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十月一日 4

 ひとまずは屋上から生還した俺は、結局何も分からないまま帰路へとつくしかなかった。


 俺を助けてくれた、あさひにそっくりだった白翼金髪の彼女。

 朝霧あさひの姿にと戻った偽あさひは本物のあさひのように隣を歩いてくるも、「帰ったら話すね」の一点張りを貫くばかりで、今一番欲しい答えをを何もくれやしない。


 平和な帰り道なのに落ち着かず。隣の化け物を信用しきれないせいか、生きた心地もせず。

 周囲の音も、夜風の涼しさも、空腹も。

 激しい鼓動が収まってくれないくらいの緊張のせいで、何もかもが鈍くなりながらも、何とか家まで到着することが出来はした。


 ──した、のだけど。


「あさひちゃんは美味しそうに食べてくれて嬉しいわ~。美咲(みさき)さんに比べたらうちのなんてたいしたことないと思うけど、どうかしら?」

「そんなことないですよ。アイ()花菜(はな)さんのお料理、とっても大好きです」

「あらあらあら、嬉しいわ~! うちの男共と違ってほんと素直! こんな出来た子とうちの馬鹿が仲が良いなんて、まったく夢みたいよね~!」

 

 だけど目の前の盛り上がってる会話は、母さんと、そして黒髪の美少女である朝霧あさひ。

 とりあえず今は、この好き勝手に言ってくれる母親は置いておくとして。

 食卓に並ぶのは鯖の味噌煮をメインとした、本当に何の変哲もない、いつも通りの食事。

 そしてその食卓を囲っているのは、今日はちょっぴり早く帰ってきた父と母と俺、そして偽あさひ。そう、偽あさひが何故か夕食を共にしているのだ。


 とはいっても、これ自体は別段異常な光景というわけではない。

 子供が思春期を迎えた後でも交流があるせいか、たまにこうやって子供を預けたりすることもあるので、こういうことはたまにある。

 そして今日は未だに仲睦まじいあさひの両親が、たまには二人で夕食ということなので、あさひ──正確に言えばあさひの振りをしている何か──がうちに来ているというわけだ。


 母さん曰く、元々今日の朝から知っていたらしく、知らなかったのは俺と父だけらしい。

 そして父は変わらずのほほんとしているだけなので、実際にこの状況を受け入れられていないのは俺だけ。

 あさひがあさひじゃないと知っている俺だけが、この瞬間を異常だと認識してしまっている。それくらいには、普遍的な光景のはずなのにな。


「なに呆けてるのよ。トマト、食べなさいよ?」

「……うっさい。食べてるから」


 そんな俺に対して平常運転な母さんを、ほんの少しだけ煩わしく思いつつ。

 それでも今日は、今日だけはそんな母さんの態度に不覚にもちょっと安心感を抱いてしまいながら、とりあえず自分の分を食べ進めていく。


 ……それにしても、どうして母さんは俺がトマト嫌いなの知ってて直出ししてくるんだ。

 どんな人にも嫌いな食べ物なんてあるに決まっているのに。みんな三切れな所俺だけ一切れなのは慈悲なんだろうけど……うえっ、やっぱり嫌いだ。


「ごちそうさまです。とっても美味しかったです。あ、アイ()お皿洗いやりますよ」

「いいのよいいのよ! お客様にそんなことさせられないわ! 信司、出番よ」

「……へいへい」

「あ、じゃあアイ()も手伝うね。一緒にやった方が早く終わらせちゃお?」


 そう言って、偽あさひは何故か楽しげにしてくるので、ため息はいてキッチンへと立って洗い物を始めていく。

 やりたいのならもう全部任せたい気持ちはあったが、母さんの背後に般若が見えたような気がして、サボるなんて選択を取るわけにはいかない。あーあ、うちも食洗機を導入して欲しいわ。


