第1話 プロローグ
『GARDEN』
──────── 西暦2146年
アメリカ合衆国の大手ゲームメーカー『アテナ』が世に放ったVRMMORPG。
そのゲームを知らぬ者は、もはやいない。
全世界ユーザー数、3億人。
史上最も多くの人間が"生きた"仮想世界───それが『GARDEN』だった。
第一層は、実に52,770,000平方キロメートル。
ユーラシア大陸に匹敵する広さを誇る広大な仮想空間を土台とし、その上に幾度もの大規模アップデートによって積み重ねられた七つの層。
階層ごとに世界観が大きく異なるが、根幹にあるのは剣と魔法のファンタジー。
エルフやドワーフといった亜人種、空を翔けるドラゴン、深淵に蠢く魔物たち。
誰もが一度は夢想した"異世界"が、そこには広がっていた。
だが、『GARDEN』を唯一無二の存在たらしめたのは、その壮大な仮想世界だけではない。
───圧倒的"自由"。
プレイヤーは種族も、職業も、『GARDEN』で自らが歩む人生すら膨大な選択肢の中から選ぶことができる。
さらには、オリジナルの種族、職業、スキル、魔法、武具、衣装⋯果てはNPCまでも創造可能。
決められた物語は存在しない。
あるのは、世界だけ。
始まりの街で一生ケーキを焼く者もいれば、
冒険者として世界を巡る者もいる。
勇者となり、世界に数体存在する魔王の討伐に身を投じる者もいる。
プレイヤーの数だけ遊び方があり、プレイヤーの数だけ物語がある。
現実とは異なる世界で───
「もう一つの人生」 を体験できる。
それが、『GARDEN』だ。
そして、そんな無限の世界の頂点に、ただ一人君臨する者がいた。
その名は─────「ムジカ」。
『GARDEN』が提示する特別なクエスト「オーダー」を最速で制覇し、難攻不落のダンジョンを誰よりも早く踏破し、数々のプレイヤーに膝をつかせた強力なNPCたちを沈め、PvP大会では300戦無敗、しかも一度もダメージを受けることなく全てを制圧。
世界最速にして最強。
彼に与えられた異名は───────
『神速』。
その男、ムジカは今、第一層「大陸ヨルカ」西方、「グラストンベリーの森林」を彷徨っていた。
探しているのはとあるアイテム。
紅で縁取られた漆黒の外套にムジカは身を包んでいる。
その隣を歩くのは、白銀の鎧を纏った美少女。
ムジカが最初に配下とした公式NPC
───── アーサー・ペンドラゴン。
『GARDEN』最初のオーダー《騎士王の旅立ち》を、最速で達成した者だけが得られる唯一無二の存在。
もはやNPCの枠を逸脱した、戦闘特化の最高位。
絹糸のような金髪と、凛とした美貌。
その輝きは、ムジカの闇色の装束の傍で最も際立つ。
「……フッ。容易く辿り着かせる気はないか」
ムジカは、わざとらしく呟く。
─────……完全に迷った。
人目のないところで『絶対的覇者』を演じることを趣味とする、自覚ありの厨二病患者である彼は、未知の領域で迷子になっている現実をその演技をもって全力で誤魔化していた。
その時。深緑の奥から、一体の魔獣が姿を現す。
体長5メートルほど。頭頂に赤い角を生やした、巨大な鶏──《グリズチキン》。
「……またお前か」
その魔獣は、大きな鳴き声を上げて威嚇をする。
知能の低さ故か、今眼前に「死」が立っているとも知らずに。
《グリズチキン》の身体の周辺には名称やレベルが表示されており、目の前の《グリズチキン》のLvはLv36と表示されている。
一方でムジカのLvはLv172。
両者の間にある圧倒的な生物としての格の差が数値として如実に現れていた。
アーサーが聖剣に手をかけるより早く、
ムジカが地を蹴った。
<ゲギャァァァァァァァァァァァァ!!!>
痺れを切らした《グリズチキン》は、一直線にムジカに向かって突っ込んでくる。
刹那。
黒刀が閃き、魔獣の首が宙を舞う。
「……また、つまらぬものを斬ってしまった」
そんな言葉を吐き捨てムジカが刀を収めた。
その時─────世界が、唸った。
「……何だ?」
大地が軋み、
森林が震え、
次第に世界そのものが揺れ始めていることに気づく。
異音。動物や魔獣の叫び。不協和音が「グラストンベリーの森林」に鳴り響く。
「うおっ!」
現実の肉体では有り得ないほどの強靭な体幹と脚力を有しているムジカとアーサーでさえ、地に手をつくほどの揺れ。
振動が、四肢を伝って脳を直接叩く。
───────脳が、震えるッ⋯!
しばらくすると、唐突に揺れは止んだ。
第二波が来ないことを確認し、ムジカとアーサーはゆったりと立ち上がる。
「何だったんだ⋯?」
グラストンベリーの森林で特殊なイベントが発生してる?それか『GARDEN』運営が新たに大規模なオーダーを出したのか?⋯ムジカの脳内には瞬時に複数の可能性が想起される。
その中でムジカはまず「ゲームに何らかのバグ、不具合が発生している」ケースを考慮し、右手を横に振ってステータス画面を表示させる。
ゲームに何らかのバグが発生しているならば、運営が発見次第即座にそのことをユーザーに知らせるリリースを出すことになっており、それはステータス画面で確認できる。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯は?」
しかし、ムジカの目に入ったのは運営からのリリースではなく⋯。
「ログアウトボタンが⋯⋯⋯⋯⋯無い」
To be continue...




