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十月四日 3

 黒漆(くろうるし)学園から離れ、辿り着いたのは最寄り駅の近くにあるハンバーガー屋。

 流行りの音楽と白の蛍光灯に彩られた、明るくポップな店内。

 昼食時から少し遅れてしまったこともあり、店内は少し空き気味だが、それでも活気に満ちている。

 

 そんな店内でそれぞれがさっさと注文を終えてから、二階に上がって少し遅めの昼食となった。


「うーん、やっぱりたまのハンバーガーとコーラは格別っ! 身体に悪いもの食べてるって実感がさいっこうに満足を与えてくれるわ!」

 

 本当は俺もダブルなバーガーやらナゲットやらを食べたかったけど。

 それでもお財布と相談した結果、これだけにしておこうと頼んだ塩っ辛いポテトを摘まみながら、目の前でハンバーガーを食す美女につい目がいってしまう。

 

 目の前で淑女の面などかなぐり捨てて、がぶりとワイルドに食いつき、満足げに顔を綻ばせる雅乃宮(みやびのみや)先輩。

 ドレスコードを着て高級レストランでコースを堪能しているのが似合うくらい凜々しく美しい人なのに、こういうジャンクなハンバーガー屋でがっつくのも似合うんだから恐れ入ってしまう。


 目下片思い中のあさひは個人的ボーナス一億点だから別枠として。

 美人は場所を選ばずなんて言葉があるが、この街で下駄を履かせずその例えが似合うのは先輩くらいだろうな。

 

「うーん美味ぃ! この魚のフライの食感と香ばしさ、そしてレタスやタルタルが合わさっていくらで食べられちゃいそう! はあん!」

「……お前、弁当あるんじゃないのか?」

「ん? ……ごくっ、へーきへーき! おかあ……美咲(みさき)さんの料理美味しいし、帰りにペロリだよ!」


 そして先輩と同じように、隣に座って自分で注文したバーガーに舌鼓を打つもう一人の黒髪美少女。

 金髪白翼な姿は鳴りを潜め、すっかりあさひの姿へ戻ったアイは、大丈夫だとわざわざ親指を立ててアピールしてくる。


 こうして見ていれば、アイはやはりいつも通り。

 数日前に知り合ってから今に至るまで、嘘なんてついているとは思えない、俺の知っているアイでしかない。そんな彼女が、どんな嘘をついているのだろうか。


「どしたのダーリン? あ、もしかして一口食べたい? いやー困っちゃうなー。間接キッスになっちゃうなー。まあでも、ダーリンが食べたいって言うなら仕方ないかなー?」

「いやいいよ。これで足りるから」

「ええー、ダーリンのいーけーずー。育ち盛りの男子高校生こそたくさん食べなきゃ……ほら、あーん♡」


 食べて食べてと言わんばかりに、アイは目をキラキラさせながら、手に持っているバーガーをぐいぐいと押しつけてくる。

 いらないとやんわり押し返すが、引く気なしという態度に折れざる得ず、仕方なしになるべく口が付いてなさそうな部分を狙って一口つける。


 ……うん、美味しい。想像以上想像未満って感じの、極々予想通りなフィッシュバーガーだ。

 そういえば、あさひもこういうハンバーガー屋に来ると、そういうフライ系ばっかりだったな。

 ハンバーガーなら肉食べるべきだろとか言ったら、分かってないわね的な冷笑されたっけ。なんか、懐かしいな。


「それで確認なんだけどアイ、本当にイアは弱っていたの?」

「なにヘンテコ女、もしかして疑ってるの? ダーリンもいるのに嘘なんか言うわけないじゃん」

「……そう。ならやっぱり、そういうことなのかもしれないわね」


 暫しの昼食を挟み、それぞれが食べ終わった席で口を拭きながら、改めてアイへと尋ねた雅乃宮先輩。

 アイがまた反発しながらも肯定すると、先輩は何かに納得したように数度頷きをみせる。


「何か分かったんですか、先輩……?」

「いえ、今回の遭遇とそこのの証言で少し思いついたのだけどね。もしかしたらあいつ、実は今にも尽きかけの蝋燭みたいな感じで、こっちの想像以上にギリギリなんじゃないかと思うの」


 雅乃宮先輩が提示してきた意見は、例え先輩の言葉であろうと疑いたくなってしまう。

 ギリギリ……? あの身震いしてしまいそうなほど冷たく恐ろしい眼差しをしていた、あのイアが……?


