第37話〜紫涙、完璧帰趙に戻りて〜
「ようこそ、マギア帝国へ。」
アレクシスがいるからか、いつもの柔和な印象は一切見当たらず、その表情は冷たい威厳で満ちている。
「この度はお世話になります。どうぞよろしく。」
私は取り敢えずアンサスに合わせて形式的な礼をする。
「ど、どうぞよろしく…。」
アレクシスは、初めて大国の皇帝と会うからなのか、とても緊張しているようだ。アンサスは私たちが入れ替わっていることを知っていると説明したのに、私として振る舞っている。
「…アレクシス王太子、私は既に貴方たちの事情は知っている。どうか楽にしてくれ。」
アンサスも、アレクシスの緊張が伝わってきたのか声を掛ける。
「あ…ありがとう、ございます。」
ぎこちなく返すアレクシス。
そんなアレクシスの様子に、私は思わず吹き出しそうになったが必死に堪えた。
アンサスは、表情を崩さずに
「すぐに本題に入ろう…。貴方たちを元に戻すには、マギア帝国に代々伝わる神器を使用しなくてはならない。これから、私とフィーリア嬢はその神器を探しに行く。アレクシス王太子は帝城で待っていてくれ。」
と淡々と説明した。
「分かりました。」
自分はゆっくり待つだけで良いと分かったからか、少しだけ安堵した表情のアレクシスをよそに
「それではフィーリア嬢。こちらへ。」
とアンサスは私を呼び、2人で部屋を出た。
「…アンサスはいつもああいう感じなの?」
私は廊下を並んで歩くアンサスにそう聞くと
「当然じゃないか…笑顔なんて、フィーリアにしか見せないよ。」
そう言っていつもの笑みを私に向けた。
「そ、そうなのね…。」
まだ私はあの時のレオとアンサスを同一人物だと認識していない。
だから、アンサスの溢れんばかりの愛情にやや気圧されているところもある。
そんなことを考えていたら、アンサスはある部屋の前で足を止めた。
「神器を探しに行くための手掛かりがここにあるんだ。」
そう言ってアンサスは、扉に向かって何かを呟くと
ガチャ
と音がして扉が開いた。
「さあ、入って。」
私が一歩その部屋に踏み込むと、そこは前面が真っ白に染まった部屋だった。
床も壁も白。遠近感覚が失われてしまう様だった。
その部屋の中心には、白金でできたものだろうか、美しい手鏡が宙に浮いていた。
「これが神器の馬車を表す手鏡らしいんだけれど…。」
そう言ってアンサスはその宙に浮いている手鏡を私に手渡した。
一見すると装飾の美しい白金の手鏡だが、鏡がはまっている側の鏡の縁をよく見ると何かが書いてある。
「これは…?」
私がアンサスに尋ねると
「これは古代マギア語で書かれていてね、【紫玉の涙が落ちるとき 私は居場所を示しましょう】って書いてあるんだ。」
「紫玉の涙…。」
一体何を指しているのだろうか。
「マギア帝国は宝石が有名だから、宝石の紫玉…アメジストを指しているのかしら?」
「ああ、そう思って国中のアメジストを試したんだけれど…特に何も変化はなくてね。」
「そうなのね。」
私は改めて手鏡に視線を落とす。
美しい蔦と花が細かく彫られていて、その凹凸は滑らかな手触りだ。
そして中心には…涙型の窪み。
その指先程の小さな涙型に、私は見覚えがあった。
「あら…この窪み…もしかして。」
「何か分かったのかい?フィーリア。」
「私…この涙型に合いそうな形をしたアメジストのペンダントを持っていたわ…でも」
どこへ行ってしまったのだろう。
アンサスと急に別れてから、何処かへ行ってしまったペンダント。
「そのペンダントは誰に貰ったんだい?」
「テアよ。ほら…私を泉まで連れてきてくれた乳母よ。」
…そしてテアは何処へ行ってしまったのかしら。
今の今までテアの存在を忘れてしまっていた。
「テア…いつの間にかエピスティニ家からいなくなっていたわ…どうしてなのかしら…。」
「…それはそのうち答えが分かると思う。」
と動揺している私とは対照的に、落ち着いているアンサス。
「テアがフィーリアに渡したのならば…ペンダントはフィーリアが持っているはずだよ。」
「え?それはどういうこと?」
アンサスはにっこりと笑って
「そのままの意味さ。…フィーリア、両手を出して。」
私は言われるがままに両手を差し出すと、アンサスは私の両手を更に両手で包み込んで
「ペンダントのことを強く考えてみて。僕も魔力を貸すから。」
私は目を閉じて、ペンダントのことを考える。
ペンダント―――白金の細い鎖と小さな涙型のアメジストがついたペンダント。
すると、私の両手の間に何か違和感を感じた。
ゆっくりと開いてみると、そこには…あのペンダントがあった。
「ペンダントが出てきたわ…。」
私が驚いていると
「全く、テア…こんなところに隠していたんだね。」
くすくすと笑うアンサス。
「嵌めてみようか。」
私は、その涙型のアメジストのペンダントを、手鏡の窪みに嵌めた。
ペンダントは手鏡にすうっと吸い込まれるように馴染んで、手鏡の一部となった。
「わぁ…!」
私がその変化に驚いていると、鏡の部分が一瞬強く光った。
私はひっくり返して鏡の方を見ると、鏡の中にじわっと文字が浮かんできた。
「これも…古代マギア語かしら?」
私はマギア語も習っていたのである程度は使えるが、この文字は全く読めない。
すると、私の横からひょこっと顔を出したアンサスが
「ああ。これは古代マギア語だね…。
【私は始まりの地を繋ぐ
私は風の中に戴かれ
私は泡沫で満たされる
虚像は実像
記憶の中から取り出して】か…。」
ふむ…と考え込むアンサス。
しかし、私はそれよりもどうしても気になることがあった。
「ねぇ、アンサス…テアって一体…」
何者?と尋ねようとしたその瞬間。
「…お久しぶりね、フィーリアお嬢様。」
急に後ろから声を掛けられ、驚いて後ろを振り返るとそこには
テアが立っていた。
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