第4話:スズキ、歓迎されます
「……ここ、どこ?」
月並みな表現だが、そこには見知らぬ天井が広がっていた。病室のような無機質な白ではない。温かみのある木製の天井だ。しかも俺は今、暖かな毛布にくるまっている。
「何してたんだっけ? 召喚されて。ロザリオさんに会って、森に行って……そうだ! ロリっ子! あの子はどうなった!?」
横になってる場合じゃねぇ! 俺はロリ美少女を助けるとかほざいて行き倒れたんだった!
なんの慰めにもならん、あの子はどこに……
「……おきた?」
「ああ、起きたさ! それより早くあの子を……あれ? ていうか君、いるね」
「うん。いるよ」
慌てて跳び起きたのが馬鹿らしくなってしまう。当然だ。件のロリっ子は俺が横たわるベッドの傍にいたからである。椅子に腰かけて、なにやら写真立てのようなものを眺めていた。
俺の覚醒に気付いた少女は不思議そうな、それでいてどこか安心したような笑顔を向けてくれた。ああ、傷が癒えていく気がする……というか本当に痛くないな。殴られ、噛まれたはずなのに。
「まっててね、おねぇちゃんよんでくる」
「お、おう。ありがとうね」
そう言ってロリっ子はそっと手を振り、階段を下りていった。その隙に室内を見渡してみる。見たところ、宿か民家のようだ。質素なベッドに質素な椅子、机。本も数冊並べられていた。生活水準が気持ち高い気がする。
「そういや、さっきの……」
この世界に写真があるかは知らない。だが、あのロリっ子は小さな額縁を愛おしそうに眺めていた。何が映っているのかが妙に気になり、手に取ろうと手を伸ばしてみて……
「目が覚めたのですね⁉ よかった!」
「おお! 一時はどうなることかと!」
階段を勢いよく上がって来る音、そして扉を開けて俺の回復を喜ぶ声を聞いたので慌てて寝台に戻る。ロリ少女は二人の人物を連れてきた。一人は麦わら帽をかぶった農夫らしき中年の男。あごひげが渋い。
そうしてもう一人は、ロリ少女の未来だった。ロリっ子の数年後、それがまさに今、俺の目の前にいた。きっと彼女が姉なのだろう。
「薬草が効いたようですね。もう傷は癒えたと思いますが、なにか異常はありますか?」
「い、いや。大丈夫です、はい」
村一番の美女であろう女性は俺の傍に寄り、毛布越しに俺を優しくポンポンしてくれる。まだ20年も生きていないだろうに、凄まじい母性だ。溺れてしまいそう。
「あの……ここはどこですか?」
「アグリコ。なんてことない農村都市だ。」
そう言って体格のがっしりした男は告げる。アグリコ。確か森の先にある町がそんな名前だったな。そうか、何とかたどり着けたのか。
「アンタが行き倒れてたのを娘が見つけてな。ここまで運んできたんだ」
「聞けば妹を助けてくれたと。本当に、なんとお礼を言えばいいか……」
二人して頭を下げる。俺も再び飛び起きて、つい頭を下げてしまった。
「いやいやこちらこそ、手当していただいて! おかげで良くなりました、はい! 妹さんもお元気そうでなにより!」
「そう言ってもらえると嬉しいです。ほら、エマもお礼言った?」
「……ありがと、おにいちゃん」
「どういたしまして、無事で何より」
しゃがみ込んで目線をエマちゃんに合わせ、頭を撫でる。一応弁解しておくが、やましい気持ちは一切ない。ついつい優しくしたくなってしまっただけだ。
「そういや申し遅れましたね。俺はスズキ、勇者やってます」
「スズキさんか。俺ぁデリック、そしてこっちが……」
「娘のエステルです」
「……エマ」
「3人で農家やってんだ。この町じゃちょいと名も知れてる。おかげさまでな」
「ははぁ。さすがです」
3人、か……いや、余計な詮索はよしておこう。どこまで行っても俺は部外者だからな.。見たところ家族の中もよさそうだし。
「デリックさんたちが俺を運んでくれたんですか?」
「おうよ、エマを見つけた時にな。気持ちいいくらい大胆に伸びてたんで、俺ぁ感心しちまったさ! ガハハ!」
「そうでしたか! そりゃあ心地よいもんですな! ははは!」
いや、とりあえず笑ってみたが笑い事じゃないだろう。あの時はマジで死ぬかと思ったんだぞ、こっちは。
「……スズキさんとおっしゃいましたか? ところで貴方はなぜあの森に? 旅の方……にも思えないのですが」
快活そうな親父さんと打って変わり、エステルさんはどこか訝し気な視線を送ってくる。美女に冷ややかな目を向けられるのはゾクゾクするが、変に警戒させても仕方ない。信じてもらえるかはともかく、説明はちゃんとしとこう。
「えっとですね、俺、勇者やってるんです。国王から魔王を倒してこいって言われて、旅に出たってわけですね。その始まりがあの森だったわけです」
「ユウ、シャ……お父さん、知ってます?」
「いいや、冒険者ならまだ分かるがなぁ……ユウシャってどんな職業なんだ?」
「……おーとで何かあったって、ぎょーしょーにんの人が言ってた気がする」
「ほぉ、王都でねぇ。田舎モンには縁のない話しだな。そういや、俺も風のうわさで聞いたような気がする。離宮の方でとんでもない化け物が生まれたって。詳しくは知らねぇが」
おやおや? 「勇者」という概念をご存じでない? 異世界に来たのにそんなことってあるんです?
