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第二十八話 拝啓、やった方は忘れてもやられた方は憶えています

 俺は、患者服を着替えてミシェラの案内で所長の下へ向かう。与えられたのは普通の平服。そういえば、俺の荷物の送り先とかどうなるんだろ。

 俺の病室は離れて静かだったので気づかなかったが、今も基地内は殺気立った兵士や重傷の患者など、襲撃の影響が色濃く残っていた。


 なるほど。どうやら新型に乗っていたことで、俺みたいな者でも多少優遇されていたらしい。

 そう考えると、おしっこの件も恥ずかしがるのではなく感謝すべき事か。

 ああ、いや、もう考えるのは止そう。あれは医療行為。ミシェラには感謝の気持ちだけを抱いて、二度と口にしないようにしよう。


 周囲が騒がしい中、俺とミシェラはお通夜のように静かに所長の下へ向かう。ピリカの不思議そうな顔が、少々憎らしいが心の中に留めておく。


 所長がいる部屋へと近付くと、突然の怒声に俺達は顔を見合わせる。

 「今回のこと、下手をすれば軍法会議ものだぞ!」

 軍法会議とは穏やかではない怒号の内容だが、その声にはどこかで聞き覚えがある。


 「はぁ、ダンドラム操縦士だね。面倒な奴が来ちまったね」

 ダンドラム・・・ああ!リドとかいう俺に初対面でビンタかましたクソ野郎か。

 「・・・・出直してきた方がいいのか?」

 面倒な奴なので会いたくないという気持ちもあるが、込み入った話なら席を外した方が良さそうだ。


 「んん・・・いいよ、入ろ。あいつに合わせてたら日が暮れちまうし、あんたと話がしたいって言ったのはルテアなんだからさ」

 そうか・・・それなら、入ってみるか。

 「ところで、ミシェラは時々所長のこと名前呼びしたり所長呼びしてるけど、何だ?」

 「ルテアとミシェラが仲良しだからじゃない?」


 ああ、そういう事か。ピリカの何気ない答えに納得したが、ミシェラが照れくさそうに言い訳をする。

 「いや、ルテアとは歳も近いし同性ってことで仲良くしてるけどさ、親父に注意されたんだよ。仕事場ではけじめをつけて、役職や上下関係は大切にしろってさ。

 だから、出来るだけ仕事場ではルテアのこと所長って呼んでるつもりっだたけど、もしかしたらちょいちょい出てたかもしれないな」


 「いやまあ、そういう関係なら全然・・・」

 問題ないです。俺の方は問題ないのだが、今度はミシェラの方がジト目でこちらを睨んでくる。

 「もしかしてあんた、私が勝手に裏でこそこそルテアを名前呼びしてると思ってたの?」


 「いや、別にそういう訳じゃないけど・・・俺こっちに来たばかりだから、どういう人間関係がわかんないんだよ。

 だから、仲違いとかしてたら面倒だなぁって思って一応確認しただけだよ」

 シンプルな人間関係が一番だ。仕事場では役職通りの仕事をして、私的(プライベート)な感情は一切持ち込まない。

 こういう仕事場が最も効率よく仕事をこなせるのだが、人間が働く以上必ず感情的なトラブルは発生するものだ。


 「まっ、言ってる事はわからなくないよ。今入ろうとしている部屋が、丁度そんな部屋だからね」

 ミシェラがコンコンとドアをノックする。

 「ルテア所長、ミシェラです。お呼びになっていた者が目を覚ましたので、お連れしました」

 ミシェラの事務的な声に対し、リド操縦士の怒りのはらんだ声が響く。

 「今大事な話の最中だ!後にしろ!!」


 苛立ちのある声の後ろで、所長の落ち着いた声がこちらに届く。

 「どうぞ、ミシェラ」

 「なっ!ルテア・・・・・・・・・」

 「ミシェラ、入ります」


 部屋の中は殺風景な飾り気のない個室に、二人が距離をとって立っている。

 二人の顔は対照的で、ルテア所長は少し疲れた様子でリド操縦士は苛立ち紛れの不満顔だ。

 ルテア所長も俺達が入ってきたことに、何処か安心しているようにも思える。何の話かはわからないが、先の調子で詰められては正直、しんどいものはあるとは思う。


 ルテア所長に同情を寄せていると、リド操縦士の怒りの矛先が、何故かこちらに向いてくる。

 「お、お前は・・・・!」

 リド操縦士がズカズカと凄い形相と勢いでピリカの方に向かってくる。

 「そこの妖精、お前新型に乗っていた妖精だな?言え!あの時、お前と一緒に新型には誰が乗っていたんだ!?」


 新型?ああ、是空に乗っていた時そんな無線があったな。リドは怒りにまかせて、小さい妖精のピリカを鷲掴みに向かってくる。

 「わわわっ!!」

 寸前、俺は横で乱暴に伸ばされたリドの腕を制止させるように掴み上げた。

 「・・・・・何だ、お前は?」

 「いくら何でも、妖精に対して乱暴じゃないですか?」


 妖精に暴力を振るうのは、アテルナでは御法度である。法律云々(うんぬん)の話ではなく、生理的かつ倫理的嫌悪感を人々に呼び起こしてしまうのだ。少し違うが子猫や子犬を乱暴に扱われる感情に似ている。

 妖精に迷惑をかけられ困る人もいるが、基本的には距離をとったり妖精が嫌う香りで近付かせないよう対策をして、できる限り妖精自体が傷つかぬよう配慮するほどだ。

 それほどこの国では、妖精を手荒に扱うことは嫌悪されている。


 「誰だか知らないが、その手を放せ」

 リドの目は冷たい。

 「・・・・前に自己紹介しましたがね」

 直後にビンタを食らったからな。


 「作業員風情の名前など、いちいち憶えているわけないだろう。いいから、痛い目に会いたくなければその汚い手をさっさと放せ!」

 この野郎・・・・。

 ビンタかました相手のことも憶えてないのかよ。俺だったら殴った相手くらいは憶えているぞ。

 だったらここで、一発くらい殴っても忘れてくれるんだろうな、オイ!


 なんて言っても殴ったことは忘れても、殴られたことは末代まで忘れないんだろうな。こういう奴は。

 俺の手を振り払おうと、リドの腕に力が込められる。明らかな敵意を向けられ、俺は一戦を覚悟して拳を握りしめる。


 「二人ともいい加減にしなさい!」

 ルテア所長の声が響く。所長の厳しい視線を受けて、お互い無言で手を放して距離をとる。

 リドの方は納得いかないのか、こちらを睨み付けるがそれも一瞬のこと。不満の矛先はルテア所長に向かう。


 「いいかい、ルテア!今回の新型機起動の件は、明らかに問題だぞ。

 私に内緒で操縦士(パイロット)を入れた事も、緊急時私の指示を無視したことも大問題だ!君には悪いが、今回のこと正式に上に抗議するから、覚悟してくれたまえ!」


 それを言うと、リドは俺達の方を一瞥もせずに勢いよく扉を閉めて、不満をアピールするかのように部屋を出て行った。

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