4.魔法を使いたいのです。
俺は柔らかなベッドの上に横たわっていた。腕には包帯が巻かれ、じんわりとした温かさが染み込んでくる。どうやら治療を受けたらしい。
部屋の中には、心配そうに私を囲む三人の姿があった。長女のリシア、次女のエレナ、そして母——セシリア・スフィアート。
「クロノ……痛みは大丈夫?」母が優しく手を握る。
「はい……少しジンジンしますが、大丈夫です……」
魔法の治療を受けたのか、折れてはいなかったらしい。それでも、強い衝撃を受けたせいでしばらくは痛みが続くらしい。
しかし、そんな私の状態よりも、エレナは別のことが気になっていたようだ。
「あの動きは何…!? まるで一瞬で動いたみたいに…!」
興奮した様子で、エレナが私に詰め寄る。——まあ、そうなるだろう。
普通に考えて、誰の目にも私は瞬間移動したように見えたはずだ。さっきまで離れた場所にいた私が、突然エレナの前に現れ、木箱を受け止めたのだから。
俺はなんとか動揺を抑え、適当な言い訳を考える。
「えっと……それは——」
言いかけた瞬間、リシアがふと思案するように呟いた。
「もしかして……レグナス……!? 本で読んだことがあります」
「レグナス……?」俺は聞き慣れない単語に眉をひそめる。
「極意です。人が限界を超えた瞬間に、一時的に身体能力が飛躍的に向上する現象……稀に、戦場や修行の中で発現することがあるそうです」
リシアは冷静に説明しながら、じっと私を見つめた。
なるほど、そんな便利な概念があるのか。確かに、あの状況は外から見れば、瞬間的に限界を超えたように映っただろう。俺が《時刻神威》を発動し、時の流れを止め、そして再び動き出したとき、まるで一瞬で移動したように見えたはずだ。
俺は小さく息をつきながら、静かに頷いた。
「……そう、だったのかもしれません」
「すごいわクロノ! まさかあなたがそんな力を持っているなんて!」
エレナが目を輝かせながら興奮気味に言う。リシアも納得したように微かに微笑んでいた。母も優しく私の頭を撫でながら、
「無理はしないでね」
と穏やかに言葉をかける。
そういうことにしておこう。
真実を明かすわけにはいかない。俺の力、《時刻神威》は、まだ未知の部分が多い。下手に公言すれば、思わぬ問題を引き起こすかもしれない。
「とにかく、私は大丈夫です」
そう言って、安心させるように微笑む。
——こうして、俺は《時刻神威》の存在を隠したまま、成長していくことになる。
——それからしばらくの時が過ぎた。
俺はこの世界で順調に生活を送っている。貴族としての教養を学び、姉たちと遊びながら日々を過ごし、時折《時刻神威》の鍛錬も欠かさない。
だが、困ったことがひとつあった。
それは——
《魔法》である!!
貴族の子供は、ある程度の年齢になると魔法の才能を試し、鍛え始めるのが通例だ。そして、姉たちはすでに魔法の修練を始めていた。長女リシアは剣の才能に優れているが、基礎魔法もそつなくこなし、エレナに至っては魔法の適性が高く、将来は魔導士としての道を勧められるほどの才能を持っていた。
しかし——俺には魔法が使えなかった。
正確には、魔力は感じるのに、いくら試しても魔法が発動しない。詠唱を唱えても、杖を構えても、何も起こらない。貴族の家に生まれておきながら魔法が使えないのは、かなり問題だった。
そして今——俺は魔法の特訓中だった。
広い庭園の訓練場。魔法教師が見守る中、順番に基礎魔法の訓練が行われている。リシアはすでに火属性の《炎槍》を放ち、見事な魔力制御を披露した。エレナは風属性の《風刃》を軽々と操り、教師に褒められている。
そして——ついに俺の番がやってきた。
「クロノ坊ちゃま、では詠唱を」
俺はゆっくりと息を吸い込み、両手を前に出す。
「《炎玉》」
ボオオォン!!
通常の《炎玉》とは比べものにならないほどの爆発が起こり、的が黒煙を上げながら吹き飛んだ。周囲に衝撃波が広がり、教師や姉たちが驚いた表情で俺を見る。
——なぜ魔法が使えないはずの俺が成功したのか?
説明しよう!
俺の持つ《時刻神威》は、時間を止める力。止めた世界の中では俺自身以外は動けない。だが、一つだけ例外がある。
——俺が触れたものは、意志の力で動かせる。
つまり、通常の《時刻神威》では時間を止めている間は全てが静止するが、俺が直接触れ、念じたものだけは、その止まった時の中で自由に動かせるのだ。
この特性を活かし、俺は以下の手順を踏んだ。
① 詠唱した瞬間、時間を止める。
② 止まった世界の中を歩き、的へと向かう。
③ 異世界のオイル的なもの——可燃性の強い薬品を的にかける。
④ マッチに火をつけ、的の上にそっと置く。
⑤ 時間を再び動かす。
こうすることで——
結果、通常ではありえない大爆発が発生する!!
俺は何もしていないように見えて、実際には時間の中で細かく仕込んでいたのだ。魔法の才能がなくとも、《時刻神威》の応用さえあれば、この世界の理を捻じ曲げることができる。
ズゥゥゥン……!
爆風が収まる中、俺は涼しい顔で立っていた。煙の向こうで、呆然とする教師と姉たち。
「……え?」
エレナがぽかんと口を開けた。リシアは目を細め、考え込むような表情をしている。教師に至っては完全に言葉を失っていた。
——どうやら、俺の魔法は”成功”しすぎたらしい。
だが、一つだけ確信したことがある。
俺はもう、時間停止の中で自由に動ける。




