第13話 王国のために
「──── 一体どういうことだ!?お前たちは何をやっておる!!」
怒号が玉座の間に轟いた。
黄金の装飾に満ちた広間。その中心で、肥えた身体を揺らしながら立ち上がった男───
フランベル王国第八代国王、ルイ16世は怒りに顔を紅潮させていた。
粉を叩いた白いパウダーウィッグ。金糸の刺繍が施された豪奢なジャストコール。
誰の目にも王と分かる威容。しかし、その威厳は今や怒声によって薄く剥がれかけている。
王は手にしていた金のグラスを、跪く騎士へと投げつけた。
それを避けもせず受け止めた銀髪の男は、静かに頭を垂れる。
「……申し訳ございません、陛下」
彼こそ王国最強の12人の聖騎士。
『シャルルマーニュ十二勇士』
その一角を担う騎士・オリヴィエである。
(この国の先はあまりにも暗い⋯。)
今、フランベル王国は危機に瀕している。
その要因は外敵ではなく、国内にあった。
不平等に課せられる重税。深刻な財政難。農民を襲う飢饉。
三重苦に耐えかねた第三身分の民衆が、各地で蜂起しているのだ。
自らの責任を放棄し、贅沢を極める王家への怒りを旗印に。
革命の炎は、すでに王国全土へ燃え広がりつつあった。
その原因が誰にあるのか、言うまでもない。
オリヴィエは怒りを堪えながら静かに言葉を返す。
「各都市へ即時軍を派遣し、鎮圧いたします」
静かな声で告げる。
すると横から、冷ややかな声が割り込んだ。
「フィナンシェ、ブルトンヌ、カヌレ、ラングドシャ……主要都市すべてで蜂起が起きています。悠長に構えている暇などありませんよ、オリヴィエ殿」
声の主は宰相リシュリュー。
鷹のような鋭い眼光を持つ男だった。
中央集権化を推し進め、「緋色の枢機卿」と称えられる才覚の持ち主。
──────だが、
(この男は一体何を考えている?)
この未曾有の危機において、彼はあまりにも情勢を静観しすぎている。
この国の中枢において最も有能なはずの男が、何の手も打とうとしない。
その事実が、オリヴィエの胸に小さな疑念を芽生えさせていた。
────もしや、この国の混乱はこの男の手の内にあるのでは?とすら思えてくる。
(……いや、邪推だ。)
王国に尽力してきた偉大な人物を根拠も無く疑ってしまっている自らを戒め、思考を断ち切る。
「それに……面白い噂もあります」
リシュリューが何気なく言った。
「何でも、《《あの『オルレアンの聖女』が復活した》》、と」
リシュリューの口から溢れたその言葉に、玉座の間の空気が凍りついた。
所詮、噂は噂。
だが、そのような聖女の名を騙った噂を流布することが許されざる行いであることは、国民たちが理解しているはずだ。
では、何故そのような噂が国民の間で急に広まっているのか?────リシュリューが語ったその噂についてオリヴィエはどこか引っ掛かりを感じる。
「ば、馬鹿なことを申すな!!」
リシュリューの話を受けて王が狼狽する。
「落ち着いてください陛下。単なるくだらぬ流言にございます。叛逆者共が士気を高めるためにそのような狂言を広め回っているのでしょう」
「そ、そうか…」
激昂する王をリシュリューは冷静に窘める。
「単なるくだらぬ流言」と軽々に断定しているその姿勢はどうかと思うが、オリヴィエはそのことについてあえて口を挟むようなことはしない。
ここで信憑性の定かではない流言について議論をする意味がないからだ。
「そうですわよ、あなた」
玉座の間に優雅な声が響く。
王妃・マリー=アントワネット・ドートリッシュが、つまらなそうにクッキーを摘みながら口を挟んできた。
「あの女は聖女などではなく魔女。今頃、地獄の業火で焼かれているはずですわ」
彼女の声音には、奇妙な嫌悪が滲んでいた。
先程まではつまらなそうに扇子を扇いでいたが、聖女の話になった途端に突然会話に顔を出してきた王妃。
そういえば王妃は何故か聖女のことを前々から毛嫌いされていたな、とオリヴィエは思い出す。