「ふんふんふーん」


 ゴム手袋を付けて、水道代にはうるさいので、逐一水を止めながらの作業。

 実際の所やる人が二人に増えたって、キッチンが広くなったりはしないので効率はそう変わらない。

 しかし洗い物なんて面倒なだけなのに、隣の偽あさひはどうしてそんなに楽しそうなのか。本物のあさひだってこんなに楽しそうに洗い物なんてしないだろうに。


「こう並んでると、なんか新婚さんみたいね~? お父さんはそういうのなかったから微笑ましいわ~」

「母さん!」

「何よ、そんなに怒らなくてもいいじゃない。それより洗ったら、とっととお風呂入っちゃってよ。後つかえてるんだからね」

「……へいへい」


 じゃあ息子にやらせるなと言いたくなるが、週に一度の当番制なので仕方ない。

 こういう積み重ねが毎月の三千円(お小遣い)を生み出しているのだから、所詮俺はこの母の手のひらの上なか弱い生き物なのだ。ちなみに悔しかったらバイトしろよが母さんのお言葉だ。


「……新婚さんだって。きゃ♡」


 そしてなんだ、その反応は。

 あさひじゃないと分かっているのに、あさひがしなさそう反応しないで欲しい。偽物だと分かっていても、何か結構心臓に悪いから。


 そうして洗い物を終えて、意外にもあっさりと偽あさひは自宅へと帰っていく。

 流石に泊まりではないことに安堵しながらも、結局何も聞けなかったと気付いてしまうが、追いかけてまで訊きに行く気力が湧いてくれない。

 屋上での出来事について、そして本物のあさひについてを聞かなければいけないのに、なんかドッと疲れてしまった。中学の頃にあった部活の鬼合宿に比べたら全然動いてないのに、あの二日目より心がくたびれていると、そんな具合だった。

 

「ほら、早くお風呂入りなさい。私も仕事あるんだから、あんまり長風呂はやめてよね」

「……言われずとも入るって」


 ちくちくうるさいなとか思ってしまいながら。

 まあ待っていてくれるだけ大分ましだと、一度部屋に着替えを取りに行き、それからようやくお風呂タイムへと突入する。

 シャワーで軽く流し、それから半分ほどお湯の入った浴槽へへバシャンと波立たせながら入れば、ようやく一息。


「はあっ……」


 浴槽の端を首起きにして天井を仰ぎつつ、パシャパシャと肩に軽くお湯を掛けて寛げば、手頃な温度のお湯がいい感じに心へ安らぎを与えてくれる。

 嗚呼、やはりお風呂はいい。

 目を瞑って浸っていれば、まさに今の自分の身体のように、入っているだけで色んな事が解れていってくれる。ただお湯に入っているだけなのに、こんなに癒やされる娯楽はあるだろうか。いや、ない。

 

 さて、母さんが長風呂してくるのは、凡そ三十分を越えた辺りから。

 今日はギリギリまで入って、しっかり頭の中と心を落ち着けてから、あさひの家で話でも──。



「来ちゃった♡」

「ぶべッ!?」


 

