第三十五話 拝啓、いつの間にか新しい環境です
空が高く感じる。澄みきった空を翔ぶことは、まるで底が抜けた深海に落ちるような錯覚を与えてくれる。
今俺が昇っているのか、落ちているのかわからなくなる刹那の時、この是空と一体化したような不思議な感覚に襲われる瞬間がある。
ただ、実のところそれを他人には喋ることはしない。最初それが起きたとき、周りの奴らに喋ったら「それは空間識失調だから危険だ!」と、言われてしまい精密検査や何やらで、随分大事になってしまった。
心配してくれているのは理解しているが、乗っている俺と周りの人達では認識が違いすぎて、伝わることはないと思う。
体験しているものがあまりにも体感的すぎて、そこにある“微妙で繊細で直感的すぎる僅かな差違”を上手く言葉に出来る自信がないからだ。
まっ、それは単に俺の勘違いで本当に頭が混乱しただけの可能性も無くはないからな。
『オラオラオラオラ!何ぼうっとしてんだよ!動かねぇなら模擬弾で撃ち落としてやろうか』
「ちっ、うるさい野郎だ!」
俺が是空に乗ると腹をくくった数週間後、俺は是空に慣れるために口の悪いガサツな男、タグマ三等機士と何度となく模擬戦をやるハメになっていた。
このタグマ三等機士なる男、生粋の竜鎧機操縦士らしく、戦闘経験の浅い俺のために用意してくれた相手らしいのだが、何が気に入らないのか何かと俺に要らぬちょっかいを出して来やがるのだ。
タグマが駆る竜鎧機は、アテルナ主力量産機の“嘉風”だ。戦ってわかるが、パワーとスピード旋回能力、どれもバランスに優れた実によく出来た竜鎧機だと感心するばかりだ。
『どうしたどうした新型機様がよ!その程度だったら、嘉風を量産した方が役に立っていただろ!使えもしないバカ高い竜鎧機造って、この税金泥棒がよぉぉぉ!』
こうやって、未だ是空に慣れない俺を口汚く罵って楽しむクソ野郎が相手なのだ。
「アホか、てめぇは!是空を造ったのは俺じゃねぇ、ルテアだろ!税金泥棒はルテアに言え!」
野郎の驚きと怒りに声が無線越しに伝わってくる。
『て、てめぇ、ルテアさんを呼び捨てにしやがって!馴れ馴れしいを通り越して、気持ち悪い野郎だなぁぁぁ!!』
「何勘違いしてやがる!呼び捨ては襲撃の件で開発チームが解散になったから、肩書きがなくなったルテアが言い出したんだよ!
てめぇこそ、何が「ルテアさん♡」だ!下心が見え見えで気色悪いんだよ!」
怒りにまかせてタグマが模擬弾を乱発してくる。推進器を吹かして弾を避けるが、相変わらずスピード上げるとバランスが難しくなる。
『だ、誰が語尾に♡マークを付けておるんだぁぁぁ!ルテアさんにし、下心などあるものか。俺は礼儀として敬称を付けているだけで、それ以外の意味などないわ!』
『いい加減にしなさい、この馬鹿共が!模擬戦とは言え、気を抜けば大事故に繋がるんだぞ!黙ってやれ!!』
無線から流れる厳しい女性の声は、俺の直属の上司となったベリタ十機長のものである。
数週間前、俺が是空に乗ることを決めたのまでは良かったが、それから色々な動きがあった。
まず、開発工房襲撃によって開発チームが解散した。襲撃が理由、というより是空の起動が理由のようだが、新しいチームとして再編が考えられているらしい。ちなみに、試験操縦士だったリド五十機長は、正式に軍に戻ったと言うことだ。
軍に戻る前には、結構揉めたらしいのだがそれに関しては責任者のルテアが対応したようで、平作業員であった俺には知る由もない。
そして俺も、新型機操縦士として改めて再編された部隊に組み込まれることとなった。
その部隊の部隊長がベリタ隊長で、俺ともう一人が性格の悪いタグマ三等機士である。
未だ再編の途中にある中で、今やれることと言えば領空監視とこの模擬戦くらいである。
『ユウゴ、盾を使いなさい!盾を!!』
盾!?そういやベリタ隊長が言ってたな。盾の使い方に慣れろって。俺は言われた通りに、模擬弾の前に盾を突き出す。
ダダダダダダダダだ!強い衝撃が是空を襲う。駄目じゃねぇか!こんな小さな盾で弾が防げるかよ。
『そうじゃない!!盾をそのまま構えるんじゃなくて、力を込めて“霊輪シールド”を張るの!』
霊輪シールド。確か霊輪による干渉力場を創り出して、攻撃を防ぐ方法だったはず。
俺は聞きかじりの知識で、漠然と力を込めてやってみる。
「んん!!」
構えた盾に光が宿る。出来たか!が、次の瞬間には模擬弾によって吹き飛ばされる。
『ダハハハハハハ!何だ何だ、その蛙の小便みたいなシールドは!?』
タグマの野郎、いちいち耳障りな笑い方をする。
『そうじゃないわ、ユウゴ!もっと、自分を守る想像を強く持つの。その想像を力場として、創り出すのが霊輪シールドなの!』
ベリタ隊長も簡単に言ってくれる!こちとら是空の操作で手一杯だよ。
『これで終いにしてやるよ!』
タグマは、嘉風の右肩に付けられた近接武器の大型槍を握り、俺に向かって突進してくる。
「舐めるな!」
こちらも剣を握りタグマの槍に応戦し、激しく刃が交差する。刃と言っても模擬刀ではあるが、それでもまともに食らえばかなりの衝撃になる。
一度二度と刃が交わり、互いの機体が交錯する。全力で振り下ろした嘉風の一撃を受け止められず、是空の剣が飛ばされる。
『ヌルいなぁ、新型のぉ!』
タグマは勝ちを確信する。だが、竜鎧機には尻尾があるのだ。
俺は尻尾に持たせていた竜機銃を手に戻すと、隙だらけの顔面に一撃をかまし零距離射撃で、模擬弾を片っ端から撃ち込んでやる。
『おおおおおお!?て、てめぇ、やりやがったな!』
「ヌルいのはてめぇだ、量産機!」
ただ、奴もただでは済まさない。是空にしっかり掴まって、2機同時で道連れに墜落する。
「はああああ?馬鹿野郎、タグマ!早く離れろ!!」
『えええい!死なば諸共。このタグマを甘く見たな!!』
アホか!これは模擬戦だぞ。死ぬつもりなど毛頭ない!
『二人とも、何でもいいから早く離れて!これは命令よ、早く!!』
隊長の必死な声が状況の切迫さを告げている。
タグマの野郎も流石に手を放し、俺達は地面ギリギリで推進器と姿勢装置を全開放してどうにか一命を取り留め不時着したのだった。
アテルナの階級で五十機長は中佐、十機長は少佐、三等機士は少尉とお考え下さい。あしからず。




