第4話 神速のムジカ
ダルタニャンが指し示す方向へ──ムジカは、アーサーが姫抱きにした少女と並び、森を疾走していた。
風が唸り、木々が視界の後方へと流れていく。
「わばばばばばばばっ!」
横を見ると、ダルタニャンが顔面で風圧を受け止めている。
「ダルタニャン、口を閉じてください。舌を噛みます」
「わばぁい……」
頬を限界まで膨らませた少女を注意するアーサーを尻目に、ムジカは思考を巡らせていた。
────……やっぱり、似ているな。というか、そのまんまだ。
幼い頃に読んだ、とある古いライトノベル。
VRMMOのサービス終了と同時に異世界へ転移し、アンデッドとして生きることになった男の物語。
────まさか、自分がその立場になるとは。
戸惑いと同時に、胸の奥が僅かに高鳴っているのを、ムジカは否定できなかった。
根っこは、どうしようもなくオタクで厨二病なのだ。
「あっ、あそこだよ!」
森を抜けて小高い丘へ出た瞬間、視界が開け、その先400メートルほどに小さな村が見えた。
そして────────。
「…村が……燃えてる」
ダルタニャンの呟きが、やけに小さく響いた。
村のあちこちから上がる炎、煙。
男たちの鬨の声と、村人の悲鳴。
ムジカの人並外れた視覚が、黒い甲冑に身を包んだ兵士たちの姿を克明に捉える。
老若男女の区別なく振り下ろされる剣。
略奪され、踏みにじられる命。
胸の奥に、鈍く、重い不快感が広がる。
「お母さん!お兄ちゃん!」
ダルタニャンが咄嗟に駆け出そうとするのを、アーサーが抱き留める。
「はなしてっ!お姉さん!」
「離しません。今行っても、命を無意味に捨てるだけです」
「お姉さん!」
「陛下」
怒りの炎を宿した瞳で、アーサーはムジカを見た。
「許可を。私が──「いや。オレが行く」
しかし、ムジカは首を横に振ってそれを拒否する。
「アーサーはここでダルタニャンを守れ」
「しかし陛下、あの程度の雑兵共を撃滅するためにわざわざ陛下自らが赴く必要はないかと⋯。やはり、ここは私が」
「少し、実戦で試したいことがあるんだ」
その一言で、アーサーはムジカ自ら向かおうとしている理由を理解した。
「……ハッ。畏まりました」
ムジカはアーサーから視線を移し、ダルタニャンの頭に手を置く。
「お兄さん⋯」
「大丈夫だ。ここで待っていろ。《一瞬で終わる》」
「……うん」
それからムジカは2人に見送られながら村に向けて歩みを進める。
こうしてムジカが自ら出た理由は三つある。
まず1つは、アーサーよりもムジカのスペックの方が奇襲に適しているためだ。
アーサーの職種は主職『騎士』副職『剣神』で、攻守双方に優れたアタッカーではあるが速度が低い。
故に、できる限り敵にこちらの情報を与えずより多くの村民の命を救うための奇襲による《《瞬殺》》が求められる今回の戦闘に向いていないとムジカは判断した。
2つ目は、かつての『GARDEN』における自身の戦闘能力がこの世界においても変わっていないか確認するためだ。
スキルを使用できることや、身体能力がかつての状態から変化していないことは確認済みだが、まだ戦闘用のスキルや技については問題なく使用できるのか、その性能や効果に変化はないのかどうかを確認できていない。
そして3つ目は、早めに対人戦の実戦経験をしておくためだ。
これから未知の異世界を生きていく中で、今から行う戦闘に然り、人間と戦わなければならない場面を想定して備えておく必要があるとムジカは考えていた。
言うまでもないが、現実で死亡するリスクがないVRMMOゲームにおけるプレイヤーやNPCとの対人戦と、攻撃を受ければ痛みを伴い殺されれば死亡する現実における《《生身の人間》》との対人戦には大きな乖離がある。
そこで、ムジカはその乖離を実戦経験を重ねることで、早い段階から埋めていく作業をしようとしていた。
