第8話 七天英傑と四天王
脱衣所を出たムジカは、数分遅れて姿を現したサロメの先導に従い、今まさに「円卓の間」と呼ばれる場所の前に立っていた。
漆黒の巨大な扉。
その表面には複雑な文様が刻まれ、近づくだけで空気が重くなる。
湯浴みを早々に切り上げたムジカは、ここへ至るまで延々と続いたサロメの小言を思い出し、内心で小さく溜息をついた。
どうやら彼女は、浴場で何らかの“奉仕”をするつもりだったようだ。
正直なところ、ムジカはサロメに異性としての魅力を感じていないわけではない。感じないわけがない。
むしろ、慕ってくれること自体は嬉しかった。
だが、自分が創造した存在を、欲望の捌け口にする。
その発想には抵抗があった。
加えて、サロメに「深い忠誠心」や「恋慕」の感情を設定したことへの、微かな後悔。
それは最近になって、ようやく自覚できるようになった感情でもある。
(────とはいえ、今後も彼女の熱烈なアプローチから逃げきれる気もしない。どうしたものか⋯。)
「ムジカ様。扉を開けますわ」
「ああ」
サロメは、見た目に反してあまりにも容易く、片手で巨大な扉を押し開けた。
その瞬間────────
空間そのものが、主を迎え入れるかのように軋んだ。
数十メートルはあろうかという天井。
中央には、巨大な円卓が鎮座している。
そしてその周囲に─────
六つの強烈な気配。
かつてNPCだった存在たちが、それぞれ異なる存在感を纏い、円卓に座していた。
即座に立ち上がり、深く頭を垂れる。
一人を除いて───────。
「おっそいよぉ陛下ぁ~。ボクお尻がヒリヒリしてきちゃったよ」
椅子に座りながらヒラヒラと手を振る小柄な少女。
礼節を欠いたその態度にサロメが一瞬、憤りを見せて叱責しかけるのを、ムジカは静かに手で制する。
そして、円卓の最奥。
明らかに他とは格の違う、華美な装飾が施された椅子へと歩み、ムジカは腰を下ろした。
そこに座った瞬間、円卓の空気が、ほんの僅かに変質する。
(─────やっぱり、慣れないな。)
敬意を向けられること自体はありがたい。
だが、ムジカにとっては堅苦しすぎてどうにもやりにくい。
(────意思と自由を手にした以上、彼らにはもっと生き生きとしていてほしい。配下たちとの距離感をどう調整するか─それは今後の課題だな。)
「皆、楽にしてくれ」
「ハッ。ありがとうございます」
左手最寄りの席にいる美青年が柔らかく応じる。
そして、サロメが一歩前に出た。
「円卓会議を始めます……と言いたいところですが⋯」
円卓を見渡し、一拍溜めてから大きな声を放つ。
「これはどういうことですの!?」
突然激昂したサロメに思わず驚くムジカ。
「『七天英傑』と『四天王』の全員を収集したはずですわよ!?何故これだけしか集まっていないのよ!」
「⋯はい。どうやら外せない所用があるとのことで、何名かは来ていません」
怒りを露わにするサロメに対し、神秘的な雰囲気を纏った美女が困り顔で状況を説明する。
「はぁ~~~~?この会議よりも大事な所用なんぞあるわけないでしょうッ!!第一、主に対して不遜にも程がありますわ!今すぐにでもここに連れて────」
「よい。オレは特に気にしていない。ここにいるメンバーで会議を始めよう」
(─────ここに来ていない元NPCたちのオレに対する忠誠心は低そうだな。それは不安だが、まぁ人数が多いと緊張するしな。むしろこれはこれでちょうどいい。)
「ですが⋯」
納得いかない様子のサロメにムジカは首を左右に振って反論は受け入れないことを伝える。
「⋯⋯⋯わかりましたわ。では、まずは改めてご挨拶を。アーサー」
最初に立ち上がったのは、最もムジカにとって馴染み深い凛然とした女騎士。
「改めまして、七天英傑『剣士』、アーサー・ペンドラゴン。御身の前に」
騎士の礼。
一切の淀みもない動作。
彼女が立っているだけで、場の格式が定まる。
────“騎士王” アーサー・ペンドラゴン。
『七天英傑』──上位プレイヤーに匹敵する戦闘力を有する特別な七体のNPC。
その中でも最強に位置する存在であり、ムジカの護衛を務める。
続いて、対面の席から美青年が立ち上がる。
切れ長の目に黒く長い髪、研ぎ澄まされた体躯には静謐な威圧感が漂っている。その手には、曇りひとつない刃先を持つ長槍が握られていた。
「七天英傑『槍手』──趙雲子龍。陛下の前に立つ障害は、この槍が穿ちましょう」
────“神槍” 趙雲子龍。
アーサーと並ぶ『GARDEN』公式発の戦闘特化型NPC。
近接戦闘の技量はアーサーと甲乙つけがたく、特に速度においては、ムジカを除けばこの「黒翼の王冠」において最速。
その槍捌きは人間が到達できる極地を超越する。
「はいはーい!次はボクだよ!」
前の二人と異なり軽快に、小柄な体に紺碧の軍服を纏い、船長帽をちょこんと被った少女が元気よく名乗りを上げる。