「根拠は二つ。学校を襲うくらい他人を厭わないあの実現者(ネブラー)が、わざわざ自分から顔を出しながら周囲の生徒を盾にしてまで牽制してきた点。そしてもう一つはさっきアイが言った、以前に比べて格段に弱っているという点よ」


 ことりと。

 そんなわけないと思ってしまう俺に対し、先輩は肘をテーブルに置んで手を組んで、自信に満ちた表情と声音で説明を始めてくれる。


「あいつの強さはこの目で見た私達が、それこそ打ち合ったアイが誰よりも理解しているはず。なのに弱っているということは、契約者(パートナー)から力を受け取れない状況にあるということ。つまり契約者(パートナー)がいないか、契約者(パートナー)と上手くいっていないか。……ちなみに私は後者だと考えてるわ。九割近い確信としてね」

「……えっと、どうしてです?」

(これ)よ。横に一本縦に六本、けれど実はつい最近まで縦棒は五本だったの。弄ってないのに変化するなんて、参加者の数って感じがしない?」


 ……確かにあのイアの性格から考えれば、黒漆で戦わなかったのは少々腑に落ちなくはある。

 

 苛烈にして冷酷。如何なる犠牲さえ厭わず、己が目的を果たさんと動く。

 そんな言葉に反して目的を重視する執行人。それが七ヶ原高校にて、俺がイアに抱いた印象だった。


 そんな彼女がこちらへ声を掛けてきて、あまつさえ大人しく帰ったのは少しおかしい。

 いや、相手はイアだ。一度目に撤退したときと同じで冷静さを持っているのなら、分からなくはない。 

 

 ……けれど、だとしたらわざわざこちらへ声を掛けて来なくてもいいのではないだろうか。


「ねえ夜刀神(やとがみ)。話は少し変わるけど、初めて会った日のこと覚えてる? この私を二時間以上冷える屋上で待たせに待たせた、あの日のことを」


 悩み出してしまいそうになったとき、ふと先輩は話題を変え、そんな質問を振ってくる。

 先輩の言うあの日ってのは、多分あの夜の話なのだろうし、そりゃあ忘れられるはずないのだが……んん?


「……え、そんなに待ってたんですか? いやまあ覚えてますけど、それが何か?」

「あの日あの場所にて私達は運命の出会いを果たしたわけだけど、貴方を戦いの参加者だと確信して殺しにいった理由は二つあるわ。まるで見せつけるように右目下の傷を晒していたからともう一つ、()()()()()()()()()()(エリア)()()()()()()()()よ」


 ……はい?


「……言っておくけど、アイ()は何もしてないよ? アイ()はあれ、ヘンテコ女が展開したと思ってたもん」

「でしょうね。だからあの日を終え、不完全燃焼で家に帰った私が冷静になったとき、一つ違和感が残ってしまった。やり忘れたのに思い出せない課題みたいに、おかしいなと思いながらもそこで終わらせてしまっていた。夜刀神信司は自身の実現者(ネブラー)が助けに来たその瞬間まで何も知らなかったのに、どうして契約者(パートナー)の権利である空間(エリア)が展開されてたのだろうって」


 つい見てしまうも、我関せずとジンジャエールを飲んでいたアイは首を振ってくる。

 

 仮にあの日の夜、空間が展開されていたとして。

 俺は戦いの事なんて一切知らなかったし、展開されていたらしい空間の存在さえ知覚出来ていなかった。

 ならば空間を展開できたのは、アイか先輩しかいないはず。

 ……いやでも俺も先輩も展開していないのに、空間が展開されていた。それはつまり──。

 

「あのときは悩んでも仕方ないから棚上げにしていたけど、今日ようやく一つ推測が出来たわ。少し考えてみたら、別日に回したらあっさり解けた知恵の輪みたいに簡単なことだった。あの日あの瞬間、あの学校には第三者がいて、その誰かが次の日の襲撃の準備をしていた。それだけのことだったのよ」


 まるで浮かんできた推測を補うように、先輩は自身の考えを口にしてくれる。

 あの夜、あの戦いの裏で暗躍していた者がいた。

 なるほど。単純だが確かに盲点、シンプルすぎるが故に見落としてしまいそうな話だ。少なくとも、俺だったらそのまま考えて仕方ないで片付けてしまいそうだ。先輩と協力できて、本当に良かった。


