第7話 大浴場
一瞬、視界が白光に包まれ────次の瞬間、ムジカは全く別の場所に立っていた。
先ほどまで視界に広がっていた草原とは打って変わって、足元には黒曜のように艶やかな大理石。
天を仰げば、鴉と竜を象ったレリーフが巡るドーム天井。
蝋燭の淡い光に照らされた西洋風の大広間。
(──────転移、成功。)
「お帰りなさいませ、ムジカ様」
「「「「お帰りなさいませ、陛下」」」」
片膝をついてムジカを迎えたのは、青髪の縦ロールにアメジストの瞳を宿し、抜群のプロポーションを誇る深窓の令嬢。
"婀娜華"サロメ・アッシリア。
ムジカが創り上げた、Lv100を超える最強格のオリジナルNPCの一人。
『黒翼の王冠』の宰相にして四天王だ。
また、サロメの奥に控えている十数人のメイドたちも臣下の礼を取っている。
「待たせたな、サロメ」
「とんでもございません。さぁ、こちらへ」
香水の香りを纏いながら歩くサロメの横顔に、ムジカは一瞬だけ胸が高鳴る。
(────やはり動いてる。本当に生きている。)
NPCが鼓動する命を、燃え盛る魂を宿す"人間"としてそこにいる─その事実に、改めて感動を覚える。
「ムジカ様、エディンバラ直下の地上半径15km圏内における情報収集を先程完了しました。後ほどムジカ様にご覧いただきたく思いますわ」
「そうか、ご苦労」
「勿体ない御言葉⋯また、引き続き調査範囲を拡大して情報収集を継続してもよろしいでしょうか?」
「ああ、頼む」
(─────仕事が早すぎるだろ。)
ムジカはサロメのあまりの有能っぷりに舌を巻く。
また、結果論だがこれならわざわざ時間を掛けて村長から情報を聞き出すまでもなかったなとも思う。
「それと、『四天王』及び『七天英傑』の皆様を現在「円卓の間」に集めていますわ」
「円卓の間」──ムジカがアーサー王伝説に登場する円卓をモデルに作ったミィーティングルーム。
そこに、自身が創造した特別なNPCたちが生きて待機している絵図を思い浮かべ、ムジカはまた心躍らせる。
「⋯ほう」
「そこで、我々《クロウクラウン》の今後の行動指針や戦略について、その人智を超越した深淵なる思考の一端を愚かな我々にお示しいただきたいのですが、如何でしょうか?」
(────「人智を超越した深淵なる思考」?え?オレのこと言ってる?)
ムジカの頭脳をあまりにも過大評価してるサロメ。
(────サロメ⋯あとアーサーもか。どうやらオレのことを大賢者か何かだと勘違いしてるみたいだが⋯まさか他の配下もそうなのか?本当のオレはただの陰キャゲーマーなんだが⋯)
「⋯⋯世辞はよせ。オレよりもサロメの方が智謀では遥かに優れているさ」
「何を仰せられますか。私などムジカ様の足元にも及びませんわ!数百年先の未来すら見通すムジカ様の頭脳こそこの世界で最も優れた頭脳といえますわ!」
(─────そんな訳ねぇだろ。)
サロメは自身の方が圧倒的に劣っていると自信満々に語る。
そして、そんなサロメの背後にいるアーサーもコクコクと頷いてサロメに同意している。
「⋯お、おう」
(────ダメだ。完全に信じ込んでいる。えっと⋯どうすればいいんだ?これ。いくら誤解を解こうとしても謙遜として解釈されそうだし、下手したらめちゃくちゃ卑屈な奴みたいに思われてそれが配下たちの不信感に繋がり⋯あ~ダメだ。攻略法がさっぱり思いつかない。)
配下たちに自身の知能を過大評価されている状況にムジカは内心頭を抱えるが、今この場で解決策を思いつきそうにないので一旦置いておくことにする。
「会議の件はわかった。だが、その前に浴場で体を洗い流してもよいか?」
(──────まずは風呂に浸かってゆっくりと1人で落ち着きたい。ここまでいろいろありすぎてかなり疲れた。主にメンタルが。)
「湯浴み、でございますね。そう仰られると思い、事前に手配させて頂きましたわ。さぁこちらへ」
「ああ」
(─────う~ん。ぐう有能。)
サロメに大浴場の扉の前へと案内される。
そこにはアーサーも変わらずついて来ていた。
「⋯あら?あなたも入るんですの?アーサー」
