女神の代行者は、アイシャドウで指紋を採る。~無職の理系女子、異世界で科学捜査官になる~
10月7日はミステリーの日なんだそうです。
そこでちょっとライトなミステリーものを。
短編で出してますが、読み切り的にまた書いてしまうかも。
「審判の女神よ、どうかお裁きを!」
神官の神殿中に響き渡るような声の後、女神像から白い光が放たれた。光が薄れた後には、怪訝な顔をした、一人の女性が立っていた。見たことのない素材の服。女性なのになぜかズボン。肩からは小さな鞄を下げている。
神官はこのような話を聞いたことがあった。女神に審判を願った際、見たこともない格好をしたものが遣わされることがあると。つまり。
「これは、『女神の代行者』!」
神官の声の後、ざっと周りのものが跪き、頭を下げた。
一方、女性の方はその姿を見て、はあっとため息をついた。彼女の名前は椿 理子。
理子は昔から、刑事ドラマが好きだった。特に科学捜査で犯人を追い詰めていくところがひどく好きだった。自分もそんな仕事がしたいと理系の大学に行き、採用試験を受けたが、あえなく惨敗。なにしろ狭き門なのだ。
「そのうちまた機会があるよ。」
と、友達に慰められながら飲んだ帰り道。突然見たこともない美女が現れた。
「すまぬが、妾の代わりに『科学捜査』とやらをやってくれんかの。いちいち呼ばれていては忙しくて敵わない。」
理子は一瞬きょとんとしたが、にへらと笑う。飲みすぎて色々な部分が吹っ飛んでいた。
「いいですよう。どうせ無職ですから。」
次の採用試験がいつ行われるのかは分からないのだ。
「そうか。恩に着るぞ!お主が困らぬようにはしておくゆえ!」
そういって美女はぎゅっと理子の手を握った。握られたところから自分の手が光の粒子になっていくのを見て、理子の酔いは覚めた。
「え?どういうこと?」
「頼んだぞ!」
その言葉を最後に、周りの風景はかき消え、現在に至る。
理子は頭を抱えた。
「代行者殿?」
一番近くにいる神官が恐る恐る声をかけてくる。
「落ち着くまでちょっと黙ってて!」
理子が言うと、神官は黙ってその場に跪いた。
混乱する頭で周りを見渡す。太い石の柱が立ち並んでいる、見たことのない建物。白い服に身を包んだ男女が跪いている。その中になぜか空いている空間には、縛られている男が二人。
なんだ、ここは。何なのだ。
『落ち着いて、理子!息を吐く!』
友達の声がふと頭をよぎる。実験の手順をうっかり間違えて慌てた理子に、かけてくれた言葉だ。理子はふうっと息を
吐く。全ての息を吐き切れば、吸うしかない。吸ったらまた吐く。そして吸う。何度か繰り返している間に、少し理子は落ち着いてきた。そしてある言葉を思い出す。
「異世界召喚。」
現代人が突然異世界に呼ばれるやつだ。多分理子の前に現れたのが女神だったのだろう。後ろの女神像とそっくりなのだから。思わず女神像を蹴り飛ばしたくなる衝動に駆られたが、なんとか我慢する。信者達に何をされるか分からない。
(『科学捜査』をやってくれって言ってたよね)
つまり、この世界には科学捜査というものが存在しておらず、今何か事件が起きているということだ。そして、女神の代わりに自分が事件を解決することになっているのだろう。
(ん?つまり解決しないと私はニセモノということになっちゃうの?)
ニセモノだと言われたら、ただでは済まないだろう。
なんとしても解決しないと!