「つまり、その侵入者がイアだと……?」

「ええ。ここからはあくまで推測だけど、如何にイアとはいえ、学校規模で力を奪うには下準備が必要なのだと思うわ。だから七ヶ原高校への襲撃は侵入した次の日。今日黒漆でかち合ってしまったのは、昨日下準備を終えて今日決行しようとしたから。

 

 先輩の推測は、憶測こそ混じっているものの、確かに辻褄が合っているように聞こえる。

 確かに、如何にイアが強くとも、学校一つを巻き込むほどの力をそう易々と行えるとは思えない。準備のために一日費やしていると、そう考えるのはむしろ妥当だ。

 

「……でも、誰もいない学校に忍び込むのなら、わざわざ空間を展開する必要ないんじゃないんですか? 空間自体が他の参加者に知覚されてしまえば、それこそ本末転倒じゃないですか」

「一理あるし、状況にもよるけど、それでも私的にはノーよ。あの空間(エリア)の本来の用途は一般人を巻き込まないためだろうけど、同時に一般人に見つからないようにするためでもある。このSNS社会において、ああも目立つ女が飛んでいただけで簡単に情報は溢れかえってしまう。もし監視カメラの一つにでも映ってしまえば、自分の認識していない誰かがその現場にいてしまったら。少しでもそれが頭を過ぎるなら、基本は空間(エリア)を展開して行動するはずよ。戦いの参加者なんていうこの街に自分達含めて六人しかいないのを警戒するより、そっちの方が遙かに安全だもの」


 とはいっても、昨日や今日も使う余力がイアにあったかは分からないけどと。

 先輩はそう言ってから一息と、自身のコーラを飲むべくストローに口をつけ、ちゅるちゅると吸い上げていく。


 ……まあ確かに、確率で言ったら他の相手を気にするより一般人の視線を重要視すべきか。

 あちらを立てればこちらが立たず。……こういうのは難しいな。


「……そういえばアイ、あの空間って契約者(パートナー)がいなくても展開出来るのか?」

「あー、実は不可能ではないんだよね。とはいっても、契約者(パートナー)を介さない空間の展開はすごい消耗しちゃうから、アイ()だったら緊急時であっても御免かな」


 アイの方へと目を向け、ふと湧いてしまった疑問を尋ねてみれば、黒髪の彼女はどこか照れくさそうに人差し指で頬を掻きながらも答えてくれる。


「えっとね、あの空間って契約者(パートナー)の力で展開されているもので、アイ()達実現者ネブラーはその展開する用の力を持っていないんだよ。だから無理矢理発動しようとしたら、アイ()達|は相応に無茶しなきゃいけない。それこそ文字通り、身を削るくらいの無茶をね」

「違う、力……?」

「うーん、どう言えばいいのかなぁ。あのねダーリン、アイ達実現者(ネブラー)は厳密には生きてるわけじゃないんだよ。確かに肉体(うつわ)はあるし、行使出来る力自体も人に比べて強大だよ? でもそういう力を賄うために、何より存在を保証するには契約者(パートナー)が必要なの。アイ()達と違って真っ当に存在している生命っていう楔がね」


 アイはうんうんと唸りながら、必死に噛み砕いて話そうはとしてくれる。

 有り体に言えば阿呆の二文字で片付く俺のために、ここまでしてくれる献身は大変ありがたい。

 けどごめん。正直な所、本当に分かんない。心から申し訳なくなるくらい、イメージが付かないわ。


「要は私達と実現者(ネブラー)では動力や構成要素が違うということよ。……そうね。あくまで私の体感だけど、例えるのならゲームのMP(マジックポイント)かしら。人間の持つ生命力をHPとするのなら、実現者(ネブラー)はそのMPで形を為しているに過ぎない。そしてそのMPを獲得するのに一番効率的なのが私達契約者(パートナー)からHPを供給してもらい、MPの規格に変換すること。楔云々はサダメもそういうものだとしか教えてくれなかったけど、大まかに言えばそういうことらしいわ」


 やれやれと。

 そんな阿呆な俺の様子に呆れたと首を傾げながらも、先輩は四則計算の基礎を小学生に言い聞かせるみたいにゆっくりと説明してくれる。

 

 人間は生命力で、実現者は魔力。そんで魔力を補うには生命力が必要と。

 なるほど。なる、ほど……?