「ええ」
「それならあなたはあちらの通路の左手奥よ」
「はい⋯陛下、それでは私はこれにて」
アーサーはムジカに一礼してから、サロメに指示された方向へそそくさと去っていった。
「では、陛下も、ごゆるりと♡」
「あ、ああ」
ムジカは何故か舌なめずりをしたサロメの色香にドキッとしつつ、暖簾を潜り脱衣所へと入る。
そして、煩わしさを覚えながら、脇に鞘が差し込まれているベルトを慣れない手つきで腰から取り外し、細かい紐を解いてブーツを脱ぎ、時間を掛けて脱いだ衣服を籠の中に放り込んでいく。
これも、ステータス画面をタッチすれば簡単に衣服や装備を着脱衣できた『GARDEN』では味わえなかったリアルな体験だ。
(─────まぁ、今はそれがかえって不便さを招いてる訳だが。)
白いタオル片手に脱衣所の奥にある扉から出ると、目の前には初めて見る西洋風の荘厳な大浴場が広がる。
「すごいな⋯」
ムジカは、自分以外の唯一のギルドメンバーである《《妹》》が造った大浴場のクオリティに驚き、一種の感動を覚える。
そして──────。
「あ」
その瞬間、本来最初に気にすべきだったことをムジカはようやく思い出した。
自身の妹、プレイヤー名「ウタ」こと神原遥のことを。
(─────もしこの『GARDEN』に似た現実世界に転移しているのがオレだけでないのならば⋯。)
ムジカは、ウタの存在を思い出したことを皮切りにごく少数のフレンドたちの安否も意識し始める。
ステータスウィンドウを開いてフレンドたちのログイン状況の確認を試みるも、その項目自体消えていて確認できない。
「⋯まぁ、あいつらなら大丈夫か」
(─────そもそもこっちに来てるとは限らないし。)
ムジカのフレンドには、ムジカと同じように重度のゲーマーかつ高レベル帯のプレイヤーしかいない。
妹のウタに至ってはレベルだけならムジカすら上回っている。
フレンドたちの強さを信頼しているムジカの中に一瞬だけ生じた心配はすぐ露と消えた。
(─────それよりも、今は風呂だ。)
シャワーと洗剤で体を洗い流した後、壺からお湯を掬って軽く掛け湯をしてから、温泉を口から吐き出しているマーライオンのような像が四隅に配置されている浴槽に浸かる。
「ふぅ⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
優しい温かさが体を揉みほぐし、体の節々に蓄積した疲労がお湯の中に溶けていく。
(─────めちゃくちゃ気持ちいい⋯⋯。)
7、8分ほど温泉に浸かって体の芯まで温めてから、ムジカは奥の方にあるサウナに入ってみる。
「おお、広っ」
もはやムジカも把握していない程までに数が膨れ上がっている配下のNPCたちも利用できるように設計されているのか、風呂もサウナもやたらと広い。
「はぁ~⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
肌が焼けるように熱い。
身体の中の悪いものが全部蒸発していくような感覚を覚える。
ムジカは数分サウナでゆったりした後、外に併設されている水風呂に浸かる。
冷水の冷たさに慣れたタイミングで上がり、それから外気浴へ向かう。
扉を開けてテラスに出ると、ムジカの瞳に宝石のように煌めく満点の星空が飛び込んできた。
「⋯⋯堪らん」
こんな素晴らしい光景を噛み締めながらバカンスチェアの上で裸で仰向けになるなんて体験は、当然かつての現実世界ではできないだろう。
高度4000m以上の大気の中においても、何の支障もなく生命活動ができる超常の肉体を手にした今だからこそ体験できる至福のひととき。
ムジカは果てしなく広がる星の絨毯を見つめながら、しばらく感傷に浸る。そして、これまでの出来事を頭の中で改めて振り返る。
すると、そうしているうちに、ムジカの心をジワジワと羞恥が染め上げていった。
(────そういえば⋯アーサーに関してはよくわからないが、サロメが過剰にオレを高評価するのって、たしかオレがそう《《設定》》したからじゃなかったか?)