最後にもう一度深呼吸をすると、一番近くの神官に視線を向ける。
「説明してもらえますか?」
「なるほどね。『女神の裁き』」
前には縛られ、俯いている二人の男がいる。
たくさんいた信者の方々には退場いただいた。見張られているようで落ち着かないからだ。残った神官の名前は、シャリフと名乗った。
「どちらかが強盗を働いたのですが、どちらも自分ではなく、相手を取り押さえようとしていたという。そしてどちらが行なったという証拠もないのです。そこで、女神様にお裁きをお願いした次第でして。」
シャリフが頭を下げたまま話をする。神官にとって彼女は神にも等しい存在だった。頭を上げるなんてもってのほかだ。
「やったのは俺じゃない!こいつが盗んで走ってるのを見て俺が止めたんだ。」
縛られた男の一人が理子の方を見て叫ぶ。
「嘘いうな!止めたのは俺だろう!」
もう一人の男が、今いった男に体当たりをする。最初に叫んだ男はバランスを崩して転がった。さらに体当たりをしようとする男を周りの神官が取り押さえる。
「普段はどのように裁きが下されるのですか?」
「女神のお言葉が降りてきます。」
「ちなみに『女神の裁き』はどのくらいの頻度で行われているのですか?」
「そうですね。ほぼ毎日かと。5日に一度神殿を閉めて清めますので、その日はありませんが。」
それは大変だ。理子は少しだけ女神に同情した。神というくらいだから他の仕事もあるのだろうに。
理子は立ち上がった。
やると言ってしまったのだから仕方がない。
「証拠があればいいのね?現場に案内してもらえる?」
「現場に行くのですか?」
シャリフが戸惑う。女神であればここで答えを出していた。
「私は女神じゃないの。捜査をしないと何も分からないわ。そうそう。その二人も連れてきてね。」
現場になったのはアクセサリーを売っている店だった。店といっても露店であり、同じような店が道の両側にずらりと並んでいる。理子が行くと言ったら、危険だからと人払いがされている。店は綺麗に片付けられ、今日も商売をしていたのか、アクセサリーが並べられている。現場保存という考え方はどうやらないようだ。店の端でうずくまっている店主に理子は近づく。
「取られたものは何ですか?」
理子に直接話しかけられた店主はどうしていいか分からず、ブルブルと震えている。
「顔をあげて直答してかまわない。」
シャリフの言葉に、店主はやっと顔をあげた。皺が深く、年を感じさせる女性だ。
「店のアクセサリーと売り上げです。もう店を閉めようと片付けをしていたら、後ろから押されて転んでしまって……。起きあがった時にはお金とアクセサリーがなくなっていたんです。」
よく見れば、顔にも傷がある。かなり強く押されたのだろう。
「盗んだ人がどちらに行ったのか分かりましたか?」
「いえ、まったく……。」
理子は首を傾げた。なぜあの二人が疑われたのだろう。
後ろにいるシェリフをみると、神官がわかっていると言うように頷いた。
「二人が道で争っていたのです。どちらも相手が泥棒で、逃げているのを捕まえようとしたと。道に散らばっていたアクセサリーもあの店の物でした。」
「つまり、どちらかが嘘をついていると。」
「はい。その嘘を見破る方法がないのです。」
神官が項垂れる。だから女神に縋ろうとしたのか。こんなことで呼ばれる女神も可哀想だが。
理子は店の中を見渡した。
証拠の基本と言えば、指紋だ。見た限り、手袋をしている人は誰もいない。盗まれたアクセサリーには指紋が付いていそうだが、もみ合っている間に触った可能性があるから証拠になりにくい。
「強盗が逃げた後、場所が変わっていたものはありますか?」
店主の女性に尋ねると、しばらく考えて、何かを思い出したらしい。
「そうそう、鏡を置いてあったのだけど、落とされてしまったんです。」
「その鏡は?」
「少し欠けてしまったので、下げてありますが。」
「見せて貰えますか?」
理子の言葉に店主は鏡を取り出した。確かに端の方が欠けている。
「これならいけるかも…。」
理子はハンドバッグの中身を確認する。財布にハンカチ、化粧ポーチに携帯だ。携帯の電源は押してみてもなぜかつかなかった。
ハンカチと化粧ポーチをバッグから取り出すと理子はシェリフに尋ねる。
「紙は用意できる?」
「紙、ですか?できますが。」
「持ってきて。」
納得のいかない顔ながらも、理子の要求をシェリフは飲んでくれた。