「ホレーショ・ネルソン!七天英傑の『騎手』で、黒翼艦隊の提督さ!よろしくぅ~!」
────“海乗り” ホレーショ・ネルソン。
その名の通り、イギリスの伝説的な提督をモデルとしてムジカが創りあげたオリジナルNPC。『黒翼の王冠』が擁する艦隊、その司令官という役割が与えられている。
ネルソンが挨拶を終えて椅子に座り直す。
そして、次の瞬間───
円卓が静寂に支配されたのをムジカは感じる。
突然空間を支配する気を放つその気配の方に目を向けると、白銀の鎧を身に纏った紅髪の美女が立ち上がっていた。
神々しさすら湛えた美女は、祈るように両手を胸元で組みながら静かに名乗った。
「七天英傑『狂戦士』、ジャンヌ・ダルクです。陛下に、我が信仰を捧げます」
この瞬間だけ、誰もが無意識に声を潜め、誰もが彼女から目を逸らせなかった。
────“救国の聖女” ジャンヌ・ダルク。
『フランベル王国』で発令された「オーダー」にてムジカが獲得した支援系のスキルを複数有する後方支援型のNPC。
そして再び、流れは動き出す。
「次は私が。コホン…改めて、七天英傑『暗殺者』、ジャック・ザ・リッパー。御身の前に。殺したい者がいらっしゃれば、どうぞお申し付けを。我が王よ」
────“霧裂き魔” ジャック・ザ・リッパー。
英国紳士の装いに身を包んだ男は、物騒な言葉とは裏腹に、実に丁寧な所作でシルクハットを取って一礼した。
ムジカと同じ職業であり、戦闘スタイルや使用スキルも酷似している。
その存在は、いわばもう一人のムジカ──影法師のようでもあった。
そして最後に、ムジカの左手最寄に座る男が立ち上がる。
「『四天王』参謀の地位を賜っています。ジェームズ・モリアーティ、御身の前に」
────“犯罪の帝王” ジェームズ・モリアーティ。
完璧に整ったブラウンスーツ、整った顔立ち、そして底知れぬ爽やかな笑顔。
その内に潜むのは、策謀と冷徹。
様々な分野で力を発揮できるステータス構成となっているムジカが創造した『四天王』の一人。
知略においてはサロメと双璧を成し、決して敵に回してはならないタイプの男。
サロメが『黒翼の王冠』の運用における最高責任者なら、モリアーティは戦略策定における最高責任者というところだろうか。
こうして円卓に座していた「七天英傑」と「四天王」の面々が挨拶を終え、サロメがそれを締めくくる。
「⋯改めまして。四天王筆頭及び配下統括、私、サロメ・アッシリアはじめ四天王と七天英傑──この身、この心、この魂をもって、御身に忠誠を誓わせていただきます」
サロメに呼応するように他の配下たちもムジカに対して頭を下げる。
「では。ムジカ様、こちらでエディンバラ全域にいる配下たちにその尊きお声をお聞かせくださいませ」
そう言いながらサロメは異空間から学校の放送室にあるようなマイクを取り出しムジカの目の前に置いた。
(─────⋯⋯⋯⋯⋯ん?)
「『黒翼の王冠』に属する全ての配下たちに告ぐ。これよりいと尊き御方であるムジカ様のお言葉を賜ります。姿勢を正し、耳を傾けなさい」
サロメはマイクに向かってそのように語りかけてからムジカに「どうぞ」と番を渡す。
(─────え?ちょっと待て。これで全配下に語りかけないといけないのか?⋯⋯お昼の校内放送かよ。)
突然のキラーパスにムジカは内心慌てふためく。
スピーカーの前で数えきれない程の多くの配下に自分の発言を聴かれると思うと胃が痛くなる。
しかし、今か今かとムジカの言葉を息を呑みながら待つ配下たちの前で「すみません。できません」なんて言えるはずもない。
(──────⋯⋯⋯⋯クッ)
なので、腹を括る。
ムジカは覚悟を決め、自身は「絶対的支配者」であると全力で思い込みながら言葉を放った。
「⋯心して聴け。これより我らは、この“世界”でも頂に立つため、各々の力を結集し、互いに高め導き合っていく。その先に、我らの栄光があるだろう。配下たちよ、『黒翼の王冠』が威を示せ。世界を「黒」く染め上げるのだ」
(─────よし。⋯日頃のロールプレイがまさかこんなところで活きるとはな。)
その宣言は澱みなく解き放たれた。
いつの間にか口から滑り落ちていたような、ムジカはそんな感覚を覚えていた。
もしかしたら、それは自覚してなかっただけで内に密かに抱いていたムジカの本音なのかもしれない。
─────この世界においても、"頂点"を目指すということ。
「「「「「「「ハッ!!!!!」」」」」」」
配下たちは気合い十分といった様子でムジカの宣言に応える。
ムジカは何とか乗り切った自分と配下たちの表情から読み取れる上々の手応えに満足しながら言葉を続ける。
「──では、円卓会議を始めよう。我らの“栄光の未来”を描くために」
こうして、『黒翼の王冠』の支配者たちによる初の会議が、ついに幕を開けた。
to be continued...




