じ曲げたその瞬間、配下たちのムジカへの忠誠は崩れるかもしれない。
(────⋯⋯さて、どうしたものか。⋯相変わらず自己弁護の文句はスラスラ出てくる自分に嫌気が差す。)
「──如何でしょうか、ムジカ様」
気づけば、視線が集まっていた。
「⋯ああ」
話を聞き流していたムジカは咄嗟に返事をする。
ムジカが俯きながら足踏みをしている内に、配下たちによる情報交換は大方終わっていたようだった。
だが、たとえ一言一句聞いていたとしても、今の知識量では理解が追いついていなかっただろう。
「お前たちに任せる。サロメとモリアーティを中心に進めよ。ただし、状況報告はこまめに上げるように」
人に命令することに未だ慣れないムジカは、どこか気恥ずかしさを感じながらも、できる限り堂々と振る舞うよう努める。
「御意に。⋯では、議題は以上となりますが、いかがでしょうか?」
「そうだな……」
コメントを求められても、肝心の内容をほとんど理解していない以上、何を返せばよいのか見当がつかない。
だが、それでもムジカは頭を回転させ、配下たちに重要だと率直に思った方針を絞り出すように口にする。
「最後に。今後、お前たちに意識してもらいたいことが二つある」
「「「「「「「ハッ」」」」」」」
厳粛な空気の中、配下たちの声が揃う。
「まず、“思考”せよ。命令を待つのではなく、自ら考え、最善を選べ」
指令を一元的に下すだけの組織よりも、末端に至るまで個々が能動的に判断し、思考する集団の方がはるかに強い──ムジカはそう考える。
それに、最終責任者である自分に判断を仰がられる頻度を極力抑えたいというささやかな本音も少々混じっている。
そして、この言葉は彼自身への戒めでもあった。
「そして────」
ムジカは意図的に言葉を切り、緊張感を作り出す。
「《《生き延びろ》》」
主の口から思わぬ言葉が飛び出したからか、配下たちは少し驚いたような表情になる。
ムジカにとって、これは単なる命令ではない。
自らのために命を投げ出してでも従おうとしそうな彼らに対する、切なる願いだった。
『GARDEN』においては魔法やスキル、アイテムによって何度でもNPCを復活させることはできたが、この世界では一度地に伏してしまったらそれが最後かもしれない。
ムジカにとって愛着のある配下たちが、『黒翼の王冠』のために、自らのために命を散らすことは何としても避けたかった。
「生き延びること……ですか?」
ジャンヌが小さく尋ねた。
「ああ。命あってこそ、誇りを抱ける。まず最優先は、生きて戻ってくることだ。
誰一人、オレの許可なく、オレの前から去ることは許さん──これは命令だ。良いな?」
「「「「「「「ハッ」」」」」」」
「円卓の間」に響く、揃った返事。
その力強さに、ムジカは僅かに安堵する。
すると─────────
「なんと慈悲深き御言葉……!」
サロメが瞳を潤ませながら恍惚とした表情で語る。
「あ、ああ……そうか」
「やはり、陛下こそが至高の君主。王の在るべき姿でございます」
「陛下に、より一層の忠義を!」
「陛下は優しいね! ボク、感動しちゃった〜!」
次々とムジカを称える言葉が飛び交い、円卓の間が一気に賛美の空気に包まれる。
(──────お、おう。)
戸惑いながらムジカは軽く咳払いをする。
「……では、これをもって円卓会議は解散とする。各自、行動を開始せよ!」
「「「「「ハッ!」」」」」
号令と共に、配下たちは一斉に席を立ち、それぞれの任務へと向かっていく。
その背中は、やる気に満ちていた。
そしてムジカは、自らが放った言葉の重さを改めて噛み締める。
『黒翼の王冠』がこの世界で動き出したその瞬間を、彼の胸の奥で静かに刻んでいた。
こうして、『黒翼の王冠』史上初めての正式な「円卓会議」の幕が下ろされたのだった。
to be continued...




