第12話 お前、今どこいんの?
「──────以上が、マドレーヌ領へ侵攻した鎮圧軍への処理についての報告ですわ。敵勢は全て天空へ強制転移。召喚した天空鮫の餌といたしました。転移用魔法陣の痕跡も完全に隠滅済みです」
「…………………………なるほど」
(────惨すぎる。)
ムジカは、マドレーヌに侵攻した王国の鎮圧軍を虐殺してる様子を、シルバークロウが記録した映像で見せられていた。
そこに映し出されていたのは"地獄"そのもの。
空へ放り出された兵士たちが、絶叫を引き裂かれながら巨大な影に呑み込まれていく。
(─────これ立案したのはサロメか?いや、モリアーティか?…マジ怖いんだけど。人の心とかないんか?)
天空へ強制転移。
逃げ場のない高度。
そこへ空生生物を召喚して人間たちを食べさせる。
最低限のコストで大軍を処理する非常に合理的かつ倫理観の欠けた戦術。
ムジカはひたすらこれを思いついた者の発想に戦慄していた。
「ムジカ様?」
はっと我に返る。
「……いや、なに、あまりに素晴らしくてな。言葉を失っていた。素晴らしい。実に素晴らしい!」
自分でもわかるほど薄っぺらい賞賛。
だがサロメは、頬を紅潮させ恍惚の表情になる。
「…ありがとうございますっ!! ムジカ様よりそのお言葉を賜るなど、光栄の極みですわ!」
サロメの瞳が潤む。今にも涙が零れ落ちそうだ。
(──────……あ、これ。)
ムジカは理解した。
この地獄を設計したのは、彼女だと。
「あ、ああ……今後も期待している」
「はいっ!」
満面の笑み。
この瞬間、ムジカは心に刻む。
(────サロメだけは、絶対に怒らせないようにしよう…。)
そして、サロメはすぐに表情を引き締め、報告を再開する。
「現在はジャンヌを中心に、各都市・村落への扇動を進行中です。進捗から推測して……王国征服完了まで約二週間と見積もっております」
「……二週間?」
(─────聞き間違いかと思った。一国を滅ぼすのにたったの二週間だと?)
「はい。十分に可能かと」
淡々と告げられる確信。
自身の認識の甘さをムジカは思い知らされる。
「こちら今後の詳細計画書です。ご確認いただけますと幸いですわ」
「ああ」
ムジカは、王国を僅かな期間で滅ぼそうというその計画の詳細が、一種の美しさすら感じさせるほど明瞭に澱みなく記載されている資料をじっくりと読み込む。
そうしてそれを読み終えたとき、胸に残ったのは──欠片の無力感。
「引き続き、全身全霊をもってフランベル王国攻略に当たりますわ。全ては御身のために」
賽は投げられている。
止め方など、誰も知らない。
ムジカは支配者の仮面を貼り付けたまま、ゆっくりと頷いた。
█████████████████████
自室。
ムジカは巨大なベッドに仰向けになる。
漆黒に近い配色の壁。
茶色で統一された家具。
豪奢ではあるが、どこか静かで、冷たい。
城の主の部屋としては地味すぎる。
あまりにも地味すぎて、付き添いのメイドが訝しげな顔をしていたのを思い出す。
だが、この部屋はムジカ自身が設計したため、
誰もそれについて口出しはできない。
──────ただ一人を除いては。
「はぁ……」
重たい息を吐く。
「…そろそろ、メッセ飛ばすか」
ムジカは何となく自分と同じ人間と話したくなり、どこかにいる妹のその凛としたアバタービジュアルに向かって念話を飛ばすイメージをすることで「メッセージ」を行使する。
何回か繰り返していると、送り先に届いたようで返答が返ってきた。
『───────兄さん?』
その直後。
『ドスッ!』
ムジカの妹、ウタの透き通るような声とともに何やら刺突武器で相手を仕留めた際に発生する物騒な音が聞こえる。
「……おい。今どこにいる?」
『あー、いまダンジョン』
「どこの?」
『クノッソス』
迷宮の構造は比較的シンプルであり、モンスターのレベルも一部を除いて大半は低レベルなので、ウタの実力であれば難なく攻略できるだろう。
そして、『GARDEN』時代から位置関係がさほど変わっていないのであれば、『クノッソス』はフランベル王国からはそれなりに遠い場所にある。
「なんでそんなとこ潜ってんだよ」
『ちょっとカーペットの素材が欲しくて。ミノくんの皮を採取中。兄さんはホームにいるの?』
ホームとはギルドの拠点のこと。つまりはエディンバラを指す。
基本的に建築や武器、アイテムの製作を中心にプレイしていたウタは、こうしてよく素材集めを目的にダンジョンに潜っていた。
それと総プレイ時間ではムジカをも遥かに上回っていることもあって、戦闘技能自体はさほど高くないもののLvはムジカ並に高い。
「YES」
『そっか。一旦採集終わったらそっちに戻ろうと思うけど…ちょっと…苦戦中。なんかモンスターの動きが変なんだよね』
「動きが変?」
『うん。なんか…いつもと違って動きがあまりにも不規則すぎるというか…リアルの野生の動物みたいな、生々しさが』
「なるほど…」
(────もしかしてこいつ、まだ自分が置かれてる状況に気づいてないのか?)
