第32話〜残花、罪業報応に堕ちて〜
「ねぇ、知ってますこと?次のマギア留学にヴィクトリア様が選ばれたとか。」
「まあ!本当に何をなさっても完璧ですのね、ヴィクトリア様は!」
ワイワイと騒ぐ同級生たちを横目に、私はふふ…と笑った。
私が完璧?当然よ。
私はこの夏、コーディカス王立女学院を1番の成績で卒業し、憧れだったマギア帝国留学の切符も手に入れた。
3 年間は少し長いけれど…でも、これも私が完璧な王妃となるための1歩よ。
アミール様は、決められた婚約者ではなく、自分で運命の人を探したいと公言してから、未だにその相手を見つけられていないそう。
アミール様は、きっと完璧な私―――《紫水晶の女神》を求めているはずだわ。この間だって
「アミール様!私、次のマギア帝国留学に選ばれましたのよ!私、王妃になるためにしっかりと学んで参りますわ!だからそれまで…待っていてくださいね…?」
「あ…はは、頑張って、ヴィクトリア嬢。」
なんて言っていたし…王妃の座は私のものよ。
そう、思っていたのに―――
アミール様の婚約は、私がコーディカスを出国してすぐ発表されたようだった。
「な…なんで…?」
マギア帝国の新聞に小さく載っていたその記事は、アミール様と、コンスタンティナ・クリセオスの婚約発表と、2ヶ月後の結婚式について知らせていた。
新聞を持つ手がわなわなと怒りに震え、気付いたらビリビリと音を立てて破れていた。
すぐにでもコーディカスに戻ってアミール様を咎めたいところだが、マギア留学は途中で辞めることができない。
私は、怒りを胸に3年間という長過ぎる留学期間を過ごした。
―――そして、3年後。
国王への謁見もそこそこに、私はアミール様の元へ向かった。
そこには、アミール様とコンスタンティナ嬢、そして…小さな赤子。
私はアミール様の思わせぶりな態度を糾弾したが、アミール様は困ったように笑いながら
「ああ…それはね、いくら分家と言っても、3大貴族の1つであるエピスティニ家のご令嬢を無下にはできないよ。それに…僕、積極的な女性はちょっと…ね。」
と人差し指で頰を掻きながら言った。
気がつくと、私は自分の家に帰ってきていた。
私はまだ現実を受け入れられず、どうやって家に帰ってきたかも覚えていなかった。
私は玄関に入り、重い足取りで部屋に戻る。
「…あら、ヴィクトリアお嬢様がお帰りだわ。」
「あんなに自分が次の王妃になるって威張り散らしていたのに、王妃になれなかったのよね…いい気味だわ。」
「だめよ、聞こえちゃうわ…。やっぱり、どんなに頑張っても所詮分家は分家ってことなのかしらね。」
クスクスと笑うメイドたち。
私はそんな彼女たちに対して怒る気力もなく、部屋に入ってベッドに倒れ込む。
悔しい…コンスタンティナ、絶対に許せないわ…。
私はベッドから起き上がり、マギア留学に持って行った鞄から小さなガラスの小瓶を取り出した。
中には、深緑のどろりとした液体が入っている。
『一滴でフワフワ、二滴でガンガン、三滴で…コロリ、さ。』
マギア帝国留学中に訪れた酒場で、怪しげな男に貰ったこの小瓶。
『マギアのちょっとイケてる奴らは一滴で楽しんでるんだ…そいで、気に入らないやつは…三滴さ!』
右手で3を作りながら舌を出して戯けたあと、男は去って行った。
「これでコンスタンティナを…。」
私は小瓶を握り締め、王妃の地位を奪うことを決意した。
しかし、王妃の座に就いたコンスタンティナに接触するのは想像以上に大変だった。
あらゆる手段で毒を贈り続けたが、私の毒は彼女にとどかず、気付けば小瓶の中身は殆ど残っていなかった。
私は何かいい考えがないかと、考えを張り巡らせた。
『―――やっぱり、どんなに頑張っても所詮分家は分家ってことなのかしらね。』
ふと思い出したメイドの言葉。
そうよ、本家の人間になって娘を王宮に送り込めばいい―――。
私は残り少ない小瓶の中身を見つめながらにやりと笑った。
