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第7話:スズキ、サキュバスは初見です

 そんなこんなで夜が来た。俺はデリックさんの家の2階で毛布にくるまりながらサキュバスを待っていた。


 おびき出すのはデリックさんたちに任せ、俺はいつでも攻撃に転じられるよう剣に手をかける。ついでだが、この剣は「粗製剣」と名付けることにした。いつまでも「切れ味の冴えない剣」ではパッとしないからな。


 ちなみに購入したのは治癒石の欠片×5 爆発石×3 閃光石×2 重力石×1である。


 エステルさんの言うとおり、市場で並ぶものよりも桁が一つ多かった。その分性能が良いのか、単に輸送費などが上乗せされてるだけなのか。頼むから前者であってくれ。


 夜もとっぷり更け、辺りは静寂そのものだ。夜長を鳴き通す虫の音に耳を済ませたい所だが、今夜は何も聞こえない。


 当然だろう。魔力、と言う奴だろうか。生ぬるくて、それでいてどこか冷たさを感じさせる風が窓から吹き込んでくる。しかも、それはだんだん強まっていった。


「……来るか、淫魔」


 息を潜め、覚悟を決める。今から襲来する魔物はエロ同人のように俺を夜這いに来るのではない。精を吸いつくし、殺すために来るのだ。


 ならば俺も迎えよう。ただし、殺意は秘めて。俺はずた袋から閃光石を取り出し、待つ。そして、サキュバスはやってきた。


「……あらあら。変わった匂いがすると思ったら、新顔さんじゃない♡ なんと悦に入ることでしょう。期待しても良いのかしら♡」


 甘ったるい香り、しっとりとした熱気、鼓膜に絡みつくような囁き。催眠効果があるのか、サキュバスの声を聞くだけで頭の中がぼうっとする。両目をがっちりつぶったまま、我を忘れないよう、頬の内側を強く噛みしめ、時を待つ。


「……夢を見ているのね。なら、お邪魔させてもらおうかしら。最期の夜だもの。せめて想い出を刻んで、あ・げ・る♡」


 サキュバスに殺意は感じられない。あるのは性欲ではなく、純粋な食欲。邪気が一切ないその行動が、種族の違いを浮き彫りにしていた。


 色香とともに手が伸びてくるのを感じる。ほんの少しでも触れられれば、ミイラになって俺の負け。


 だが、まだだ。ギリギリまで引き付けて、一気に攻勢に転ずる。ノリの乗らない戦いだが、勢いまで忘れてはならない。


「ふふ♡可愛い顔。それじゃあ、いただき……」


「ます、と言いたいところか⁉ 残念! 意外と安くないんだぜ、男の貞操もさ! 閃光石ッ!」


「な、なに⁉ 光が満ち満ちて⁉ きゃあああっ⁉」


 指先が振れる直前で、俺は「カッ!!!」 と目を見開く。そしてすぐさま床に閃光石を叩きつけた。


 その瞬間、部屋にあるもの全ての輪郭を消し飛ばすようなまばゆい光が迸る。狙った通り、音のないスタングレネードのような性能を発揮してくれた。


 だが……


「なに⁉ 何が起こったの⁉ 目が、くらむっ!」


「畜生! 見えねぇ! 何も見えねぇぞ! 高性能が過ぎる!」


 なんとも間抜けなことに、閃光石から放たれた光によって俺も視覚が奪われてしまった。石が砕ける直前に目をそむけたのはいいが、予想以上の光量のせいで俺もスタンしてしまう。


「ちょ、ちょっと待ってくれるかしら? まだ目がチカチカして……」


「ど、同感だ。焼き付きが、取れない。休戦を申し込む」


 頭を押さえ、たがいにフラフラとよろめく。だが徐々に夜の部屋の輪郭が戻ってきた。壁に寄りかかりながら、焼き付きが完全になくなるのを待つ。


「……はぁ、だいぶ良くなったかしら」


「幸先が悪いな、飽きない世界だね、正直さ」


 ぶるぶるっと頭を振り、両頬を強くはたいて意識を完全に回復させる。そうして目の前の魔物を見てみたら、さて、どうだろうか?


