第38話〜丘陵、温柔敦厚に佇みて〜
「テア…。」
私の目の前に現れたテアは、私が知っているテアよりもずっと美しいドレスに身を包んでいるが、私は嬉しさと懐かしさで胸が張り裂けそうになった。
すぐ駆け寄ってハグをしようとしたが、私は今アレクシスの身体。
どうするべきか悩んでいると、ゆっくりテアが近づいて来て、私の頭をポンポンと優しく撫でた。
そのテアの手の温かさに、私は思わず涙を溢した。
「ごめんなさいテア…私何故だかテアのこと忘れてしまっていたわ…いつも、こんなふうに私に優しくしてくれていたのに。」
私が涙ながらにそう言うと、テアは無言で首を横に振った。
「いいえ、フィーリアお嬢様。私が魔法を掛けたんです。お嬢様が私を忘れる様に。…そして、レオも。」
テアは、すっ…とアンサスの方を向く。
「ごめんねフィーリア。あの時、僕の父が倒れてしまってね…結果的には僕が父の後を継いで皇帝にならなくてはいけなくなってしまったんだ。…他国の人間が皇帝となる人物と接触しているとなると、余計な詮索がフィーリアに行く可能性があった。だから記憶を消したんだ…。そして、僕がフィーリアに直接説明する時が来たら思い出してもらえるよう、【僕がフィーリアの名前を呼んだ時、フィーリアの記憶が戻る】という《縛り》を付けて忘却の魔法を掛けたんだ。」
金色の瞳が不安げに揺れる。
「迎えに行くって言ったのに、こんな形になってしまったね。」
そう言ってアンサスは悲しげに微笑んだ。
「そう…だったのね。」
あの、夢の中に出てきた少年は実在していた。
私の心の拠り所だった夢の中の少年。
その少年が今、皇帝となって目の前にいるのはとても不思議な気持ちだった。
私はテアの方に向き直り
「テア…貴女は一体何者?」
するとテアはマギア帝国式の淑女の礼をして
「私の名前は、テア・レコス=マギア。アンサスの祖母です。」
アンサスの…祖母?
ということは…
「皇太后様…ってこと?」
本当に…ここ最近は驚くことが多過ぎる。
テア…皇太后様は、ええ。と言って微笑み
「帝城に居ても面白くなくてね…乳母としてどこかでご奉仕したら楽しそうと思って、私の母の実家にちょっとお邪魔したのよ。」
と言った。
「えっ…!テア様のお母様は、エピスティニ家出身だったのですか!?」
それだけでも十分驚くべきことだが、皇太后様が乳母として働きに来たら誰かしら気付くのではないだろうか。
私の胸中を察してか、テアはパチンとウインクをして
「それくらい…魔法でどうとでもなるわ。」
と言った。
全く…魔法ってなんでもアリなのね。
驚きを通り越して、呆れすら感じ始めている私を見て、テアはパンと手を叩いて
「さあさ、詩に書かれている意味を解読しましょうか。」
と言った。
そうだ、大切なことを忘れていた。私は元の身体に戻るため、神器を手に入れなくてはいけないんだった。
「儀式に必要な《白金の鎖》の場所だけでも分かれば良いんだけど…。」
そう呟きながら、私はもう一度手鏡に視線を落とす。
「私は始まりの地を繋ぐ…。」
繋ぐ…鎖は繋ぐもの…。
「…《白金の鎖》は、始まりの地にあるんじゃないかしら。」
私がそういうと、アンサスとテアは同時に顔をあげる。
「僕たちマギア家にとって、始まりの地といえば…。」
「アルケーの丘ね。」
頷きあうアンサスとテア。
「アルケーの丘…?」
「そう。アルケーの丘。そこにはかつて帝城があったところなんだ。マギア帝国建国時にマギア家が帝城を構えた地…始まりの地なんだ。」
そう言ってアンサスが手を軽く振ると、空中に白金の線で地図が現れた。
「これはマギア帝国の地図だよ。…今の帝城があるのがここ。」
とアンサスが言うと、帝国の真ん中に位置する城が白金から燃えるような赤に変化した。
「そして、アルケーの丘はこっち。」
すると、今度は帝城から南東に外れた場所が同じく赤く変化した。
「善は急げ、ね。すぐにでも出発した方が良いわ。」
テアがそういうと、アンサスはこくりと頷き
「行こう、フィーリア。」
と言って私に手を差し伸べた。
私はおずおずとその手を握り返すと
ザァァァァア…という風の音が聞こえ、気付くと私とアンサスは丘の上に立っていた。
「えっ…!?どういうこと!?」
私は辺りを見渡す。
ついさっきまで、退場の中の真っ白な部屋に居たのに。
私はアンサスを見ると、アンサスはにこ…と笑って
「瞬間移動の魔法さ。」
とこともなげに言った。
じゃあここは…
「アルケーの丘…。」
私が想像していたよりもずっと大きくて広い丘は、マギア帝国を遠くまで見渡すことができる。
麓の方には街があって、マギア式の建物がひしめき合っている。
「ここに《白金の鎖》がある、はず。」
何故か私にはそう思えた。
「ああ、フィーリアが言うんだ。…きっとここにある。」
アンサスは優しく微笑んで同意してくれた。
一陣の柔らかい風が、私とアンサスを優しく包み込むように吹いた。
「さあ、探そうか。」
「ええ。」
アンサスに手を差し伸べられ、私は迷うことなくその手を取った。
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