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第七話 拝啓、おじさんの長話は聞き流してもいいと思います

 重い雰囲気を察したのか、工房長は軽く笑ってお茶を濁す。

 「いや、お前がやっていることを否定したいわけじゃないんだ。悪かったな」

 「いえ・・・・」


 別の工房に行くとなったらこんな事言われて、一体何だっていうんだ?

 「どうでもいい話だが・・・俺も実は両親を亡くしていてな。親戚の養父に引き取られて育てられたんだ」

 「・・・・初耳ですね」

 「それはそうだろ。俺も初めて話すからな」

 何が可笑しいのか、工房長は自嘲気味な笑みを見せる。


 「俺の養父は屑みたいな男でな・・・。酒とギャンブルに溺れて、何か上手くいかないことがあるとすぐに俺を殴りつけたよ。

 だから・・・お前が血の繋がらない親のために、喜々として仕送りしていると耳にして正直疑ってしまったのさ」

 このご時世、家族に何もなく幸せに暮らしている方が珍しいかもしれない。

 親兄弟が亡くなるといった、分かり易い不幸もあれば、貧しさから家族内に不和が起きることもある。


 「その話を聞くと、俺は幸運だったみたいですね」

 「それはどうかな?」

 工房長は俺に目も合わさず、呟くようにそんなことを言う。


 「俺は養父が体を壊したと聞いた時、躊躇なく切り捨てたよ。

 養父の方は俺のことを恩知らずや、親不孝者だの散々口汚く罵ってったみたいだがな。

 だが、俺は養父を捨てたことで自分の生活が、人生が築けたと思っている。

 もし、あの時養父を面倒を見ていたら、今の俺はなかったはずだ・・・・」

 それを聞いて俺はどう返すべきだろうか。


 俺が何かを答えるより早く、工房長は自分の発言に肩をすくめた。

 「はは、つまらない話をしてしまったな。これでお前と最後になると思ったら、何か話した方がいいかと思ってな。忘れてくれ」

 「いえ・・・・正直、今までで一番興味深い話が聞けましたから」


 工房長はバカ野郎と独りごちっていたが、これは工房長なりの俺への花向けの言葉だったと考えるのは、いささか都合良く捉えすぎだろうか?

 考えてみれば、工房長とは仕事の話しかしてこなかった。今更だが、もう少し踏み込んだ話をしても良かったのかもしれないな。

 いずれにせよ、この工房ともおさらばになるとは、今日の朝には考えもしなかったことだ。


 「それで工房長、俺がその特別な工房に行くのはいつになりますか?出来れば、工房の仲間たちに挨拶くらいはしたいのですが・・・・」

 「ん?明日だな。いや、もう時間が過ぎているから今日になるか」


 ・・・・・・・は?

 「聞こえなかったか?最寄りの駅から始発で貨物に乗せて貰えるように話をつけてある。

 だが、それを逃すと他の予定が崩れるので送れないようにしてくれ、な。

 61番貨物駅で降りると、迎えの者が来てくれているはずだから、後はそいつらに従ってくれ、わかったか?」


 わからん、と言って一発殴りたい衝動をどうにか心の内に押し止める。

 「いやー、急な話だったからな。他の第二級資格持ってるのが、ほとんど所帯持ちでこんな今日明日の話に乗れるわけなかったから、お前がいて助かったよ。

 あ、先方には失礼のないよう気をつけろ。

 初日から遅刻なんて、最悪だからな」

 「・・・・・・・・」


 感傷的だった気持ちがすーっと引いていくのが、自分でもわかる。

 なるほど・・・・独り身で身軽だったのが俺だけだったという話か。なるほどね。


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