─────だが、そんな理屈以上に。
胸に巣食うこの不快感を、ムジカは一刻も早く消し去りたかった。
「敵は⋯19人か」
『感知』を使用して敵の数と位置を把握しつつ、遮蔽物に身を隠しながら村に近づく。
─────おそらく村を襲撃している兵士たちのLvはLv10前後だろうか。『GARDEN』基準なら。
アーサーが仕留めた《グリズチキン》の強さが『GARDEN』におけるものと同程度だったことからムジカはそのように推測する。
しかし、一切の油断もない。
─────現実で、人を斬る……。
戦いの時が近づくにつれて緊張がジワジワと身体中を侵し、心臓の鼓動が少しづつ大きくなる。
それと同時に思考は研ぎ澄まされ、今から人を殺めることになるという事実を改めて心が、身体が、意識し始める。
ムジカに、かつてアバター「ムジカ」を操作していた「神原瑛」に、対象を生かしたまま制圧するスキルや技術はない。
あまりにもムジカと兵士たちのLv差とそれに応じた身体能力に差がありすぎて、仮に手刀を軽く打ち込んだだけでも兵士の首を遥か遠くに刎ね飛ばしてしまう可能性が高い。
よって、ムジカがダルタニャンの頼みを聞き入れたその瞬間より、ムジカには兵士たちの命を奪う他に選択肢はなかったのである。
ムジカは、今になって、軽率に少女の願いを引き受けたことを、ほんの僅かに後悔する。
それでも─────
もう、引き返すことはできない。
故に、思い返す。先程目にした村人たちの命がゴミのように掃き捨てられる悪夢のような光景を。
そして、今から自分が斬るのは、そんな悪夢を生み出した悪人たちであると、自らの手を血で染めることを自らに納得させるために、誰のものかわからない正義感を掻き立てながら言い聞かせる。
「……この辺りか」
ムジカはこれから行使するスキルの效果範囲に敵兵士たちが全て収まったと判断し、腰に差している黒刀「死曲」に指を掛ける。
────かつて、『GARDEN』において、とある都市伝説じみた噂がプレイヤーの間で囁かれていた。
それは、世界最高の演算機能を有し人間の脳を再現しているとされる『GARDEN』を管理しているスーパーAIが、《《ある条件》》をクリアしたプレイヤーに、
《《そのプレイヤー専用のオリジナルスキルを与えている》》
という噂だ。
条件はただ一つ。
《《偉業を成し遂げ、世界に認められること》》
単刀直入にいうと、《《この噂は事実である》》。
ムジカは、その数少ない到達者の一人だった。
────────そう、今まさに、ムジカは「七大魔王の討伐」という世界で唯一、ムジカだけが成し遂げた偉業を以てして手に入れたオリジナルスキルを発動させようとしていた。
「フゥ……」
スキル「感知」は、モンスターの気配を探ろうと意識すると同時に、自然と発動していた。
このことから考えるに、この世界においてスキルは、《《スキル発動によって発生する事象をイメージする》》ことで発動されるのではないだろうか、とムジカは仮説を立てていた。
そしてムジカは今、意識を研ぎ澄まし、光となって兵士たちの首を斬り裂く自らの姿を思い描く。
すると、かつての『GARDEN』においてそのスキルを使用した時と同様に、次第にムジカの身体の周りに光り輝くエフェクトが発生した。
「……来た」
この世界のあらゆるエネルギーがムジカの身体のその一点に凝縮しているかのように、急激に強烈なパワーが漲ってくるのを感じる。
ムジカは、静かにその名を告げた。
ムジカを『神速』たらしめる、その世界でたった一つしかないスキルの名を。
誰も目にすることはできない足跡を世界に刻む、その神域に至る御業の名を。
オリジナルスキル──────────
「神速」
to be continued...