 ──聞こうかなとか考えた矢先、あまりにも唐突に風呂場へ響いてきたのは、あるはずのない音。

 目をバッチリと開けざるを得ず。

 反射的に声がした方へ顔を向ければ、そこにいたのは、一昔前のスクール水着を着た黒髪の美少女──朝霧あさひその人。


 ただし、その声はいつものあさひのものではなく。

 先ほど屋上で聞いた、あさひと同じ声質なのに砂糖を直舐めしたみたいに甘ったるい、偽物のあさひが発したあの声であった。


「あ、あさッ……!?」

「そうだよ、朝霧あさひだよ。でもざんねーん♡ 裸じゃない、水着でしたー♡」

「っ、この、いい加減に──」

「どうどう、そう怒らないで。お風呂なら話すのにちょうどいいかなって、そう思ったから来ただけだよ。ところでダーリン良い身体してるね、記憶のよりずっとえっちだよ♡」


 驚愕か、それとも恐怖か。

 後ろに退いてしまった俺に、偽あさひは自身の唇に人差し指を当て、静かにとジェスチャーで告げてくる。


 ……そう言いながらも、どこか全身を、特に湯に入っている下を食い入るように見ているのは気のせいだろうか。


「あ、アイ()はちゃんともう帰ったことになってるから安心していいよ。ちなみにアイ()のおっぱいは朝霧あさひと同じDカップだよ、触りたい?」

「触るか!! ……まったく安心出来ないんだけど。あと、あさひの姿止めてくれないか。なんかすごく嫌なんだけど」

「えー? アイ()的には別にそれでもいいけど、やったらお風呂に羽根だらけになっちゃうかも大丈夫?」

「……やっぱりそのままでいいよ。はあっ」


 もうこれ以上、突っ込むのもアホらしいと。

 大きな動揺を消化するのを諦め、浴槽に背を預けながら、再び天井へと顔を向けようとしたのだが。


「だーめ♡ お話はちゃんと目を合わせて……常識だよ?」


 そんな俺の浅はかな抵抗を、偽あさひは許してくれず。

 俺の頬を掴み、無理矢理にでも自分の方へと向けてくるので、仕方がないと諦めるしかない。


 ……急すぎてあれだし、あさひの姿でお風呂に乱入してくるのは本当に止めて欲しいけど、まあ来てくれたのならちょうどいい。

 遅かれ早かれ話はしなきゃいけなかったんだから、これはちょっと前倒しになっただけ。姿はまあ……頑張って直視しないように努力しよう。うん。

 

「さっきのご飯、美味しかったね。味自体は知っていたけど、やっぱりご飯は食べてこそ! ねえ、ダーリンもそう思わない?」

「……もう、取り繕ったりはしないんだな」

「まあもうバレちゃったからね。アイ()としてはもうちょっと楽しみたかったけど、流石に今日みたいな真似されちゃうと守り切れないからね。ああいう無茶は二度としちゃ駄目だよ。約束してね?」


 幼子を窘めるような、偽あさひの念押し。

 それは声色はまったく違うはずなのに、けれどどうしてかあさひとあまりに似通っていて。

 昔、本物のあさひに同じように注意されたことが脳裏に過ぎってしまう。今のどうしようもない気持ちを表情に出さないよう抑え込んだのは、きっと俺のせめてもの抵抗なのだろう。

 

「それで、お前は一体何なんだよ。本物のあさひはどこにいるんだよ? それにダーリンってのはなんなんだよ?」

「ダーリンはダーリンだよ? 大丈夫、全部繋がっているから一つずつ説明していくね。まず、アイ()はアイ。ダーリンの願いを受け、契約を果たした実現者(ネブラー)契約者(パートナー)であるダーリンと一緒に、この七ヶ原(なながはら)で行われる戦いを勝者となることを使命とした存在だよ」


 そうして偽あさひ……否、アイと名乗った彼女は、早速想定を超える単語を口に出してくる。

 ネブラー、パートナー、戦い。 

 まるで意味が分からない言葉の羅列。どう予想しようと、刹那の自分の想像では形になってくれなかった。

 

「戦いって、さっきやってたみたいなやつのことなのか……?」

「そう、殺し合い。デスゲーム、バトルロワイヤル、サバイバル……まあ呼び方はなんでもいいけど、とにかくアイ()達のように契約した七ペアが、最後の一ペアになるまでこの七ヶ原で争う。そして勝ち残った最後のペアは、賞品としてどんな願いでも叶えられる権利を与えられるってわけ。簡単でしょ?」


 簡単でしょと、そんな気軽に同意を求められた所で、こっちとしてははいそうですねなんて頷けるわけがない。

 だってそれは、あまりに現実味のない話でしかない。

 もしも屋上での一幕を目にしていなければ、例え真っ白な翼と金色の髪を見せられても、そうなんですねと信じることが出来なかったであろう。今語られたのは、それだけ非現実的過ぎる情報なのだから。


