第3話 笑顔のために
「……鶏と、子供か」
ムジカは、思考とほぼ同時に周囲の状況を把握している自分に気づき、僅かに目を見張った。
スキル「感知」─それは本来、視界に表示されるパネル上で選択することで発動するものだったはずだ。
しかし今は違う。
意識した瞬間、いや、意識するより先に、情報が流れ込んでくる。
───……本当に、世界そのものが変わっている。
「はぁ……っ、はぁっ……!」
ムジカが少し呆気に取られていると、薄汚れた衣服に身を包んだ小さな少女が、必死の形相で飛び出してくる。
そして、その背後から数メートル遅れて、《グリズチキン》が奇声を上げながら姿を現した。
<ゲギャァァァ!!!!!!>
「助けてっ! 冒険者さん!」
少女はムジカの存在を認めるや否や、一直線に駆け寄り、その脚にしがみつく。
上目遣いの瞳には、恐怖と必死な祈りが宿っていた。
子どもが特別好きなわけではない。
だが、この状況で、その視線を無視できるほどムジカは冷酷ではなかった。
ふと前方を見ると、《グリズチキン》が足を止めていることに気づく。
これまでの『GARDEN』では、相手が格上だろうと関係なく、一直線に突撃してくるだけの存在だったはずだ。
──────様子見、してるのか?
ムジカが動き出す前に、アーサーが一歩前に出た。
「陛下。ここは私が」
煌めく黄金の剣「カリバーン」を構え、少女とムジカの前に立つ。
「アーサー、油断するな。今までの鶏と同じだと思うな」
「ハッ!」
<グギャァァァァァァァァァァァァ!!!!!>
痺れを切らした《グリズチキン》は不規則に身体を揺らし、数歩走ったかと思うと、跳躍した。
だが─────────────一閃。
アーサーにより描かれた黄金の軌跡が、巨大な鶏の身体を空中で断ち切る。
上下に分かたれた肉塊が、血飛沫を撒き散らしながら地面に転がった。
「きゃっ!」
「……っ」
生温かい血が、ムジカと少女の衣服を汚す。
返り血──それは、かつての『GARDEN』には存在しなかったギミックだった。
「陛下、こちらを。そこの少女も」
剣を収めたアーサーは、空間収納魔法を発動し、空中に突如発生した小さな穴から金色の刺繍が施された白地のハンカチを2枚取り出し、ムジカと少女に手渡す。
─────武器だけじゃなくてこういうアイテムも収納されてるのか。もはや四〇元ポケットみたいだな。
「ありがとう」
「ありがとう、きしのお姉さん! すごく強いんだね!」
少女の無邪気な声に、アーサーは小さく微笑んだ。
ムジカと少女はアーサーから渡されたハンカチで浴びた血液を拭き取る。
それから、ムジカは片膝をつき、少女と視線の高さを合わせて向き合った。
「…さて、君は何者だ?」
「えっとね!この森の近くのカレー村に住んでる、ダルタニャンです!お兄さん、お姉さん、さっきは助けてくれてありがとう!」
元気よく名乗る少女に、ムジカは静かに問いを重ねる。
「なぜ一人で森にいたんだ?」
「村にね、見たことないはたを持ったきしさんたちが来たの。大人のみんな、すごくこわがってて……だから、冒険者さんに助けてもらおうと思って」
──────無茶をする……だが。
ムジカは、少女の肩にそっと手を置いた。
「その勇気は立派だ。だが次からは、一人で決める前に大人に相談しよう。今回はたまたまオレたちと出会ったから大丈夫だったが、子ども一人でこの森に入るのは命を捨てるようなものだ」
「……うん。ごめんなさい」
「ああ」
素直に頷くダルタニャンの姿に、ムジカとアーサーは小さく微笑む。
「それで……お願い。お兄さん、お姉さん。村を助けて!」
ダルタニャンの縋るような視線。
今にも泣き出しそうなその小さな顔を前に、ムジカは即座に思考を巡らせる。
────この世界についての情報をほとんど持っていない状況で、何らかの組織に属しているような人間と下手に接触することはリスクがあるためなるべく避けたい。
しかし、ダルタニャンの村を訪れることにはメリットもある。
それは、ダルタニャンの言う通り村が何らかの危機的な状況を迎えている場合、その危機を取り払うことで村に恩を売り、その返礼としてこの世界の情報を少なからず入手できる可能性があるということ。
また、その村がかつての『GARDEN』におけるセーフティエリアに該当するエリアなら、「リング・オブ・クロウクラウン(黒翼の王冠の指輪)」を使用してすぐにホームに帰還できるだろう。
ムジカはこの少女を助け村に行くことのリスクとメリットを秤に掛ける。
すると、そこでアーサーが口を開いた。
「陛下……この少女の願いを、叶えてやれませんか」
「お姉さん⋯」
「⋯フム」
アーサーの真っ直ぐな瞳には、彼女が内に秘める正義が映っていた。
「悪しき者が村を脅かしているのなら、私が一掃いたします」
ムジカは小考する。そして─────。
「……わかった。村へ行こう」
「陛下!」
「お兄さん!ありがとうっ!」
ムジカの決断にダルタニャンは目を輝かせ、アーサーも嬉しそうにダルタニャンに目をやる。
秤は、完全に傾いた。
合理的に判断しようとしても、人間である以上、自身の感情を無視することはできない。
一人の可憐な少女の必死の願いと、一人の勇壮な女騎士の信念に触れた瞬間、ムジカの答えはもう決まっていた。
そして、喜びを顕にするダルタニャンを見ていると、ムジカの脳裏に、幼い日の記憶が蘇る。
幼馴染に贈った、ささやかなプレゼント。
それを受け取った彼女が見せてくれた、あの屈託のない笑顔を。
to be continued…