取りに行っている間に、理子は化粧ポーチからアイシャドーを取り出して、鏡に振りかける。ふうっと吹くと、指紋がいくつも表れてくる。みんな手袋をしないで触っているのだ。無理もない。ただ、その中でも鏡に手を置いたとしか思えない指紋があった。この手の形は、右手だろう。
「持ってきました。」
「ありがとう。」
シェリフから紙を受け取ると、縛られている男たちの背後に回る。右手を掴むと男は驚いて振り解こうとした。
「何しやがる!」
「ちょっと押さえててくれる?」
神官が動けなくしている間に、理子は男の右手の指に口紅を塗った。その後ぎゅっと紙に押さえつける。もう一人の男は不思議な顔をしていたが、黙って理子のするがままに任せていた。
「さっきから何をされているんです?」
怪訝そうに尋ねるシェリフに、理子は答える。
「指紋鑑定よ。」
理子は手を神官に見せる。
「指の先にあるこの模様……指紋が同じ人はいないの。だから、この鏡に残っている指紋がどちらの男のものか分かれば、犯人が分かるわ。」
「まさか。」
シェリフが呆然とした顔で自分の手を見る。理子は紙に映し取った二人の指紋をシェリフに見せた。
「ほら見て。この二つの指紋は形が違うでしょう?」
「本当だ……。こちらは渦を巻いてますが、こちらは渦になっていない。」
「じゃあこの鏡についた指紋を見て。犯人が逃げる際に鏡を触っていったのよ。これが証拠。」
食い入るように指紋を見たシェリフが、ぱっと理子を見る。
「渦を巻いていません!」
「そう。つまり、そっちの指紋の持ち主が犯人だわ。」
理子の視線が向いた男はギョッとして立ちあがろうとする。
「う、嘘だ!そんなものでわかるわけがない!」
「証拠は嘘をつかないわ。それなら貴方、ここに貴方の指紋がついている理由を言えるの?」
「それは……。くそっ」
言葉に詰まった男は押さえていた神官に体当たりをするとそのまま走り出そうとする。それにもう一人の男が足をかけた。
もんどりうって倒れる男を神官がまた取り押さえる。
「連れて行け。」
シェリフの言葉で男は神殿へと連れて行かれた。男の目は忌々しそうに、理子を睨んでいた。
「あなたの無実は証明されました。」
シェリフが縄を解くと、男は理子の前に来て跪く。
「理子様のおかげで、私の無実が証明されました。このご恩は命をかけてお返しいたします。」
「困っている人を助ける。それが私の仕事だから。気にしないで。」
それよりも理子には気になっていることがあった。解決したのだから女神様が帰してくれると思ったのに、その気配すらない。
「帰りたいのだけど、どうしたらいいのかしら。」
その言葉にシェリフと男は愕然とした顔をする。
「帰るなどと、とんでもない。理子様の『捜査』というものをもっとお教え願いたいのです。」
「俺もまだ恩を返しちゃいない。女神様から帰れと命令があるまではここにいてくれないか?」
どうやら帰してはもらえないらしい。理子は再び頭を抱えたが、すぐに諦めた。どうせ元の世界でも無職だ。次の採用試験もいつになるか分からない。
理子は肩をすくめた。しかし、その表情は、どこか晴れ晴れとしていた。
「分かりました。科学捜査を教えます。ただし、一つ条件があります。」理子は目を細め、きっぱりと言い放った。「あなたたちには、私が帰る方法を、この神殿の威信にかけて探し続けてもらいます。私が教える知識は、そのための交換条件です。」
シェリフと男は顔を見合わせ、深く、心から頭を下げた。
「承知いたしました!理子様のご要望、必ずや果たしましょう!」
「よろしい。」
理子は満足げに頷いた。
「では、まずは現場保存からね。次から何か事件があったら、片付けたりせず、立ち入り禁止にしておいて。」
「は、はい。」
「そして、手袋が欲しいわ。大量に。」
この世界で『科学捜査』を広め、女神が私を『もういらない』と思うようにしてやる。理子はそう決意した。
理子から次々と出る言葉に、シェリフは目を丸くしながらも、その先にある新しい時代の光を見た気がした。
無職の理系女子が作り上げた「科学捜査隊」。その圧倒的な知識と技術は、この世界の常識を根底から揺るがしていくことになるのだが、それは、また別の話。
読んでくださり、ありがとうございます。
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