「そもそも、民が飢えて暴れるなど理解できませんわ。パンがなければブリオッシュを食べればよろしいのに」
王妃のその発言の後に、一瞬訪れる静寂。
とても一国の民の上に立つ者の発言とは思えないその脳天気で傲慢な一言に、オリヴィエとリシュリューは同時に表情を曇らせた。
さすがに気まずいのか王も咳払いをして話題を引き戻す。
「と、とにかく!愚民どもの反乱など即刻鎮圧せよ!」
「……ハッ」
深く一礼し、オリヴィエは玉座の間を後にした。
自身の胸の内に渦巻く暗闇の拍動を感じながら。
オリヴィエはステンドグラスから差し込む光が長い廊下を彩る。
「そんな湿気った面してたらせっかくの美丈夫が台無しだぜ」
その時、軽薄な声が響いた。
壁にもたれていた二人の騎士のうちの一人のものだ。
「リナルド、それにブラダマンテですか」
「よっ」
二人はオリヴィエと同じく『シャルルマーニュ十二勇士』の兄妹、現在は王都パリスを守護する任に着いている。
リナルドはよく櫛で整えられた金髪のオールバックが特徴的な男で、腰に「炎の魔剣フランベルジュ」を差している。
その向かい側に立っているブラダマンテは、高級な絹のような金髪を後ろで結っており、両腕と両足にのみプレートが装着されているドレスの胸元から豊かな双丘が突き出している。
まるで、御伽話に登場する姫騎士のような装いだ。
「またあの愚…王様に散々言われたんでしょ」
「まぁそうですね」
オリヴィエの返答を受けてブラダマンテは苦虫を噛み潰したような顔になる。
『シャルルマーニュ十二勇士』の中で中央の官僚や王と直接的なやり取りを主に行っているのがオリヴィエだ。
そんなオリヴィエが身勝手な王の叱責の受け皿となっていることは他の騎士たちの間でも周知の事実であった。
対してブラダマンテが露骨に顔をしかめる。
「ほんっと最悪ね。王があれじゃあ国民が蜂起を起こすのも当然よ」
「ここにはどこに誰の耳があるのかわからない。あまり滅多なことを口にするものじゃないですよ」
オリヴィエが窘めるとブラダマンテはフンッと顔を背ける。
ブラダマンテも王家に忠誠を誓った身として、王を貶すような発言をするべきではないことは理解しているが、それでも我慢が効かないほど鬱憤が溜まっている。
ついこの前、自領の民に貯蓄していた食料を提供するなど、本来は戦い一辺倒の彼女なりに貧困に喘ぐ民衆を助けようと努めているのをオリヴィエは知っているため、強く叱責するようなことは控える。
「しかし⋯どうにもきな臭ぇな」
「何が?」
「蜂起だよ。地方の各都市が連携を取ってるかのように一斉に蜂起してるが、どうにもきな臭ぇ。これは何か裏で動いてるぜ」
いつになく真剣な表情で語るリナルドにオリヴィエは首肯する。
「ええ…それに、あまりにも蜂起するまでの動きが早すぎます。貴方の言う通り、何かあるでしょうね。早急に対処しなければ不味い」
オリヴィエの直感も警鐘を鳴らしていた。
────これは自然発生的な蜂起ではない。何らかの勢力が糸を引いている。
「援軍が必要そうならすぐに俺に伝令を寄越せよ」
「はい、頼りにしていますよ。……それでは…そろそろ私はカヌレの蜂起鎮圧に向かいます」
「ああ。武運を祈る」
「オリヴィエ、ロジェロに会ったら「そろそろ勝負挑んでこい」って私が言ってたって伝えといてね」
「ええ、わかりましたよ。では」
気を許せる仲間との会話。
ほんの僅かな時間だったが、それはオリヴィエの重かった胸を軽くする。
だが歩みを進めるほど、オリヴィエの確信が強まっていく。
──────王国は着実に崩れ始めている。
(そして自分は─────
その崩壊を止める盾でなければならない。)
聖騎士として。
王国のために。
オリヴィエは自分が何を成すべきかを改めて自身に問いかけながら、光差す廊下の奥へと歩み去った。
to be continued…




