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2. 時よ止まれ!

 意識がぼんやりとしている。夢の中にいるような、ふわふわとした感覚。目を開けようとするが、まぶたが重く、なかなか動かせない。


 ——声が聞こえる。


 「まあ……なんて可愛らしい……!」


 「元気な男の子ですよ!」


 優しく、どこか温かい声。けれど、何を言っているのかはよくわからない。頭の中に響く音のようで、それが言葉なのかどうかすら曖昧だった。


 ようやく目を開く。ぼやけた視界の向こうに、大人たちの顔が見える。見知らぬ女性が俺を抱いている。その表情は優しく、目元には涙が浮かんでいた。


 俺は息を吸い込もうとする。しかし、思うように身体が動かない。手足も小さく、声を出そうとしても、出てきたのは——


 「おぎゃあ……!」


 ——まさか。


 意識が一気に冴えわたる。状況を理解した瞬間、背筋が凍った。


 俺は——赤ん坊に転生していた。


 周囲の人々は笑顔で俺を見つめている。どうやら、貴族か何かの家に生まれたらしい。美しい服をまとった女性が俺を抱きしめ、そばには立派な服を着た男性が目を潤ませている。


 だが、俺にはそれどころではなかった。


 (どうする……?)


 赤ん坊の身体では、思うように動けない。言葉を話すことすらできない。しかも、俺は「時刻神威(クロノス)」という力を与えられたはずだが、どうやって使えばいいのかもわからない。


 この世界はどんな場所なのか? エリスの呪いの影響はあるのか? 俺は、無事に生き延びることができるのか?


 混乱する頭の中で、俺はただ、小さな手を握りしめるしかなかった。


 1年が経った。


 俺はまだ言葉を話すことはできないが、少しずつこの世界のことがわかってきた。


 まず、この家は貴族の家柄らしい。とはいえ、王族に近いような名門ではなく、中位貴族と呼ばれる立場のようだ。それでも生活は十分に裕福で、召使いや使用人が何人もいる。俺が泣けばすぐに駆けつけ、どんな些細なことでも世話を焼いてくれる。


 俺の名前はクロノ・スフィアート。このスフィアート家の三男として生まれた。上には姉が二人いて、長女がリシア(4歳)、次女がエレナ(2歳)。二人ともまだ幼いが、俺にとっては立派な年上だ。


 リシアはしっかり者で、すでに簡単な言葉を話し、大人びた態度を見せることもある。一方のエレナはまだ幼さが残り、俺と一緒に遊ぼうとしてくることが多い。時には無理やり抱きしめられたり、頬をむにむにと引っ張られたりすることもあるが、そこに悪意はない。むしろ、俺を可愛がってくれているのが伝わってくる。


 屋敷は広く、部屋の天井も高い。家具や装飾は上品で格式があり、どうやらこの家はそこそこの地位を持っているようだ。


 俺はまだ立つことすらできず、話すこともできないが、観察を続けることで少しずつ自分の置かれた状況を理解し始めていた。


 そしてある日——俺は突然、スキルを使えるようになった。


 原理はまったくわからん。だが、この世界に来てからずっと考えていたことがある。


 「時を操る力を授かったはずなのに、なぜ発現しない?」


 もしかすると、発動条件があるのかもしれない。もしくは、俺が気づいていないだけで、何かきっかけが必要なのか——そんなことを考えながら、俺は毎日心の中で**「時よ、止まれ!」**と念じ続けていた。


 そして、ある日。


 ふと、俺の視界が奇妙に歪んだ。


 時間が——止まった。


 ほんの一瞬、空気が凍りついたように感じた。姉のエレナが俺に向かって手を伸ばしていたが、その指先は動きを止めていた。カーテンの揺らめきも止まり、外の鳥の鳴き声すら消えている。世界が静寂に包まれた。


 ——1秒。


 次の瞬間、時間が再び流れ出した。エレナの手が俺の頬に触れ、外から鳥のさえずりが聞こえてくる。まるで何事もなかったかのように、時間は普通に進み始めた。


 俺は息を呑んだ。


 ——今のは、間違いなくスキルの発動だった。たった1秒。しかし、確かに時間が止まった。


 俺は、ついに“時刻神威”の力を手に入れたのだ。

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