「なんかデカい地震なかったか?」
『あ~あった。怖かった~。あれはなに。なにかのイベント?』
「いや、実は──────」
ムジカは自分たちを取りまく世界の変化について、現状得ている限りの情報をウタに説明した。
『え……………………………マジ?』
「ああ、マジだ」
『そっか……とりあえず了解。なる早で戻る』
「わかった」
普段から淡々としているとはいえ、ウタはムジカが思ったよりすんなりと大半の人間は冗談と笑い飛ばすであろう現状を受け入れた。
ムジカとしては他にも自身が置かれている状況について溜まった感情を一挙にぶちまけたいところなのだが、堪える。
ウタにいま余計なことを受け止めさせる訳にはいかないだろうという考えだ。
「気をつけて帰ってこいよ」
『はーい、それじゃ』
念話が終了し、ムジカの私室は一気に凪のように静かになる。
そして、じわじわとムジカの胸に安堵が染みる。
(────とにかく、無事でよかった。)
一息ついた後、続いて、もう一人安否確認をしようと考えていた人物にムジカは「メッセージ」を飛ばす。
その人物は妹のウタ以外で、ムジカが現実においても密接な関わりを持っていた唯一の人物であり理解者。
そんな彼女の声が今は無性に聴きたかった。
「繋がらない、か」
何回か「メッセージ」を行使するが、誰の声も届いてこない。
ちょっとした不安が胸の片隅から湧いてくるが、かつて『GARDEN』においてムジカ同様に上位のプレイヤーであった彼女であればきっと大丈夫だと自分に言い聞かせる。
(─────そもそも、こちらの世界に来てるとも限らないか。しかし、だとすると───。)
現実世界に何の未練もないと思っていたムジカだったが、この瞬間、もしも彼女ともう二度と会えないとしたら──というifを考え、自分の気持ちと改めて向き合う。
すると、胸の底についていたフッと青くて細い糸が天へと上っていくような、そんな何とも形容しがたい感覚を覚えるのだった。
「後でもう一度かけ直すか」
ムジカはベッドに仰向けに倒れると、薄黒い天井をぼっーと見つめながら改めて自身が置かれている状況、立場について考える。
(────このままだと、オレの号令でフランベル王国の侵略、そして、世界征服が始まるのか⋯。)
あまりに壮大な話すぎて実感は湧かない。
ただし、そうなれば多くの人間が血を流すことになるであろうことは容易に想像できるし、ムジカはそうなることを望んでるわけではない。
先のカレー村で自身が殺めた兵士の死体のように、虚ろな目を浮かべた屍の山が積み上がっている様を思わず想起し、ゾッとする。
しかし、どこか──────
別にそれでも良いんじゃないか
、そう思っている自分がいることにムジカは気づく。
それは、自分が知らない自分と出会ってしまったようで、非常にムジカには恐ろしく感じられた。
そして、ムジカのそうした感情の裏には、征服を正当化する傲慢な思想があった。
ムジカの中で、サロメから侵略計画を聞いた時から驚きとともにある考えが自然と生まれていた。
それは──────
自身が記憶している
「かつていた現実世界の知識や発想」を、
超人的な配下たちに形にしてもらうことで、
現状の世界よりも遥かに人々が幸福に暮らせる平和な世界に作り替えられるのではないか?
というもの。
────そして、もしもそれを成せるのであれば、たとえどれだけ犠牲を出してでもやる価値があるのではないか?と。
(─────何を考えてるんだ、オレは。)
世界平和を、見ず知らずの人間の幸福を、本気で願っているわけではない。
その発想の根源にあるのは、ただのエゴだ。
(─────もしかして、オレは、この世界を────。)
ムジカが自身の内面と向き合い、自身の実態に辿り着いたその時
────── その声は聞こえた。
「 貴方は神になりたいのですか?
─────── プレイヤー・「ムジカ」 」
to be continued...




