第三十九話 拝啓、大切なものは捨てられません
ちょっと、今回長いです。うーん、分けても良かったのかもしれないけど・・・。分けるのもなぁって感じです。
何時間経ったのか。浅い眠りを繰り返し、あんまりぐっすりとは眠れなかった。
あー、それも寝る前にタグマの野郎が変なことを言ってきたからだな。ったく、寝る前に来るなよな。操縦士には質の良い睡眠が大切だろ。
やれやれ、これ以上ベッドでゴロついても眠れないから、起きるとするか。
太陽は西に傾き、日没までにはまだ時間がある時間帯。夜間訓練の集合時刻には、まだまだ時間があり過ぎる。
中途半端に起きちまったな・・・。
やることのない俺は、しばし散歩のつもりで部屋を後にした。それで、来るのが是空の格納庫とは我ながら終わってる。
皆が忙しそうに動いている基地内を、だらだら散歩するのは気が引けるし、かといって基地の周りは広い荒野があるだけ。
そう考えると、俺がここに来るのも無理からぬ話か。
格納庫内は是空が佇み、夜中の熱気が嘘のように静まり返っている。
整備班のみんなもお疲れで、集まりの時間ギリギリまでは誰もここには来ないだろう。
「是空・・・・・か」
何となく正面に立って是空を見上げる。
この数週間、何度となく乗った実質俺の専用機のような竜鎧機ではあるが、いまいち是空の事を掴み切れていない感覚がある。
具体的に聞かれると難しいのだが、感覚的な体感的なものが、どうしてもしっくりきていないのだ。それが俺の操縦のせいなのか、是空の調整のせいなのか。
「わからないんだよなぁ・・・・・」
「何がわからないんですか?」
不意に声をかけられ、驚いて振り向く。そこにいたのはルテアだ。
「今日は夜間訓練ではなかったのですか?」
いるはずのない俺がいることを、不思議がっているようだ。
「ちょっと、眠れなくてね。暇なんで時間潰しに寄ってみた」
「そうなんですか、わかります。突然昼夜逆転するのって難しいですよね」
ルテアは、品の良い笑顔を浮かべて相づちを打つ。俺が眠れないのは、昼夜逆転が半分とタグマの戯れ言半分なのだが、それは黙っておくか。
「ルテアはここで何してるんだ?確か、今日もお偉いさんと会議じゃなかったのか?」
ここの所、ルテアはお偉いさんとの会議で引っ張りダコらしい。そういえば、格納庫でルテアを見るのも久しぶりの感がある。
「今日、来るはずだった軍の上層部の方が遅れているみたいで、ポッカリ暇が出来てしまいました」
そう言ってルテアは、困ったように照れ笑いを浮かべる。
なるほど。緻密なスケジュールを組んでいるからこそ、上手くいかないと変に大きな時間が空いてしまうのか。何事も、遊びというか余裕が必要なのかもしれない。
「・・・・ユウゴさん、是空の乗り心地はどうですか?」
乗り心地?おかしな事を聞くもんだ。乗り心地なんて聞いたところで・・・ああ、そういうことか。回りくどくて、真意が分かり辛かった。
「それ、聞きたいの本当に乗り心地か?本当に聞きたいのは、今の是空の調子なんじゃないのか?」
直接聞いたら、俺への圧力になると思ったのか?確かに、調整が上手くいっていない感じがあるけどな。
「俺から聞かなくても、細かな数値は報告にあがってるだろ?」
「・・・数値だけでは、分からないこともありますから。それを教えてくれたのは、ユウゴさんではないですか」
俺が?何を?さっぱり、思い当たる節がない。
「竜鎧機には、同調による数値だけではない相性みたいなものもあるって教えてくれたのは、ユウゴさんじゃないですか!」
ああ、あれか。是空に乗る前ちょっと話した記憶もあるが・・・・。
「いや、でもあれは現場では常識で、取り立てて凄い情報でもなかったけどな」
「でも、私は知らなかったです。皆さんの中では常識でも、私が知らない事なんていっぱいありますから。知らないことを理解して、私に教えてくれたのはユウゴさんですから!」
俺の素っ気ない態度が不満だったのか、力一杯に力説する。ふーん、そんなもんかね。
ルテアのことを改めて見る。本当に品の良さそうな綺麗な佇まいをしている。ルテアの生まれなど全く存じ上げていないが、絶対に高貴な家の生まれであることは容易に想像がつく。・・・・おっぱいも大きいし。
「な、何ですか?私の顔に何かついてます?」
おっと、あまりにルテアをじっと見過ぎてしまった。まぁ、眺め続けても、苦にならないほど整った顔立ちしているからな。
「賢そうな顔してるな、って思ってさ」
「それ、褒めてます?」
言われたルテアはご機嫌ナナメ。俺の率直な感想が気に入らないようだ。何が不満なのか。
「馬鹿っぽい顔、って言ったら悪口だろ?それの反対なんだから褒めてるよ」
「・・・そうですか?」
どうにもルテア敵に納得はいかないらしい。
「そもそも人の顔に、賢そう馬鹿そうって形容すること自体不適切だと思うんです。人の顔に知能指数は現れませんから!」
「そうかな?俺は人の顔にこそ、その人物の知性が滲み出るものだと思うけど」
「その言い方、ずるくないですか?」
はてさて、何が狡いというのか。
「だって、知性なんて言い方していませんでしたよね。“賢そう”なんて言葉を使うから、私は引っ掛かったんです。最初から、“知性溢れる”とか“知的に見える”とか言ってくれれば、私だって素直に喜べましたよ!
