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GARDEN  作者: すぬーぴー
2/9

第2話 プロローグ②






ログアウトボタンが、ない。


─────……いや、それだけではなかった。


運営への問い合わせ。

環境設定。

五感調整。

オンラインショップ。


ゲーム外部と繋がるための項目が、ステータスウィンドウから完全に消失している。

残されているのは、Lv、HP、MPといった最低限の数値の表示だけ。


───────……バグか。


ムジカは、即座にそう判断した。

『GARDEN』ほどのデータ量が膨大なコンテンツであれば、想定外の不具合が起きること自体は珍しくない。


だが────その判断は、次の瞬間、根底から覆される。








「────────陛下?」








「わほっ!?」


背後から聞こえるはずのない声。


ムジカは思わず妙な声を上げ、勢いよく振り返った。

そこにいたのは、金髪の美少女騎士


───アーサー・ペンドラゴン。


彼女は怪訝そうに首を傾げている。


「……わほっ?」

「…………」


────NPCが、自分から話しかけてきた。


ムジカはあまりに衝撃的な出来事を目の当たりにし呆気に取られていた。


『GARDEN』の全てのNPCには高性能の自律学習型AIが搭載されており、プレイヤーがNPCに対して何らかの働き掛けをしたり特定の行動を取ることで、人間のように自然で表情豊かなリアクションやリアルタイムで状況に合わせて無数のパターンの返答をしてくれるように設計されている。


だが、それはあくまで《受動的》。


NPCが能動的に声を掛けてくることなど、

設計上あり得ない。


「陛下、大丈夫ですか?」


「……あ、ああ……」


よく見ると、アーサーの肌や髪、眼や口、鼻、身体のあらゆる部分の質感がいつもとは異なり生々しく生気を放っている。

まるで本物の人間のように。


「……今のは、だな」


ムジカはしどろもどろになりながらも即座に言葉を組み立てる。


「南方の⋯戦闘民族マヌイに伝わる、士気を高めるまじない『ワホッ』だ。大地震の影響で、この森に異変が起きていると判断した。

そこで警戒を強めるため、己に喝を入れていた」


─────……よく出てくるな、こんな嘘。


内心で自分に呆れつつも、咄嗟に自然体を装う。

ムジカの頭には配下の前で情けない声を出してしまった事実を誤魔化すことしかなかった。


「なるほど⋯!」


アーサーは目を輝かせ、勢いよく拍手した。


「そうだったのですね!それは失礼を致しました。無知な私をお許しください。⋯それにしても流石ですね、陛下。常に警戒を怠らないその徹底ぶり、感服致しました。このアーサー・ペンドラゴン、配下として陛下の姿勢を見習い、より一層精進して参りたいと思う次第です。⋯では、私も、ワホッ!ワホッ!ワ「も、もう良い!もう十分だ!」「ハッ!」


─────はぁ⋯何なんだ、これは。


本来は精悍なはずの騎士王が、架空の呪いを連呼する滑稽な姿。

共感性羞恥に耐えかね、思わずムジカは深く息を吐いた。


─────新たにNPCが能動的にプレイヤーに話し掛けてくるプログラムでも導入されたのだろうか?

そうした大規模なアップデートの影響で先程の地震やステータス画面のバグが生じている?

大幅なプログラムの更新の後にバグが発見されることはよくあることだ。

しかし⋯このアーサーの本物の人間とそっくりどころか全く同じ外見の質感、これは最新のテクノロジーでも再現できるものなのか?


ムジカは疑問を解消するためにアーサーの身体をもっと調べる必要があると考え、アーサーの手に触れていいかどうかを尋ねる。


「……手に、触れてもいいか?」

「は、はい……どうぞ」


アーサーは少し戸惑いながら艶やかながらも鍛えているのがよくわかる戦士の手をムジカの目の前に差し出す。


その瞬間、柑橘系の微かな香りが鼻腔をくすぐる。


─────……匂い?


本来、食材アイテムや特定のエリアには匂いが付与されていることはあるものの、NPCに匂いはない。


「感謝する」

「いえ、そんな」


ムジカはアーサーの手を両手で揉んだり、裏返してみたりする。


─────感触も本物の人間そのものだ⋯。あまりにもリアルすぎる。⋯温かい。


これまでもともとNPCの身体に触れることはできるし、感触も確かに感じられたものの、ここまで生々しい感触や温度までは感じられなかった。

しかし、これまでの『GARDEN』とは一線を画するほどアーサーのこの手の質感にはリアリティがあった。

ムジカはそのまま指をアーサーの手首に当たる。

その時、ムジカは衝撃を覚えた。


指先に伝わる、規則正しい鼓動。


「……嘘だろ」


──────脈が、ある。


⋯⋯NPCで人間の体臭、温度そして脈拍を再現する⋯そんなこと、最新の仮想空間構築技術をもってしても不可能じゃないのか?


