第6話:スズキ、戦闘準備をします
「……サキュバス対策か。男に勝ち目ってあるんです? 剣だけで何とかなるか?」
そんなこんだで、俺は露店で装備を整えていた。急展開が過ぎる気もするが、今日の夜にサキュバスを討伐する。その際に役立ちそうなアイテムを探しているというわけだ。つまるところ、魔石やポーションである。
「もう少し異世界をゆっくり楽しみたいんだが、そうも言ってられないからな……」
意気消沈とまでは行かないが、ついつい愚痴とため息を漏らしてしまう。
いかんいかん。気をしっかり持て。あんなものを見せられたんだ。俺は何としてでもサキュバスを討たなければ……
「……しっかし魔石も種類が多いなぁ。ポーションの効能もいまいち分からないし」
戦闘に役立ちそうな魔石を物色しているが、使ったこともないのでどれが優れモノかが全く分からない。火炎石と油を買って投げつけるのがベストか?
「ああ、ロザリオさんに慰めてもらいたい。でも今夜は寝かせてくれないんだよな、最悪だぜ……ん、あれは?」
同じ夢なら、サキュバスの淫夢ではなくロザリオさんの吉夢が見たい。今度会ったら膝枕でもしてもらおうか。
そんなことを考えてたら遠巻きに野菜を吟味しているエステルさんの姿が見えた。いやぁ、過度に飾らない素朴な美貌。ザ・村娘と言う感じ。
「おーい、エステルさーん!」
「? あ、スズキさん」
手を振って声をかける。エステルさんもこちらに気が付いて歩み寄ってきた。
「さっきぶりですね、エステルさん。お買い物ですか?」
「はい。今日のお夕飯のことを考えていました。スズキさんは?」
「ああ、俺は戦闘準備ですね。今日の夜に魔物と一戦構えることになったので。そうだ! 良ければ魔石選びを手伝ってくれません? どうにも勉強不足でして」
うん。自然な誘い方じゃないか? デートの経験なんて皆無だが、多分おかしくないだろう。
だが予想に反し、エステルさんの顔がみるみる曇っていく。何か地雷を踏んだか?
「お父さんの依頼、受けたんですね。スズキさんには迷惑をかけてばかりで……」
「迷惑じゃないですよ。勇者としての責任ってやつです。それに助けてもらった恩もありますからね!」
「それじゃ釣り合いませんよ。本当に危険なんです。あの時だって……」
「あの時? あ、いや別に無理やり聞き出そうとかそんなつもりじゃないんで! 無理しなくてもね! はい!」
「いえ……あなたには必要ですものね」
いかんせんサキュバスに関する情報が不足している。少しでも勝率を上げるためには情報が必要だが、美少女を曇らせてまで手に入れたくはない。
だがエステルさんは話してくれた。やや震える声音は封じた過去を思い返すよう。すまないな。
「……例の化け物は一度、私たちの家に来たことがあるのです。半年ほど前になりますか。その日以降からです。村で男の人たちが殺され始めたのは」
「マジですか? ご自宅にサキュバスが? 大丈夫だったんですか⁉」
「はい。その時はお父さんが追い払ってくれたんです。でも、すっごい怪我をして。化け物に触られたせいで身体から枯れ木のようにやせ細ってしまって……農作業ができるようになったのはつい最近のことなんです」
「デリックさんが……」
なるほど。戦闘の際は触られるとアウトらしい。いわゆる精気吸収と言うやつだろう。デリックさんも良く生還したものだ。
「無事でよかった……適切な言葉かは分からないですが、そう言わせてください」
「まぁ、結果的には。でも運が良かっただけです。それに、今でも思い出すんです。私とエマを睨みつける魔物の女の目が……言葉はなくとも、強くて重い感情がぶつけられました。何度も、何度も」
「……奴は何を思ったんでしょうね?」
「さぁ……」
そう言ってエステルさんは俯いてしまった。デリックさん同様、破りがたい沈黙が訪れてしまう。もう少し話を聞きたいが、これ以上は酷だろう。彼女の肩はわずかに震えていた。
「大体わかりました。安心して下さいエステルさん。明日の日の出が悪夢の終わりです。あなたの憂いは、俺が消します」
そっと肩に手を置き、少しでも彼女の気持ちが落ち着くことを祈りながら俺は誓う。また一つ、討たなければならない理由ができてしまったな。
「……ありがとうございます。私は何の役にも立てないのに」
「お気にせず。もし気が済まないなら、明日の朝食は俺の分も作ってください。それで手打ちにしましょう」
「……分かりました。お料理には自信がありますので」
良かった、少しだけエステルさんに笑顔が戻った。籠いっぱいの野菜を示し、得意げに揺らして見せた。
「あ、そうです。私も奇石は詳しくないですが、この辺りに並んでいる商品は家庭用なので戦闘には向かないかと……」
「ありゃ、そうなんです? まいったな、マジで剣一本になっちまうぞ」
「でも今日は広場で鉱山都市の行商人さんが露店を出しています。そこなら戦闘用の奇石も取り扱っているはずです。ちょっと値は張ると思いますが」
「おお! それはありがたい。早速行ってみますよ! これで勝率アップです、エステルさん!」
「はい。微力ながら、私もエマも応援しています……では、私はここで」
エステルさんはペコリを頭を下げたのち、俺の脇を通り過ぎて家の方へ帰っていった。だが途中で振り返り、静かに言葉を言い残す。
「……どんな結果になっても受け止めますから。戦ってください、心置きなく」
「あ、は、はい」
そうしてエステルさんは再びお辞儀をし、今度こそ行ってしまった。
「……何で不穏な雰囲気ばかり垂れ流すのかね。奥ゆかしさなんてありゃしない。止まらんもんだな、ざわめきってのは」
まさかエステルさんがサキュバスなんてオチはないだろうな。それはさすがに殺す覚悟が揺らいでしまう。だとしても、結果を変えるつもりはないがね。
「ま、悲観はするなよ。死んだ殺したの関係なら、後者になってみせるさ」
身体を伸ばして空を仰ぐ。相変わらず広がる青空の下、俺はエステルさんに言われた通り、魔石を買いに広場まで向かった。