 まあ何となく分かるような分からないような、曖昧な理解だけは出来たような気がする。……というかサダメってあの鈍色のことだよな。あれ、普通にしゃべれたんだ。

 

「分かるわ。明らかにスペックの高い実現者(ネブラー)のそれより、人間側のエネルギーの方が上等なのがしっくり来ないわよね。経験した事なんてないけど、急に円高になったときってこういう気持ちなのだと思うの」

「え、いや、あの鈍色も喋るんだなって」

「……ああそっち、そっちね。そういえば、言ってなかったわね」

 

 ……なんかすみません、そんなレベルの高い悩みじゃないです。共感出来ずにすみません。


「……とも、かくっ! 例え契約者(パートナー)から力を貰えないにしても、一般人から力を奪えば一戦くらいは可能だったはず。実際あいつがその辺の一般人に遠慮なんてするとは思えないし、最悪空間(エリア)の脱出を優先してから立て直せばいい。なのにあいつはそうしなかった。……いえ、きっと出来なかったのよ。消耗を嫌うのもあったろうけど、それ以上に私達を警戒してね」


 ゴホンゴホンと、わざとらしく仕切り直した先輩の姿に、ちょっとだけ申し訳なく思いながら。

 これは推測ではなく、確信だと言わんばかりに堂々と話した先輩に、つい否定を口にしてしまいそうになる。


 あのイアが警戒していた……?

 尊大で、冷徹で、侮蔑や嘲笑さえ口にしていたあの実現者(ネブラー)が、俺達を……?


「そうかなー? 確かに弱ってはいたけど、あいつ相当に態度でかかったよー?」

「だからこそよ。私達からすればユウヒなんてよく知りもしない実現者(ネブラー)の情報に乗ってあげただけに過ぎないけれど、それを知らないイアから見たあの状況は全然違う。一度目に邪魔してきた連中が、まるで見計らったようなタイミングで黒漆へ先回りしてきた。仮に私があっちの立場だったら、実は手の内を読まれてるんじゃないかと迂闊に動けないでしょうね。わざわざ声を掛け、威圧してでも戦闘の意志はないと告げてきたのは、不意に出くわしてなし崩し的に戦闘へ発展するのを避けたかったから。……きっと、あっちにとっても賭けだったはずよ」


 雅乃宮先輩は淡々と、淀みなく自らの考えを口にしたあと、再びストローへと口をつける。

 

 ……先輩の口から語られた説は、確かに筋が通っている。少なくとも、俺はそう思えてしまう。

 今思い出せば、確かにそうかもしれない。

 あの違和感は。イアの敵意に恐怖していた最中、ほんの少しでも過ぎってしまったあの違和感の正体は。


 ──あれはきっと、焦燥。

 先ほどのイアには、以前は会ったはずの余裕が少し欠けていた。あの瞬間、俺はイアへそんな風な印象を覚えてしまっていたのだ。


「ま、私がここまで垂れ流したのは全部推測の範疇。宝くじを一口だけ買って一等に当選するときみたいな感じで何もかもが完全に一致しているかもしれないし、この後得る情報一つで簡単にちゃぶ台返しされる程度でしかない。答えだと身を委ねずに、盛大に参考にしなさい?」

「うわ頼りなっ。そんなんで良くドヤ顔して語れるよね。一周回って尊敬しちゃうんだけど」

「黙らっしゃいな。結局私達はあいつやあいつの契約者(パートナー)のこと、何にも知らないんだもの。中盤百ページを破られてしまっている推理小説を読んでいるときと同じで、情報が欠けたまま根本に辿り着けるわけがないわ」


 あっけらかんとまとめた先輩は、悪態をつくアイへお手上げとばかりに両手を上げてみせる。

 

 ……そうだ。結局の所、俺達はイアのことを何も知らない。

 一度戦い、一度言葉を交わし。それでも、何一つとて彼女の奥底を垣間見たことなどない。黒漆学園を探索した所で、彼女の着ているセーラー服が昔の制服だということしか分からなかった。

 

 アイと同じくあさひの面影を宿す、髪も瞳も翼も何もかもが真っ黒な、棘のような彼女(イア)

 彼女は言った。例え契約者(パートナー)を見つけようと、決してわかりはしないだろうと。

 