そんな俺の疑問に気づく素振りは一切なく、デリック一家は首をかしげるばかり。こちらを揶揄おうとする意図も見えず、聞きなれない言葉に思索を巡らせていた。埒が明かないので俺が話を進めよう。
「勇者ってのは、そうですね……、化け物退治の専門家みたいなものです。世のため人のために魔物を切り捨て、親玉である魔王を倒す。それが使命ですね」
「マモノ? ……まだ少し分からないですけど、スズキさんはお強いのですね」
「不慣れな事ばかりですがね。今日だって狼3匹に随分と苦労させられたもんです。ま、戦った甲斐は十分すぎるほどありましたけど」
「そう言っていただけると気も楽になります。本当にありがとうございました」
エステルさんの表情が少し柔らかくなる。ある程度は納得してくれたってことかな? チートもハーレムも俺にはないんだ。せめて村人くらいには良く思われたいもんだよ。
「……そうか。化け物退治の専門家、ね」
しかし、今度は打って変わってデリックさんの顔が険しくなった。口元に手を当て、ブツブツ言いながら何かを考え込んでいる。先ほどまでの陽気な男は既におらず、その顔つきは何かを憎んでいるようにも見えた。
「……なぁ、スズキさんよ。化け物を殺すんだ、つまりアンタは腕が立つってことだろ? エマを襲った狼どもの駆除も、俺たちだったら2、3人は必要だ。一匹に対してな。だってのに。アンタは一人で片付けちまった」
「まぁ、そうなりますね。なんなら森に入る前にゴブリン十数匹とオーク一匹を撃退しましたよ。その結果があのザマですがね」
「マジかい。そりゃあ大したもんだな……よし」
彼なりの結論が出たのか、デリックさんは深く頷いたのち顔を上げる。そして俺の目をまっすぐ見据え、やたらと重そうな口を開いた。
「スズキさん、折り入ってアンタに頼みたいことがある」
「……頼み事?」
「ああ……最近、ウチの村を襲っている化け物。ソイツを殺してほしいんだ」
「……何だか穏やかじゃないですね」
自分の腕っぷしに自信があるわけではない。だが魔物の討伐は勇者の本業。そういうことなら頼まれなくても倒しに行くが……どうにもタダ事じゃなさそうだ。その証拠に、俺よりも早くエステルさんが口を開いた。
「何を言ってるんですか、お父さん⁉ いくら何でも危険すぎます! スズキさんに迷惑がかかるなんて話じゃ済まないんですよ⁉」
「そんなこと分かってる! でも、このままじゃ村は衰える一方だ! 俺たちじゃ倒せない。もう縋るしかねぇだろ!」
「ですが……ですが!」
ヤバいな、だんだんヒートアップしている。エステルさんもその「魔物」の脅威を痛いほど理解しているらしい。おしとやかな印象を受ける彼女はどう見たって取り乱していた。
ともかく、今は二人を止めないと! 愛しきロリっ子の瞳が戸惑うように揺れ、言い争う二人を見つめていた。
「二人とも落ち着いてください! エマちゃんが怖がっています!」
「っ⁉ ご、ごめんなさいエマ」
「わ、悪い。ついマジになっちまった」
「いえいえ……でも、いったいどんな魔物なんです? それが分からないと対策も思いつかないと言うか。名前さえ分かれば、ほら、『種族図鑑』で調べられるので」
「……おおきい本」
そう言って俺はずた袋から例の図鑑を取り出す。ゴブリンも狼も調べる間もなく戦闘になってしまったので、今一つ役に立ってない。だが時間さえあれば対策を練れるだろう。
「魔物の名前とか分かります? 五十音で探してみるんで」
分厚い図鑑の索引を開く。やれやれ、この世界にはどれだけの魔物がいるんだ。広辞苑が裸足で逃げ出す量だね、こりゃ。
村を滅ぼすってなると、ベタな所でドラゴンとかかな? そうだったら勝てる未来が見えない。最高だ。
「……すまん。名前は、分からねぇんだ。あんな化け物、初めて見たからな」
「あれま。じゃあ特徴とかは? それで当たりをつけてみますよ」
「おお、それなら問題ないな」
初めて見る魔物、か。勇者も魔王も認知度が低い世界なんだ。遠方の魔物など知る由もないのかもしれない。
「……姿をはっきり見た奴はいない。だが目撃証言を組み合わせると特徴は3つだ。露出狂じみた女の姿をしている。夜行性。男を狙う。どうだ、心当たりはあるかい?」
「……なるほど」
うんうん。それって、いわゆるサキュバスって奴じゃないですかね? 話を聞く限り、えっちなお姉さんってことですね?
いやっほう! やっと異世界らしくなってきたぜ! これをハーレム形成の足がかりに!
なんて馬鹿なことを思える雰囲気ではとてもなかった。デリック、エステル、エマ。彼らの悲痛さが滲んだ顔を見てしまったのだ。
俺が思うような展開はない。そんな予感ばかりが、俺の胸を騒がせるばかりだった。