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3・動いて!!

 俺は毎日、《時刻神威》の練習をした。どんな日も、欠かさずに。


 最初はたったの1秒しか止められなかった時間。しかし、繰り返し使うことで、少しずつ感覚が掴めてきた。発動するときの感覚、集中の仕方、そして限界の見極め。幼い体で思うように動けない中でも、俺は必死に試行錯誤を続けた。


 成長すれば、もっと長く止められるかもしれない。もっと自由に操れるかもしれない。


 ——俺は諦めない。たとえ、この力が誰にも知られることなく、影に隠れたままだとしても。


 俺は2歳になった。


 《時刻神威》の練習を続けた結果、止められる時間は5秒にまで伸びた。しかし、新たな問題があった。


 ——止めた時間の中では、俺自身は動けない。


 周囲の動きは完全に止まる。風も、音も、すべてが静止する。しかし、俺の体はまるで鎖で縛られたかのように動かせなかった。


 つまり、今の俺の《時刻神威》は、ただ世界の流れを止めるだけの力。止まった世界の中で何かをすることはできない。


 それでも——5秒の停止は大きな進歩だ。成長すれば、きっとできることも増えるはずだ。俺は焦らず、この力をさらに鍛えることを決意した。


 さらに1年、そしてさらに2年——時は過ぎ、俺は5歳になった。


 ようやく言葉を話せるようになり、周囲の大人たちとも会話ができるようになった。しかし、肝心の《時刻神威》の成長は思ったほど伸びていない。


 時間は10秒。


 3年間の訓練で、たった5秒しか延びなかった。そして何より、依然として止めた時間の中で俺自身は動けない。


 期待していたほどの進歩ではない。だが、それでも諦めるつもりはなかった。


 《時刻神威》は確実に成長している。時間を止める力を持っているだけでも、十分に価値はあるはずだ。問題は、どうやってこの能力を活かすか——


 そんなある日、次女のエレナに遊びに誘われた。


 「クロノ! 一緒に遊ぼう!」


 2歳年上のエレナは、とにかく元気な子だ。屋敷の中を走り回るのが大好きで、使用人たちに注意されてもまったく懲りない。俺にもよく構ってくれて、こうして頻繁に遊びに誘ってくる。


 一方、長女のリシアはおしとやかで、幼いながらもすでに貴族の娘らしい威厳を持っていた。姿勢は常に美しく、言葉遣いも丁寧。俺やエレナのように騒ぎ回ることはほとんどなく、静かに本を読んでいることが多い。


 「いいですよ。なにをしますか?」


 エレナは元気よく笑い、「決まってるでしょ! 剣の稽古よ!」と木剣を差し出してきた。俺はそれを受け取りながら、苦笑する。遊びとは言っても、これはほぼ本格的な訓練だ。


 リシアは幼いころから剣の才能を見せており、使用人たちからも「将来は名のある剣士になる」と期待されている。一方のエレナは、剣士を目指してはいるものの、どうやら魔術の才能があるらしく、剣よりも魔法の適性を指摘されることが多いらしい。


 そして俺は——何の才能もない。ただの貴族の三男坊。剣を振っても特に上手くなる気配はなく、魔力の適性も今のところ感じられない。唯一持っているのは《時刻神威》という特殊な力だけだが、それも未だに制限だらけ。止まった時間の中で動けなければ、戦闘ではほぼ意味がない。


 俺たちは夢中で木剣を打ち合わせた。エレナはまだまだ力任せな剣筋だけど、それでも勢いがあって全力で向かってくるのがわかる。俺も負けじと構えるが、気づけば何度も打ち込まれ、バランスを崩して尻もちをついてしまった。


 「クロノ、もっと踏ん張らなきゃ!」


 エレナが得意げに笑う。俺も悔しいが、これが実力の差だ。剣の素質がないのはわかってる。それでも、こうやって身体を動かすのは楽しかった。


 だが——次の瞬間、異変が起こった。


 ガタッ——!!