 ならばそれを知るには、もう一度向かい合うしかない。

 どちらも逃げを選ばない場所で、決着をつけることでしか、きっと知り得ることはない。


「で、ここまでを踏まえて、私がイアだったらこの後取るべき道は二つ。やけくそになって今すぐにもう一度どこかを攻めるか、改めて黒漆を襲うために目障りな敵を仕留めにかかるか。とはいっても、さっき戦闘に発展しなかったのなら前者を選ぶ可能性は少ない。となればもう、あとは分かるわね?」


 例えその先を言葉にされずとも。

 それでも先輩の言わんとしたことを理解した俺は、こくりと静かに頷いてみせる。


 もしもイアが俺達に全てを読まれていると考えるのなら。

 それで動くに動けない状況に陥ってしまっているのなら。


 何よりも先に、俺達を狙ってくる。

 なるべく余力のあるうちに、最大の障害を消そうと動いてくる。──次の戦いはそう遠くなく、避けられないということだ。


「どちらにせよ、決着までもう間近。どこまでいこうがユウヒとかいう実現者(ネブラー)の手のひらの上なのが気に入らないけど、それでも両者共に後退はない。黒漆で邂逅したあの瞬間、賽は投げられたというわけよ。──だから夜刀神、決着のための覚悟はしっかりと決めておきなさい。いいわね?」


 澄んだ黒色の目で俺の目を真っ直ぐに見つめながら、真剣な声色でそう確認してくる先輩。

 けれどその問いに、俺は頷くことが出来ず、目を背けることしか出来ない。


 ……情けないことに、こんな場面になってなお、自分でもどうなるかの想像がつかない。


 決着。それはつまり、相手を──イアの契約者(パートナー)を殺すということ。

 名前も顔も知らない誰か。恨みも恐怖も抱けない、姿形の想像さえつかない赤の他人。

 そんな誰かを殺す。自らの意志で手に掛けて、命を奪ってでも勝ち残る。

 アイと話した夜に先延ばした問い。その答えを出さなくてはならない瞬間が、もう間近へ迫っていることに他ならない。


 俺だって、覚悟を決めたつもりではある。

 あさひを取り戻すために生き残る決意をした。戦いに挑むという、覚悟をしたつもりだ。

 

 だがそんなのは所詮口先だけ。

 まだその瞬間を知らないから、辛うじてそう覚悟した気になれているだけかもしれない。

 

 もしもこのまま行き、その瞬間が来たとして。

 俺は果たして、相手を殺せるのだろうか。倒れていた先輩へ剣を向けていたあのときのように、何の躊躇なく手を下そうとするアイへ、どういう反応をしてしまうのだろうか。


「それでヘンテコ女ー? ここまで自信満々に語りまくったけど、その決着のための作戦はないわけー?」

「はっ、この私を誰だと思ってるの? 反論だけして改善案を出さない連中と違って、この雅乃宮雅はしっかり策を考えているわ。……と、その前に夜刀神、学期末の校長先生くらい喋りすぎて喉渇いちゃったからコーラと……あとポテトも買ってきて。コーラはSでいいけど、ポテトは勿論Lサイズでよろしく」


 俯いてしまった俺への気遣いか、それとも単に自分で行くのが面倒だったからか。

 先輩は先ほどまでの真面目な空気なんてお構いなしに、人差し指でタッパーをコツコツと小突きながらこちらへと頼んでくる。


 ……セット一つ食べたのに、まだ足りないというのか。

 この前の焼き鳥屋でもそうだったけど、この人めっちゃ食べるよな。特別部活をやっているわけでもないのに、どうしてその爆食いでスタイルを保てるんだろうか。


 まあどうでもいい疑問のおかげか、一旦は思考を切り替えられたことにほっとしつつ。

 とりあえず、頼まれてしまっては仕方がないと立ち上がろうとした間際、そういえば俺の財布には一番大きな硬貨が一枚しか入っていない素寒貧事情を思い出し、上がりかけた尻が椅子へ付き直そうと──。


「ちょっとヘンテコ! ダーリンをパシリに使わないで!」

「うっさいわね。あ、はい千円。ついでに何か買ってきても怒らないけど……どうポチ、行きたいならワンと吠えてくれていいわよ?」

「……わんっ」

「ダーリン!?」

 

 ……仰せのままに。どんなお使いでも、この夜刀神めにお任せください。わんわんっ。

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