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ローファンタジーショートショート

夜明けはカラスと共に

「ああ、さむさむ」


 家を出た私は思わずそう口に出していた。真冬の、まだ日も出ていないような早朝のことである。寒いのも当然だった。

 だが寒いと分かっていたとしても、それでも口から言葉が出てきてしまうほどに家の外は寒かった。


「さて、と」


 家から流れた暖気がほんのわずかに残っている玄関扉の前で何度か身震いをしてなんとか寒さに体を慣れさせた私はそう呟くと、ゆっくりと歩き始めた。

 まだ街のほとんどが眠っているようなこの時間に散歩をするのは昔からの趣味だった。普段はうるさいほどに車や自転車が行きかう道路だが、いまは私しかいない。そんな街を独り占めしているような感覚が好きだった。


「おはよーさんっす。相変わらず朝はやいっすねー」


 そんな感覚を楽しんでいると、最近になり馴染みが出てきた声が遠くから挨拶をするのが聞こえてきた。振り返ると、昇り始めた日の光で視界が眩み思わず顔をしかめる。

 しかしすぐにそれにも慣れて、私の目は太陽を背にしてゆっくりと自転車を漕ぐ一人の少年の姿を捉えた。

 塗装を塗り直したばかりらしい真っ黒なボディの自転車の上に、詰襟の制服を着た少年が跨っている。嫉妬してしまいたくなるほどに艶やかな黒髪と制服の間に挟まるあどけない顔は、ニコニコと人懐こい笑みを浮かべていた。

 こちらは着膨れるほどに厚着をしてもまだ寒いというのに、少年は上着を羽織らないどころか制服のボタンすら留めていないのにまるで寒そうにしていない。

 若さというやつなのだろうか、と年寄りくさい言葉が頭をよぎる。


「よっ、少年。今日も朝から精が出るね、ゴクローさん。自転車の調子はどう?」

「最高っす! あの日もお姉さんのおかげでアマさんに怒られずに済んだので感謝してるっす!」


 私に追いついた少年は、歩いている私の速度に合わせて器用にゆっくりと自転車を漕ぎながらニコニコ顔にさらに感謝の色をプラスしてそう言ってきた。



 幾日か前の話である。いつもと同じように散歩に出かけようと家を出た私は、家の前で半べそをかいているこの少年を見つけたのだ。

 なんとか落ち着かせて話を聞いてみると、自転車が壊れてしまって仕事が出来ない、このままではアマさんに怒られてしまう、と言うようなことを何度も言っていた。

 そこで私はその自転車を見てみると、なんてことはない、ただチェーンが緩んで外れてしまっただけであった。私は少年を落ち着かせてから一度家に戻ると、道具を持ってすぐに取って返した。

 私の家が祖父の代から続く個人経営の自転車屋であるのが幸いした形である。なんだか急いでいるようだったので数分ほどで簡単にチェーンの調整を終えた私は少年に向けて言った。


「一応走れるようにはしたけど、あくまでも応急処置だから。用事が済んだらまた持ってきて。チェーンだけじゃなくてあちこちに細かいガタが来てるから本格的に修理しちゃいたいからさ。あ、それとも行きつけの自転車屋とかある? あるならそっちに持って行くのも良いかな」

「えっ……あの、お代は……?」

「ああ、いいよいいよ。さっきも言ったけど応急処置だからさ。ただ本格的に直すとしたらしっかり徴収するから。だから恩に感じてるなら持ってきてよ」


 そしてまだなにか言いたそうにしている少年に向けて、なんか急いでたんじゃないの? と言った。すると少年は時計を見て飛び上がると、お礼には必ず来るのでと言いおいてすごい勢いで自転車を走らせて去って行ってしまった。


 散歩から帰ってきた私はそんなことがあったことすら忘れて店を開け、馴染みの客や近くで急にパンクをしてしまった一見さんなどを相手に普段通りの仕事をこなしていた。

 そしてふと客足が途絶えたほどのタイミングで、少年はまた姿を現した。


「今朝はありがとうございました」


 少年は開口一番にそう言って深々と頭を下げると、今朝私が言った言葉の通りに自転車を預けてくる。そして、調整が終わると、私が言った値段よりも多いお金を渡してきた。

 こんなには受け取れないという私に対して少年は自分がどれだけ助かったのかということを語り、本当に助かったっす、と何度も何度も、私が折れてお金を受け取るまで言い続けてきた。


 その日から少年は散歩中の私を見かけると近づいてきて話しかけてくるようになったのだ。



「そういえばさ、毎朝なに運んでるの?」


 私は前から気になっていたことを尋ねた。少年の自転車の荷台にはそれなりに大きなボックスがしっかりと取り付けられていた。

 新聞か、それとも牛乳配達だろうか? 私の乏しい想像力ではそのどちらかしか思い浮かばなかった。

 少年はにかっと笑うと自分の後ろを親指で指してこう言った。


「これは秘密なんすけど、あれを運んでるんすよ。本当はアマさんの仕事なんすけど、冬の朝早くは寒いから嫌だって言うから代わりに」

「片手運転は危ないからしないの」


 私がそう注意すると少年は後ろを示していた手を慌ててハンドルに戻した。

 それを見届けてから私は少年が先ほど指していた方を見る。しかしそちらにはなにもなく、ただ少しずつ昇ってきている日の光が黄金色に道を染めているだけだった。


「っと、あんまり遅れちゃうとアマさんに怒られちゃうっす。あんまり怒らせてまた岩戸に隠れられてもやばいんで、じゃあお姉さん、また今度! また自転車の調子が悪くなったらお店に行かせてもらうっす!」


 そう言うと少年はぐっと足に力を込めて思いっきりペダルを踏む。そして風が巻き上がるほどの速さで自転車を漕いで行ってしまった。

 風を受け、どこかカラスの羽を思わせるような形に膨らんだ学生服の背中を眺め、次いで少年の背を追いかけるように昇って来た太陽に目を向ける。

 ほんの一瞬、少年の漕ぐ自転車に置かれているボックスからなにか紐のようなものが昇りつつある太陽に向けて真っすぐに伸び、まるで太陽を凧のように上げているようにも見えた。しかし驚いて瞬きをするとすぐにその紐は見えなくなってしまっていた。


「ひょっとして、とんでもないお得意さんができちゃった?」


 突拍子もない想像を巡らせてからそんなことを一人呟いて私は思わずくすくすと笑い声をあげてしまった。

 そうして、いつの間にか止めてしまっていた足を動かして散歩を再開する。昇った日の光がなんとも快い暖かさで、気持ちよく散歩が出来そうだった。

こちらは先日投稿した「自転車とカラスと太陽と」が少し分かり辛いかなと思い書き直したリメイクですね

分かりやすくなったかどうかはちょっと自信ないです


お読みいただきありがとうございます

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