 頭上から何かが崩れる音。反射的に顔を上げると、木箱のようなものが棚の上から滑り落ちていた。しかも、落下地点には——エレナがいる!!


 「——っ!!」


 まずい……!!


 俺はとっさに叫んだ。


 《時刻神威》発動!!


 視界が揺らぐ。空気が一瞬凍りついたように感じる。エレナの髪が揺れたまま止まり、落ちていた木箱も空中でピタリと静止した。


 成功した。だが——動けない!!


 止めた時間の中で俺は動くことができない。頭の中で叫ぶが、手も足も指一本すら動かせない。ただ、目の前の光景を見つめるしかなかった。


 このままでは、時が動き出した瞬間、エレナに木箱が直撃する……!!


だめだ……!!!


 時間は止まっている。エレナは驚いた顔のまま動かず、木箱も宙に浮いたまま静止している。俺はこの光景をただ見つめることしかできなかった。


 動け……!動けぇぇ!!!


 必死に体を動かそうとする。手を伸ばせ、足を踏み出せ、せめて声でも……! だが、どれだけ力を込めても、まるで身体が鎖で縛られているかのようにピクリとも動かない。


 このまま時間が動き出せば——エレナは確実に下敷きになる!!


 頼む……!! 俺に、俺にできることはないのか!? 俺の《時刻神威》は、ただ時間を止めるだけの力なのか!?違うだろ……!!こんな無力なままでいいはずがない!!!


 「動けぇぇぇぇ!!!!」


 声が枯れようが関係なかった。喉が裂けるほど叫び、全身に力を込める。全神経を集中させ、指一本でもいいから動けと願う。心臓が爆発しそうなほど激しく脈打ち、頭の中は「動け」という言葉で埋め尽くされた。


 こんなところで、ただ見ているだけなんて嫌だ……!!


 エレナが危ない。俺は守らなきゃいけないんだ。時間を止められるだけの存在じゃない、止めた世界の中で——俺は!!


 “ピタッ”


 ——動いた。


 指が、震えながらもわずかに動いた。その瞬間、鎖が千切れるように全身に感覚が戻る。俺は反射的に足を踏み出した。止まった世界の中で、確かに俺は——自由に動いていた。


 俺は迷わずエレナに駆け寄った。止まった世界の中、足音すら響かない静寂の中で、全力で走る。体が重い。まるで深い水の中を必死に進むような感覚。それでも——今は動ける!!


 エレナのすぐ前に飛び込み、彼女の頭上へと手を伸ばす。落下寸前で静止している木箱。その下敷きになれば、ただでは済まない。俺は迷わず、全力で両手を広げ、それを受け止める体勢を取った。


 そして——


 “カチリ”


 世界が動き出した。


 風が吹き、音が戻る。エレナの髪がふわりと揺れ、木箱が俺の腕に落ちてくる。衝撃が両腕を襲うが、なんとか耐えた。


 「えっ……?」


 エレナが驚いた表情で俺を見上げる。ついさっきまで目の前になかったはずの俺が、突然現れて木箱を支えているのだから当然だろう。


 俺は息を切らしながら、それでも必死に笑った。


 「……間に合った……!」


「す…すごい…どうやって…」


エレナが驚いたまま俺を見つめている。


「クロノ、大丈夫なの!?」


 すぐに俺の腕へと視線を移し、心配そうに声を上げる。俺は何とか笑おうとしたが——


 ズキンッ!!


 激痛が腕を走る。支えた瞬間はアドレナリンのせいか気づかなかったが、どうやら衝撃をまともに受けていたらしい。じんじんと痺れるような感覚に、思わず顔をしかめる。


 ——痛い。折れてるかもしれない。


 それでも、エレナが無事なら、それでいい。俺はゆっくりと木箱を横に押しのけ、膝をついた。


 「クロノ!」


 エレナの声が響く。


 ——そして、この出来事は、俺の運命を大きく変えることになる。

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