「うわ、ヴィクトリア、どうしたんだい?」
「あら、久しぶりねクリフォン…会いたかったわ。」
私はすぐに法務局に行って、偶然を装いクリフォンと接触した。
「少し話したいことがあって…2人でお話できるかしら?」
「え?ああ…少しだけなら。」
そう言って私を自分の執務室に招き入れるクリフォン。
「…お茶を淹れても良いかしら?」
「ああ…ありがとう。」
と何も知らないクリフォンは返事をした。
もちろん、クリフォンのカップには
『一滴でフワフワ』
ね。
「さあ召し上がってクリフォン。」
「ありがとう。」
ぐいっと飲み干すクリフォン。
…さあ、どうなるのかしら。
効き目はすぐに現れた。
「あ…あれ…?なんだか…く、クラクラするなぁ…。」
ソファにだらりと沈み込むクリフォン。
あまり気が進まないけれど、娘を授かるには遅かれ早かれ、ね。
「あらクリフォン、大丈夫―――」
事が済んで少し経った頃、クリフォンは青ざめた顔で起き上がった。
「ぼ、僕は…一体何を…?」
「何って…分かるでしょ?」
私は、クリフォンが理解できるよう、敢えて肌着だけ身に付けてソファにもたれかかっていた。
「そんな…どうして…僕が、君と…?」
涙目で困惑しているクリフォンを尻目に
「それより…妻子のいる方が他の女性と職場でこんな事するなんて…法務局の人間がそれで良いのかしら?」
と追い討ちをかける。
「そっ…ど、どうか誰にも言わないでくれ…!何でも言うこと聞くから…!」
「何でも…?」
クリフォンは、床に這いつくばって必死に懇願していたが、私は1番欲しかった言葉を手に入れる事ができた喜びで笑いが止まらなかった。
「そうね…じゃあ私から1つだけお願い。」
私はソファからすっと立ち上がり、にっこりと笑顔でこう言った。
「セレーネに贈り物を渡して欲しいの…私お手製の、特別な焼き菓子よ。」
「大丈夫よ…私の気持ちがいっぱいこもっているの。…私もセレーネ嬢とは仲良くしたいのよ。お近づきの印に、ね。」
あの日から少し経った日の午後、私は笑顔で焼き菓子の箱を差し出すも、クリフォンは中々受け取らない。
「あら良いのかしら?何でも言う事聞くって…」
私がそう言いかけると、クリフォンは慌てて
「ああ!もう!分かったよ!渡すだけだろう!!」
と言って私から箱を引ったくった。
「よろしくね…。ちゃんと食べさせるのよ?」
「ヴィクトリア!君はセレーネに一体何を!!!」
どうやらセレーネはちゃんと受け取ってくれたみたいね。
「あら何のことかしら…?」
「君が…君が僕を脅したんだろう!?…こんなことになるなら、言うことなんて…聞かなかったのに!!」
泣きじゃくりながら怒鳴り散らすクリフォン。
「あらあらそんなに怒らないで…身体に障るわ。」
私は自分の腹部にそっと手を当てる。
「私妊娠したの…もちろん貴方の子よ。この意味…分かるわよね?」
―――本当、王妃になれなかったこと以外、何でも上手くいっていたのに。
私は今、地下牢に入れられている。
高い位置に見える鉄格子から小さく月が見えた。
薄汚い灰色の髪と瞳。
皺が何重にも刻まれた顔と身体。
私にはもう、何もない。
しんと静まり返った地下牢に、コツ…コツ…と足音が聞こえる。
蝋燭の灯りと共に私の牢の前で止まる足音。
私がそっと見上げると、そこにはクリフォンが立っていた。
「ヴィクトリア…私も明日にでも警察局と司法局に身柄を拘束されるだろう。」
私はクリフォンの言葉を無視し、俯いた。
「ヴィクトリア…ここまで来たら最後まで一緒だ。共に罪を償おう。」
そう言って引き返して行ったクリフォン。
気が付いたら私は涙を流していた。
「私の人生、どこで間違えてしまったのかしら…。」
答えのない問いは、地下牢の冷たく分厚い壁に吸い込まれていった。
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