 結論から言おう。彼女はどう見たってサキュバスだった。集団的無意識がエロスを見出し、積み上げてきたアーキタイプ。愛すべきロザリオさんも大概だが、あれはまだ服としての機能を残していた。


 だが刮目して見るがいい。目の前のサキュバスが身に着けるソレは、スリングショットも裸足で逃げ出す代物。強いて例を挙げるなら、逆バニーのタイツ抜きだろうか? 恥部以外を何も隠さない衣装は、もはや全裸より致命的だった。


「あ、あら、起きていたのね? 熱烈な歓迎は嬉しいけれども……サプライズが過ぎるんじゃないかしら?」


 向こうも意識を取り戻したらしい。不服そうな顔で苦言を呈する。前かがみで胸を抱きかかえるようにしながら俺を指さすその仕草はなんとも蠱惑的で、退廃的だった。


「おもてなしってやつだ。粋だと言ってくれ……それで、お前は何者だ?」


「私? さぁ? 個としての名前なんて考えたことがなかったから。でも、大枠ははっきりしているわ。『サキュバス』そう覚えてくれるかしら?」


「……やっぱりか」


 幸い、彼女はエステルさんではなかった。しかしとんでもない美女であることに変わりはない。確かに彼女に触れられれば、いろんな意味で昇天するだろうさ。


「……なんだか簡単に眠ってくれる雰囲気じゃないわね。一応聞いておこうかしら、あなたの名前を。その剣に手なんかかけないで。もっと楽しいこと、私としましょう? 他にかけるべきモノがあるはずよ」


「そうだな……俺は」


 何だかエグい下ネタが混ざっていたような気がする。サキュバスは腋と胸部を強調するように両手を頭上に掲げる。そうして艶めかしい肢体をうごかしてみせた。


 俺も男だ。少しでも気を抜けばあの凶悪な肉厚に飛び込み、溺死するだろう。しかし、それは今俺がすべきことじゃない。


 言われた通り剣の柄から手を離し、なにげなくポケットに手を突っ込んで中のものを掴んだ。キッと顔を上げ、俺は宣言する!


「俺はスズキ! 勇者として、お前を倒す!」


 ドッガァァァァンッッッ!


 名乗ってすぐに俺はポケットから第二の魔石、爆発石を取り出してサキュバスに投げつけた。デリックさんたちには申し訳ないが、サキュバスとその背面にある壁が盛大に吹き飛び、焦げ付きを残す。


 こっちは使い勝手がかなり良い。炎こそ出るが、魔法由来のものだからか炎はすぐに消えてしまう。純粋な破壊に特化しているようだ。


「どうして⁉ 催淫が効いてない⁉ しかもいきなり攻撃だなんて! 狂ってるわ! 人の家でしょう⁉」


「いいや、至極真面目だね! 当然の帰結だ!」


 粗製剣を引き抜き、迷いなく斬りかかっていく。サキュバスもおぼつかない足取りながら背部の翼を正面に展開し、刃を防いだ。


「なぜ⁉ 男なら声を聞いただけで眠るのに! どうしてあなたはっ⁉」


「お前じゃ抜けない。それだけのことだっ!」


 予想以上に翼が固いな。だがそれは攻撃をやめる理由にならない。打ち付けるように何度も何度も粗製剣をぶん回す。


「痛っ! 痛いわよ! ホントに何なの⁉ 催淫は効かないし妙に強いし! もう、鬱陶しいのよ、あなた!」


「っ危ないねぇっ⁉」


 サキュバスは翼を収納した直後、右手に赤黒い光を宿す。直感的にそれが危険なものだと判断。とっさに身をのけ反らせ、空間を抉るような爪から逃れた。


「黙って私に搾られなさい。あなたも男でしょう? それが幸福で、とっても似合いだから」


「解像度が低いな。男の子ってのはわりと繊細なんだよ。こんな殺伐とした雰囲気で身を委ねられるとでも? 初めては大事にしたいんでね!」


「拒んだのはあなたじゃない!」


 逸れた体を立て直し、腰を深く落とす。そのまま右脚を一歩前に出し、勢い任せで粗製剣を突き上げた。サキュバスも体をよじって回避。だがその顔には明らかな戸惑いが浮かんでいた。


 調子は悪くない。このまま畳みかけろ!


「おかわりどうぞ!」


「ウソ、また⁉」


 ドッガァァァァンッッッ!


 再び爆発石を砕き、サキュバスを吹き飛ばす。弁解の余地もないほど、俺たちが戦闘している一室は跡形もなくなってしまった。もはやバルコニーである。ごめん!


「もう嫌! こんな夜は初めて! ホント何なの⁉」


「待て! 逃がすかよ!」


 翼を広げて宙に浮く。両爪で魔力の斬撃を飛ばし俺を遠ざけながら、屋外へと飛び立っていってしまった。


 俺は空を飛べない。コイツを逃がしたら、俺は建造物を損害しただけのド無能だ!


