第二十六話 拝啓、これが是空です
奴はまだ圧倒的有利さから、本気で俺を仕留めに掛かっていない。
これ以上進んでは、奴は是空を捕らえるために戦闘態勢に移行してしまう。そうなっては難しい。ここが、勝ち負けの分水嶺だ。
俺は是空を急加速させる。この加速力に、付いてこれる竜鎧機などそうはない。あの夜鴉でさえ、是空の急加速には一歩遅れてしまうのだ。
そして奴はまだ、この急加速が逃げるための加速と思い込んでいるはず。
その油断を突く。
是空を傾け、推進器と姿勢装置を勢いよく噴出させて急旋回をとる。強い遠心力に、体が引っ張られ意識が飛びそうになる。
それでもその勢いを殺さぬまま、右肩に備え付けられていた大型剣を右手で高く引き抜く。夜鴉の反応は一手遅れ、その懐に刃が届く。
「獲った!!」
と、確信した瞬間推進器が暴れだし機体が大きく揺れ、刃は夜鴉の装甲を少し傷つけただけで、是空は地面に盛大に突っ込んでしまう。
「・・・・・・つう!!」
「きゃああああ!!」
強い衝撃が是空全体に伝わる。ピリカは小さい体が、あっちっこっちに跳ね返る。
クソッ・・・急旋回のせいで機体のバランスが保てなかったのか。
その時、警告音が操縦席に響き渡る。俺は咄嗟に、是空の剣を立て腕を構えて防御態勢をとる。
ガガガがががガガガががが。
夜鴉の機銃から銃弾の嵐が降り注ぐ。
「ぐうううううう!!」
「わわわわわわわわ!」
完全にだまし討ちが失敗した。銃弾の衝撃が是空の機体を揺らしてくる。夜鴉が本気で破壊しに掛かっているのだ。
殺られる!?
今までの牽制とは違う、明確な破壊の意志のある銃撃が俺達を襲う。激しい銃弾が是空を揺るがすが、その銃弾が是空の装甲を貫くことはない。
そう、夜鴉は是空の装甲を貫かんと銃弾を浴びせてくるが、是空の装甲は銃弾の全て弾いているのだ。
量産型なら、容易く撃ち抜かれていた機銃掃射も是空の装甲は難なく耐えきってみせる。
「こいつ・・・やれるのか?」
俺は剣を握り直して、夜鴉に向かい突進する。是空の装甲なら行ける!
機銃が効かぬと悟った夜鴉は機銃を捨てて空へと逃げる。逃がすかよ!
竜羽を広げて推進器をフカし、夜鴉目掛けて頭上に飛び上がる。
追い詰める俺に、夜鴉の大爪が是空を狩らんと振り下ろされる。
「おおおおおおおおお!」
「いけぇええええ!!」
気合いと共に、俺は握り込んだ大剣を振り上げる。
是空の剣はその力で、夜鴉の装甲を切り裂き、大爪もろとも一刀のもとに両断する。
「・・・・・やったのか!」
装甲を容易く両断する力に驚いたのも束の間、斬った夜鴉が大爆発を起こす。爆発を中心に強い衝撃波が是空を吹き飛ばす。
「うおおっ!?」
「きゃっ!」
竜鎧機は斬っただけでは爆発はしない。おそらく燃料タンクの方に、何かしらの強い衝撃か火花が飛んだのだろう。
マズい、この衝撃で均衡装置が完全にイカれた!推進器は安定せず、姿勢装置の一部も作動しない!
このまま地面に衝突する・・・・。
強い衝撃が体を駆け巡った事だけは憶えている。だが、そこまで。
そこから先は真っ暗。俺は意識を手放し、暗闇に呑まれてしまった。
俺が家を出たのは、14歳の時であった。
俺は10歳まで、田舎の初等教育舎に通って、それからは片道1時間かけて地元の小さな竜鎧機工房へ働きに行っていた。
ウチの田舎の子供はみんなこんなもんだ。畑仕事や山仕事、最低限の読み書きそろばんが出来るようになったら、即労働力として働かされる。
不満を持つ友人達は多くいたが、俺個人はそれほど不満ではなかった。
工房の仕事は結構好きだったし、地元の暮らしも大きな不満はなく、何より母と妹との暮らしが俺にとっては大切であった。
そんなお家大好きな俺が、家を出るようになったきっかけは13歳の頃。
その年、母が体をこわした。
もともと体の丈夫な方ではなかったのに、俺や妹のために働き過ぎたのが原因だ。母が働けなくなり、妹もまだ幼い。そうなると、この家族を支えられるのは俺だけだった。
正直俺は嬉しかった。不思議と思うか?まぁ聞けよ。
何故なら、目に見える形で母に恩返しすることが出来るから。分かり易い形で母や妹を支えられるのは、この上なくやり甲斐のあることだから。
子供ながらに、“ようやく俺の番が回ってきた”と訳のわからない使命感に燃えていたのは、流石に今となっては恥ずかしい。
ただ、母は悲しそうな顔をしていた。自分を俺に背負わせてしまったのが、どうしようもなく申し訳なかったのだ。贅沢は出来なくとも、子供達にできる限り自由な選択肢を、与えてやりたかったのだと思う。
子の重荷に、なりたくないと願う母だからこそ背負いたいと思ったのだ。
俺は、地元の工房の親方に事情を話し、稼ぎの良い都会の工房を紹介して貰った。
母や妹には「田舎を出て、都会で一旗揚げたいんだ」なんて言ってみたが、母にはどうにも真意は見抜かれていたようだ。
妹もかな?あれは、幼いながら変に勘の鋭いところがある。
紹介して貰った工房は、15歳からでないと働けなかったが、何やかんや誤魔化して15歳になる2ヶ月前から、雑用として働けるようにして貰った。
そうして俺は都会に行くため家を出ることになった。
家を出る前日は、妹がぐずって俺を困らせたが、同時にそれは俺の事を兄と慕ってくれていた証として、胸に嬉しさも込み上がらせてくれていた。
母はその日、俺を優しく抱きしめてくれた。子供の頃に感じたままに、優しく暖かく包んでくれたのだ。
「辛くなったら、いつでも帰ってきていいのよ」の優しい言葉が、俺に返る場所を与えてくれた。
とは言え俺は小賢しい子供だったので、俺が働かなかったら家が苦しいことは、十二分に理解していた。
それでも、その言葉は嬉しかった。居場所のない子供だった俺が、本当に帰れる家が出来たと思えた瞬間だったから。
優しい言葉が、時に人を縛る呪いの言葉になったとしても、母の言葉は嬉しかったのだ。
そして、そのことは母も重々承知した上で、俺のことを抱きしめてくれたのだ。
それが、俺が家を出た理由。俺が働く理由。俺がここに居る理由。
真っ暗だった暗闇に光が差し込む。ああ、どうやら目が覚めるらしい。
徐々に周りが白く照らされていく。俺は薄らと開いた目に、光を感じながら目を覚ました。