サロメはムジカが創造した特別なオリジナルNPC。
ムジカはこれでもかと厨二臭い細かい設定をサロメに施していた。
そんな数々の黒めく設定たちの中に、「主人であるムジカに心酔し、心の底から愛している」という設定があったことをようやくムジカは思い出す。
そして、自らが創ったNPCに自らを持ち上げさせるどころか、恋愛感情まで抱かせてる自分の気持ち悪さや痛々しさに悶えるのだった。
(────オレ、流石に痛すぎるだろ……。)
今後サロメに幾度も愛を伝えられる度にムジカの心臓はキュッとなるだろう。
(────もう何年も前のことだし細かく設定しすぎて他の元NPCのプロフィールも全然覚えてないな⋯。)
元NPCたちの人物像を詳しく把握出来ていないのは、これから彼女たちと「絶対的支配者・ムジカ」を演じながら接する上で不安要素になる。
(────まぁ、その辺は頑張って思い出すとして⋯それはそうとやるべき事が山積みだな⋯。)
何が起きるか未知数な世界にあって配下のNPCたちの前でもムジカは気が抜けない。
今後この世界を生き抜いていくための備えをいくつもしておく必要があるとムジカは考える。
それから、これからのことについて頭を使っていたらさっきまでの心地好い脱力感もどこかへ去ってしまったとげんなりしながら立ち上がる。
「⋯⋯そろそろ出るか」
重たい足取りでテラスから出ようと扉を開ける。
するとその時、入口の方から幾つもの女性の声が突然聞こえてきた。
「え?」
咄嗟に円柱の裏に隠れながら浴場の様子を窺う。
入口から色取りどりの何人もの美女が次々と入ってきていた。
「あれは…メイドたちか?」
メイドたちの神秘的な彫像のように美しい肢体にムジカの視線は思わず吸い寄せられ、何か熱いモノが身体の底で流動しているのを感じるが、首を左右に振りながらそれを理性で無理やり押さえ込む。
(────まずいな⋯ナニが。さっさと外に出なければ。)
そして、ムジカは入口まで駆け抜けるため瞬時に地を蹴り出そうと脚に力を入れるが、そこに、入口からあられもない姿で恍惚とした表情のサロメが現れた。
「陛下ぁ~伽に参りましたわぁ~」
先程までの気品に満ちた姿は見る影もない。
それだけで国を傾かせることができるであろう、サロメのあまりにも妖艶なその肉体がムジカの瞳を絡め取り、ムジカは一瞬放心状態に陥る。
しかし、すぐに正気を取り戻して頭を働かせる。
ほとんど常人と変わらないメイドたちでは、ムジカの全速力の走りを視覚で捉えることは不可能だろうが、Lvの近しいサロメであれば万が一ということもある。
リスクヘッジを最大限に徹底するなら、ここはあのスキルを使うべきだとムジカは瞬時に結論付ける。
(──── 一度使用しただけで体力的にも精神的にも消耗をハッキリと感じたあのスキルを、短期間でもう一度使うのは少々怖さがあるが…仕方ない。
にしても、まさかこんな場面でこれを使うことになるなんて…。)
「─────神速」
右脚で地面を蹴った瞬間にムジカの目の前の景色は一瞬で姿を変え、大浴場から脱衣所になる。
「ッ────」
ピシリと全身に電流のような痛みが走り、ムジカは顔を顰める。
本日二度目の使用、その代償がジワジワと身体を蝕む。
それでも、壁に寄り掛かりながらサロメやメイドたちが引き返してくる前に全速力で着替える。
身体の節々に響く痛みに喘ぎながら。
「ッ!⋯はぁ⋯もう絶対1日に1回以上は使わねぇ」
そして、ムジカは慌てて脱衣所を後にするのだった。
to be continued…