 慌てて焦げ付いた瓦礫をよじ登り、屋根の上へと昇る。飛行中のサキュバスと視線がかち合った。


「いい加減しつこいわよ! 童貞風情が、私に付きまとわないで!」


「誘ったのはお前だ! 筋の通らない話はよしてもらおう!」


「ああもう! 死になさいっ!」


 淫靡な紫色の魔法陣がサキュバスの周りに4つ展開される。そこから青と緑色が混ざったような色の球体が無数に射出。シャボン玉のような見た目のエネルギー体が雨あられのごとく降り注いできた。


「侮られたもんだ! 弾幕だって⁉ すり抜けられるさ!」


 気が遠くなるほどの弾幕。肝を冷やすには十分すぎる殺気。だが声を上げて無理やり奮い立たせ、間隙を縫うようにして魔弾を躱していく。


 この世界に来てから不思議と身体能力が向上したため、踊るように避け続けられる。チートよりも地味に助かるな、こういうの。何だか狼と戦った時よりも調子が良いし。


 サキュバスも驚いたように目を開き、再び魔弾を射出。しかし当の本人はそれ以上の追撃を行わず、翼を大きく広げた。


「付き合いきれない! 魔法陣は展開しておくから、そこで一生一人遊びでもすればいいのよ!」


 マズい、逃げられる! しかし膨大な魔弾を避けるのに俺は精一杯で逃亡を阻止できない……


「なんてわけがないだろ! 最高値の魔石を喰らうがいいさ! 重力石!」


「なッ⁉ そんなものまで⁉」


 ブォン


 爆発石と異なり、砕いても重低音がわずかに響くだけ。しかし、その効果は絶大だった。空を飛ぶ者には特に!


「だ、ダメだわ、引き寄せ、られ……きゃあっ⁉」


 狙い通り、砕けた魔石からとんでもない重力が発生。サキュバスは逃れようと必死に翼を羽ばたかせるが、態勢を崩して屋根上に戻ってくる。


「さて、そろそろ締めにさせてもらう!」


「っ⁉ ま、待ちなさい! 私は動けないのよ⁉」


「文句はニュートンさんに言うんだな! 重力には抗えない!」


「誰よ、その男⁉」


 同様に彼女自身が射出した魔弾、そして俺も引き寄せられていった。魔弾は先んじて、翼で防御するサキュバスの柔肌に猛攻を加えていく。やはり堅牢な翼。だが、今の俺はノリに乗っている!


「斬ッ!」


「だから待てと言って! やめて、来ないd……きゃっぁぁっぁあぁあ⁉」


 ガァンッ! と鈍い音が辺りを震わせる。片翼を砕かれたサキュバスは衝撃で後方へ転がっていった。


「……何とかなるもんだな」


 ダメージが蓄積し満身創痍となったサキュバスの方へ近づいていく。彼女も体を起こそうと踏ん張っているが、両腕で全身を支えきれていない。


 切っ先をサキュバスに向ける。決着はついた。だが、俺の気分は一向に晴れない。


 当然だろう。今俺の目の前にいる魔物は、あまりにも「ヒト」に似すぎている。コイツは村人を30人以上も殺した。ここで始末するのがベスト。そのはずだ。


 だが、どうしても殺す決心がつかない。魔物とはいえ、女性の姿をしている。オークや狼を殺すのとは違った生々しさが脳裏をよぎり、剣を握る手が震えてしまう。


 だが……


「……俺がやらなきゃ、ダメなんだ」


 迷いを振り払うように俺は剣を振り上げる。上段の構えを取り、サキュバスの首を目掛けて振り下ろそうとしたとき……


「お願いよ、殺さないで!」


「っ⁉」


 サキュバスが右手を前に突き出し、俺のとどめを制止してきた。あまりの緊迫した懇願に、思わず俺は手を止めてしまう。


「私たち、きっとすれ違ってしまっただけなのよ。私の話を聞いてくれる人なんて今までいなかった。だからどうかしら? 一度落ち着いて話さない? なにか誤解があれば、そこで解きましょう?」


「……」


 早口でまくし立てるサキュバス。どう考えたって苦し紛れの言い訳に過ぎない。


 だが、俺はまだどこかで期待していた。言葉が通じるなら、彼女とも分かり合えるのではないかと。


 そして同時にほっとしていたんだ。少しだけサキュバスを殺す猶予ができたことに。ああ、なんて愚かな男なんだろうね、俺は。


 ともかく俺は粗製剣を鞘に納め、サキュバスの話を聞くのだった。

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