第五話 拝啓、月を見て言い伝えを思い出しました
工房長の呼び出しを無視する訳にもいかず、オラクには一足先に川獺亭に向かって貰うことにした。
やれやれ、こんな夜更けに一体何の呼び出しだ?賃金に比べ仕事量が多すぎる、と愚痴ったのが耳に入ったか?
竜鎧機の部品に偏りがあって、修理に手間取ると不満をこぼしたのが癪に障ったか?
それとも、別班の仕事が雑だという当然の指摘が問題視されたのか?
考え続ければキリがない。
いやいや、待て待て。悪く考えすぎたが、俺の今までの仕事ぶりに工房長が感動し、もしかしたら誰もいないところで労おうって事かも知れない。・・・・・何で誰もいないところで労わなければならないんだ。
アホらし。いくら考えたところで答えは出ない。
さっさと、工房長の元へ向かうか。
工房長は今、工房から少し離れた事務室にいるらしい。
ああ、今夜は満月か。そのおかげで、こんな夜更けといえども灯りがなくとも困ることはない。
そういえば月を見ると、昔母が古い言い伝えを教えてくれたことを思い出す。
確か話はこんな感じだった気がする。
むかしむかし、この世界には古い神様たちがおりました。
古い神様たちは大地を作り、そして太陽をお創りになられました。ですが、神様たちは太陽が東回りか西回りかで喧嘩を始め、最後には太陽の半分を壊してしまいました。
それによってこの世界には夜が生まれました。
そして、古い神様たちは一日の半分が夜になり、眠るしか出来なくなった退屈な世界を嫌って、違う世界へと旅立って行かれました。
古い神様たちがいなくなり、荒れ果てた世界でしたがしばらくすると、見かねた新しい神様たちがこの世界へとやって来ました。
新しい神様たちは荒れ果てた世界を整えると、夜真っ暗で何も出来ないことを憂い、壊れた太陽の欠片を集め、美しい月をお造りになられました。
それにより、真っ暗であった夜にわずかながら光が生まれ、人も動物も少しだけにぎやかに生きれるようになりました。
・・・・おそらくだけど、こんな話だったと思う。確信はないけど。
さて、昔話を思い出している内に事務室の前にたどり着く。
コンコン、と飾り気のない扉を叩いて名前を告げる。
「ユウゴ・ジャハルです。呼び出しに応じて参上仕りました」
慣れないながらも、うやうやしく過剰に丁寧な言葉を使ってみる。
「・・・・・入れ」
聞き慣れた、抑揚のない声が事務室から聞こえたので、「失礼します」俺は軽く会釈をしながら事務室に入る。
殺風景な事務室の中央に腰掛けている壮年の口ひげをたくわえた男が工房長である。確か名前は・・・・サカン・タルコシ、だったかな?
正直、呼んでも役職の工房長で名前などとんと呼んだ憶えがない。
「座れ」
「はい、失礼します」
向かい合うように腰を下ろす俺。
座ったものの工房長は何も話さず、自分の前にだけあるお茶をすすってゆったりしている。せめて、俺にも茶くらい出してくれればいいのに。
夜も遅いこの時間、おじさんとの無言の空間を楽しむ余裕は俺にはない。
「工房長、俺に何かご用ですか?もしかして俺の日々の働きに感涙して、皆に知られないようここで金一封をくれようってことですか?」
「・・・・・?賃金は契約通り払っているだろ。それが、お前の働きに応じた賃金だ。
それ以上の給金を、払う理由が思いつかんな」
でしょうね!アンタならそういうと思ったよ。
「それじゃあ、一体何の用事で俺を呼び出したんですか?大した用事でないなら、明日にして貰いたいんですがね?」
俺が憮然として答えると、工房長は少し考えた後ゆっくりと口を開いた。