 ……殺し合い、か。

 何となく分かってはいたけれど、本当に雅乃宮(みやびのみや)先輩は、俺を殺そうとしていたんだな。


「あさひ、そうだあさひ。じゃああさひは、どこにいったんだよ? 今の話に、あさひが何の関係があるんだよ……?」

「……ほんと、朝霧あさひは幸せ者だよね。ダーリンにこんなにも想ってもらえるんだから」


 アイは俺の疑問を受けて、酷く雑に、吐き捨てるようにそう呟いてくる。

 まるで本物のあさひのことが疎ましくあるような、或いは嫉妬しているみたいな。今一瞬だけ見せた憂いある表情を、どこかそんな風に捉えてしまった。


「ダーリンの言う朝霧あさひはもうこの世にはいないよ。正確にはこの戦いの引き金となってしまったことで存在を贄とされてしまったんだ」

「……なんだよ、それ。死んだって、そう言いたいのか? おい、どうなんだよ!?」

「落ち着いてダーリン。大丈夫だから、落ち着いて。ね?」


 アイは淡々と、ただ情報を吐き出すみたいにそれを容易に口に出してくる。

 あさひはもうこの世にいない、などと。

 あまりに簡単に言葉にされてしまった、その重すぎる事実に俺はつい湯船から跳び上がり、肩へ掴みかかってしまうも、アイは一切慌てることなくこちらを宥めてくる。


 こちらを見つめてくるアイの冷めた目が、ますます俺の神経を逆撫でして仕方ない。

 まるでこっちの激情、狼狽が間違っていると、そう告げてくるみたいに思えてしまったから。


「……ごめん。取り乱した」

「いいよ。ダーリンにとって、朝霧あさひがそれだけ大切だって証拠だから、大丈夫」


 数秒見つめ合って、謝りながら浴槽へと戻るが、気持ちまで落ち着くことはない。

 あさひはもうこの世にいない。

 その事実は、この十数年の人生でどんな絶望よりも重たい絶望は、はいそうですかで割り切れるものではないのだから。

 

「ごめんね。アイ()達もどうして朝霧あさひが贄となったのか、その詳しい理由までは分からない。この戦いの出資者(スポンサー)が朝霧あさひの願いを受けて、アイ()実現者(ネブラー)を生み出し、最後の一人になるまで争うことを求めた。アイ()達に知らされているのは、本当にそれだけなんだ」

「そ、そんな、じゃあ、じゃああさひはもう……」

「逸らないで。まだ話は終わってないよ。最後まで、ちゃんと聞いて欲しいかな」

 

 失意のどん底に落ちた俺に、アイは申し訳なさそうに謝りながらも早まらないよう促してくる。

 まるでここからが肝心なのだと。

 そんな風に言いたげなアイの目に、俺は何とか気を持たせながら、一縷の希望と縋るしかなかった。


「確かに朝霧あさひはこの戦いの贄とされてしまった。でもね、まだ死んだわけじゃない。正確に言えば、まだ彼女の死が確定したわけってじゃないんだ」

「は? どういうこと、だよ……?」

「ちゃんと説明すると難しくなるんだけどね。簡潔に言えば、あくまで最後の一人になった契約者(パートナー)の願いが成就された瞬間、その引き換えに贄となった彼女の死が確定するだけ。つまり今はまだ死んでいるけど死んでいるわけじゃない。この戦いが終わってようやく死が確定する、朝霧あさひは今、そんな待ちぼうけの宙ぶらりん状態なの」


 アイの話してくれる内容は、いまいち理解出来なかったわけではないけれど。

 待ちぼうけ、宙ぶらりん。死んでいるけど死んでいるわけじゃない。

 そんな言葉でさえ、例え俺の心を繋ぐその場凌ぎだったとしても、希望を見出さずにはいられない。


 つまり、つまりあさひはまだ、どうにかなるかもしれないのか……?


「だからダーリンとアイ()が最後まで勝ち残れば、朝霧あさひを取り戻せる可能性はきっとある。だってそう願えば、朝霧あさひを消費する必要ないまま願いを叶えられるわけだからね。正直言って、出資者(スポンサー)的にはこんなにも手軽な願いはないと思うよ」


 アイの言葉に嘘は見られない。

 あさひの見た目のせいか、俺を騙そうとしているようには、どうしても思えなかったのだ。

 

 だから、あさひが、もしかしたら取り戻せるかもしれない。

 あさひが、生き返るかもしれない。またあの優しげな顔で、笑いかけてくれるかもしれない。

 けれどそのためには、戦いとやらを勝ち残らないといけない。──人を、殺さないといけない。


「……どうにか、どうにか誰も死なずに解決することは出来ないのか?」

「出来ないよ。だって願いの成就を釣り餌にされたら、例え相手を蹴り飛ばしても手を伸ばしてしまう。人間っていうのはそういう生き物でしょ?」


 アイは何の感情もない、ただ事実としてそう告げてくる。

 嘲りも同情もない、ただ客観的事実をそのままに言うだけの空虚で平然とした赤い目は、人の物とは思えず怖じ気が奔ってしまった。

 

 でも、その言葉を否定することなんて出来ない。

 だって他ならぬ俺が、そんな曖昧な希望に縋ってしまっているのだから、どうしようもない。


 ……例え全部が上手くいって、あさひが生き返ったとしても。

 あのあさひが、自らの為に誰かの命を失わせることを、果たして良しとするのだろうか。

 