“賢そう”って、一見賢く見えるけど・・・って含みのある言葉に聞こえるんですよね」
「考えすぎだって」
「いーえ、違います。キッチリかっちり含みを持たせた悪口です!」
そう言い切って、スンとするルテア。やれやれ、こんなに強情な奴とは思わなかった。
「わかったわかった、言い直すよ。ルテア、お前は本当に小賢しい女だよ。これで満足か?」
「あー!もう、完全に私を馬鹿にしてるじゃないですか!」
まるで、プンスカという擬音が聞こえてきそうな怒り顔でルテアが睨んでくる。じっと睨み合い、そしてどちらともなく笑い声が漏れてくる。
「・・・・・・ぷっ!」
「・・・・・・ふふふ」
全くの茶番に、お互い我慢できずに笑い合う。静まり返った格納庫で、互いの笑い声が吸い込まれるように消えていく。
「あーあ、久しぶりに笑ったな」
「私もです。こんなに笑ったのはいつ以来か・・・」
最近はお互い、笑える立場でもなかったからな。俺は是空の操縦に、ルテアは軍の上層部との会議と、色々頭を悩ますことばかりだ。
「・・・・後悔していませんか?」
笑い声から一転、ルテアは真剣なトーンで俺に訊ねる。いきなりのことで、最初何を聞いているのかわからなかった。
「是空に乗ること、後悔してないですか?」
今までとは違い、ルテアも真剣な眼差しで聞いてきている。
「・・・・何でそんなことを聞くんだ?」
俺からすれば、今更感が強い。少しだけ、ルテアの表情に迷いが見える。
「一度、確認しておきたかったんです。あの時、断れる雰囲気ではなかったので・・・。
もしかしたら、本当は嫌だったのに断り切れずに、押し付けるような形になってしまったんじゃないかって・・・」
多くの金と人と時間を費やした新型機が、俺以外で動かせないとすれば、それは確かにそういう一面もあるだろう。
「でも、俺は乗るって言っただろ?」
「それが、“言わせてしまった”んじゃないかって言うんです!本当は乗りたくない、戦いたくなんてないのに、みんなからの圧力でそう言わせてしまったんじゃないですか!?」
まるで今にも泣き出しそうな顔で、俺を見上げている。切実でまるで懺悔するように、誰よりも追い詰められた表情を見せている・・・・バカ女だ。
「はぁ、タグマと同じ様な事言いやがる」
「え・・・・?」
想像していたどの言葉とも違っていたのか、ルテアはキョトンと俺を見ている。
「あのさ、俺は乗るって言ったんだ。それが全てじゃないのか?」
「でもでも、それはあの雰囲気の中で私たちが言わせてしまった言葉じゃ・・・・」
そこまで言われると、俺も感情的になりついルテアを睨み付けてしまう。ビクンと、驚く姿に悪いとは思いつつも、苛立ちは抑えられない。
「俺の“意志”を軽んじるのは辞めてくれ。そりゃ、圧力が無かったと言えば嘘になるが、その上で俺は是空に乗ると決めたんだ。
確かに押し付けられた側面はあるかもしれないが、それでも最後は俺が自分の意志で握ったんだよ。
お前達の圧力に負けて、掌を畳んだわけじゃねぇ。俺の意志で是空の手を握ったんだよ!」
そうさ!全くの自由意志なんて存在するわけない。家族や友人、大切なものがあればあるだけ人はそれに縛られるんだ。
人はその中で、大切なものに囲まれた小さな自由の中で、選択を迫られているに過ぎない。もし広い世界が欲しいなら、大切なものを捨てればいい。そうすれば、途端に無限の選択肢が自分の前に広がるはずだ。
でも、俺は捨てられないのだ。だからこそ、小さな自由の中で選んだ意志を蔑ろにはされたくないんだ!
「あ、あの・・・・・・・」
ルテアが何かを言おうとしたその時、耳障りな機械音が格納庫にこだまする。この音には聞き覚えがある。
「この音、警報か!」
『オルゴン軍占領区域より、多数の敵竜鎧機の発進を確認。繰り返す、多数の敵竜鎧機の発進を確認。第一種戦闘配備。基地内にいる者は直ちに戦闘配置に向かえ』