それに、万が一これが大規模アップデートだったとして、これほどまでに革新的なテクノロジーをプレリリースしないなんてことあるか?


渦巻く疑念。

その中から、最も馬鹿げているが、最も整合性の取れる仮説が浮上した。




《《『GARDEN』の仮想世界が現実になった可能性》》。




「……あの、陛下……」


気付けば、アーサーの頬は紅潮している。


「あ⋯⋯すまない」

「⋯はい」


気恥しさから互いに手を離し、しばらく沈黙の時間が流れていた、その時。




『────ムジカ様。こちら、サロメでございます』




脳内に、突然響く艶かしい女性の声。

ムジカは思わず驚きを声に出してしまいそうになるが、歯を食いしばって我慢する。


─────ッ!⋯この口調は。


その女、ムジカが創造したオリジナルNPC


「サロメ・アッシリア」


のモノと思われる声は、鼓膜を通してではなく脳内に直接響いていた。


『GARDEN』における「メッセージ」という遠くにいる者と念話できる魔法を使用していると思われる。

しかし、言うまでもなくNPCが能動的に「メッセージ」をしてくることなんて有り得ない。

おそらくムジカが創り上げたギルドの本拠地ホーム・空中要塞『エディンバラ』で待機しているであろうサロメが、アーサーと同じように能動的に行動をしている事実を認識し、「『GARDEN』の仮想世界が現実になった」という馬鹿げた仮説の信憑性が確信に迫るほどに高まっていた。


『⋯サロメか。こちらは無事だ。⋯それで、そちらはどうしてる?』


ムジカはその言葉を口には出さず、脳内で文章をイメージして返答してみる。

チラリとアーサーの方を窺うと、このサロメとムジカのやり取りはアーサーにも共有されているようで、アーサーはコクコクと頷いている。


─────かわいい。


『ハッ!まずはご無事で何よりでございます、ムジカ様』

『ああ』

此方こちらでは現状、エディンバラの周囲の環境に異変を察知しましたので、シルバークロウを放って調査していますわ』

『そうか。では、エディンバラの警戒レベルを最大限に引き上げつつ、引き続き情報を集めよ』


「周囲の環境に異変を察知」⋯つまりは、サロメも元いた『GARDEN』世界に何らかの異変が生じているという認識を抱いているのか。


『かしこまりました。ムジカ様も直ちにエディンバラにご帰還なされることを進言させて頂きますわ』

『ああ、そうだ⋯⋯⋯ちょっと待て』


ムジカの耳は前方の森の奥からこちらに向けて徐々に徐々に大きくなる足音を捉えていた。

当然アーサーもそれを察知しており、剣の柄に手を当てて警戒の姿勢を取る。


『ムジカ様?』

『悪い。前方からモンスターがこちらに接近している。またあとでメッセージを送る』

『ハッ!かしこまりました。ご武運を』


その声を聴いている者の鼓膜をとろけさせるような、妖艶で甘美なサロメの声の余韻だけがムジカの耳に残り、念話は終了する。


ムジカが右手の中指にはめている指輪型のオリジナルアイテム「リング・オブ・クロウクラウン(黒翼の王冠の指輪)」の効果により、ムジカは遠く離れた場所からエディンバラ限定で転移することができるが、ただし、その効果が発揮されるのは街中などの戦闘が発生しないセーフティエリアのみという条件がある。

よって、現状ムジカはこのアイテムを使用できない可能性が高い。

ムジカは、後に「リング・オブ・クロウクラウン」の効果や発動条件が『GARDEN』世界の現実化に伴い変質していないかや、この世界においてセーフティエリアの判定はどのようになっているか、などを調査しなければならないなと考えながら、半径2km圏内にいる生物の気配を探る。


『GARDEN』に初めてログインしたプレイヤーはまず1つ職業を選択することになるが、Lv100を超えると副職サブジョブとしてもう1つ職業を獲得できるようになっている。

ムジカの主職メインジョブは『暗殺者アサシン』、副職サブジョブは『剣士セイバー』カテゴリーの最上位職『剣神ゴッドセイバー』。

このムジカが獲得している2つの職業のうちの『暗殺者アサシン』のスキル「感知パーシブ」により、周囲の半径2km範囲の生物の気配、姿形を認識することができる。

そして、ムジカは《グリズチキン》とその《グリズチキン》に追いかけられている小さな子供の姿を感知した。


「鶏と⋯子供」




to be continued...

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