 ……いや、それでもやるしかない。

 例え彼女が許さなくても、何か出来ると知りながら何もせず諦めるなんて、俺には到底出来そうにない。

 過程で生じてしまった罪は全部、俺が背負うべきものだから。

 だからその結果、二度と隣に立てなくても構わない。必ず俺はあさひを取り戻さなくてはならない。だってそうしなければ、俺は彼女に、まだ何一つとて返すことが──。


「いずれにしても、ダーリンはもうこの戦いからは逃れられないよ。その右目の傷は参加者の証。それがある限り、七ヶ原から出ることは叶わない。それにもう、アイ()の特権も消費しちゃってるしね」

「と、特権?」

「そう。信憑性を上げるためなのかな。実現者(ネブラー)は契約の際、契約者(パートナー)の願いを一つだけ叶えることが出来るんだよ。もっともダーリンはその願いを既に消費してしまっているから関係ないんだけどね」


 アイはそう言ってくるが、はっきり言って、願いなんて叶えてもらった覚えがまるでない。

 大体そんな特権があるのなら、俺なら真っ先にあさひを返して欲しいと頼むはずだ。

 例えどんな時点の俺であっても、自分のことよりあさひの方が大事だと、俺ならば必ずそう思うはずなのに。どうして。


「……知らない。俺は願いなんて、叶えてもらった覚えはない。何かの間違いじゃないのか?」

「残念だけど、間違いなんかじゃないよ。もっともその願いはちょっと規模が大きくて、だから辻褄合わせが必要になっちゃったんだけどね。アイ()がわざわざ姿を晒して朝霧あさひを演じているのは、生じてしまった矛盾を穴埋めするためなんだ」


 問いただしても、アイは首を振るばかりで、答えは変わってくれない。

 むしろ朝霧あさひの姿をしている理由まで明かされたせいで、逆に反論することが出来なくなってしまう。


 分からない。もし願いを叶えたのは本当だとして、俺は何を願ったんだ……?


「教えてくれ。俺はお前に何を──」

「アイって呼んで。もしくはハニーって……きゃ♡」

「……アイ。教えてくれ、俺はお前に、何を願ったんだ?」

「つれないなぁ。うーん……な・い・しょ♡」


 食い気味に尋ねてしまうが、アイわざとらしい笑みをするばかりで教えてくれそうにない。

 その態度に、目の前の存在への不信感は一層募って仕方ない。

 俺が願いを知ることに、何か不都合でもあるのか。それともないのに、俺を弄んでいるだけなのか。

 

「ま、ここまで話したけど、信じるも信じないも自由だよ。どっちにしたってダーリンのことは必ずアイ()が守るから、今日みたいな危ない真似はしないでねとだけと伝えに来たんだ。それじゃ、今日はもう帰るね」

「あ、おい! まだ話は──」

「あ、そうだ。あんまり長湯してると花菜さんにドヤされちゃうよ? ちゅ♡」


 もう話は終わりだと、アイはこちらの制止なんて聞く耳持たず。

 最後にウィンクしながらの投げキスをしてから光に包まれたアイは、次の瞬間にはまるで誰もいなかったみたいに風呂場から姿を消してしまう。

 誰もいなくなったお風呂場には、俺の声と水の音だけが虚しく響くばかりであった。


 嗚呼くそっ、ごちゃごちゃする。

 色んな情報を聞いたはずなのに、アイと話す前よりずっと頭がこんがらがって仕方ない。

 

 ただ確実に言えるのは、朝霧あさひを取り戻すために、そして生き残るためには勝つしかないということ。

 この街にいるであろう、俺と同じような境遇の六人との争いに勝ち残るしかない。……最低でも六人の命を犠牲にしなければ、明日死ぬのは俺かもしれないのだと。


「……そんなこと言われたって、どうすりゃいいんだよ」

「ほら信司ー! 早く上がってよー!」

「……はあっ」


 グルグルと渦巻いて、ドツボに嵌まってしまいかけた、そんなときに聞こえてきた母さんの催促が、嫌が応にも現実へと戻してくれて。

 そんないつも通り過ぎる母さんへ、今日何度目か分からないため息を吐きながら、シャワーで身体を長そうとゆっくりと浴槽から立ち上がった。

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