第2話「考察、コロニーの日常」
(`・ω・´)ゞジャッ
「なるほど、わかったわかった。話をおさらいするとよ」
仕事終わりの野郎どもの野蛮な声が響く酒場で、マスターである「ゲン」はため息混じりにカウンターで一人酒を飲んでいる俺に話し始める。
「今日、お前はいつものように狩りに出かけた。そこでお前は、裸の、しかも年端も行かない女を拾った。しかも、仕留めたはずのオオカミも持ち帰らずに」
安い酒をちびりと飲むと、小さく「ああ」と返事をした。
「ユウ、俺とお前の仲だろ? 上手くいかなかったときの言い訳なんて聞きたくねえよ」
「チッ、あのなあ」
俺はジョッキを大きく傾け、ドンとカウンターに置き、目の前の大男を見上げた。
「何で俺はお前みたいなスキンヘッドのごつい男に見栄張んなきゃいけないんだ? 俺だって、未だに信じられない」
「はぁ、しかもあれだろ?」
「ああ」
「自分の過去、全く話したがらないって、そんなことあり得るか?」
リリをコロニーに連れ帰る途中、何度も過去について聞いたが、リリは呪いにでもかけられているかのように大事な情報を話したがらなかった。
「俺なんて日がな一日中、自慢話の次に苦労話聞いてるってのに」
「それはそれは、お疲れさん」
「……」
バツの悪そうな目で俺を見下ろすゲンを見て、少し笑ってしまった。
「悪い悪い。一杯飲んでくれ」
「良いのか? 羽振り良いな」
「今日はとびきり疲れたからな。飲みたい気分なんだ」
「それはそれは、いつもご苦労さんです。ハンターさん」
ゴツッ、とジョッキを合わせ、一気に残った酒を飲み干すと、空いたそれをゲンの前に置いた。
まあまず間違いなく、あいつは近くのコロニーの娼婦だったのだろう。
性病にでも罹って行商のついでに捨てられたのだ、でないと、働き盛りの若者があれだけぞんざいに扱われることの説明がつかない。
「ほいおかわり」
「ありがとう」
しかし、そうなると引っかかることがいくつかある。
まずあの深い穴。優に三メートル以上はあった。行商のソリから落とされてああはならない。
次に、あの頭の怪我。恐らく雪に埋もれていた石に頭をぶつけたのだ。しかし、雪が、しかも新雪というクッションがありながら、あれだけの怪我になるのか疑問だ。
そして何より、リリのあの希望と決意に満ちた目。
街を歩く娼婦たちはおろか、このコロニーにあんな目をする大人は一人もいない。
「おお、これはこれは。一匹狼さんは今日もしっぽりと晩酌かい?」
隠す気の無い嫌悪と侮蔑。それが俺に向けられたものだと振り返らなくてもわかった。
「考え事してるんだ。邪魔しないでくれ」
「おいおいつれねえなぁ。いつも俺らの獲物まで奪ってんだからよぉ、話くらい付き合ってくれても良いじゃねえか」
「はぁ」
ため息が出る。普段はこの程度で頭にくるなんてこと無いが、混乱しているせいで妙に腹にくる。
「おいお前ら、やめねえか」
「ゲンもよぉ、こいつの兄貴分だか何だか知らねえが、いい加減態度治すように言ってやった方が良いぜぇ?」
「ユウは昔からこうなんだ。人に優劣付けずにフラットに見てるだけだ。やることはやってんだから目瞑ってくれても良いじゃねえか」
「目上の人間にそれなりの態度で接するのも仕事の内だって言ってんだよ! てめえら、調子こいてると頭カチ割るぞ」
「一日八十キロ」
ジョッキをカウンターに置き、俺は奴らに向き合う。
「あ?」
「俺が狩りの度に走っている平均距離だ。平均だ。これぐらい走ってやっと、この辺りのオオカミの群れの規模とお互いの関係、動向を知れる。先輩方は、どれだけ足で稼いでいるので?」
「そ、そんなの、いちいち測ってねえよ」
「あれあれ? おかしいなぁ。俺たちは狩りの終わりに、どこまで行って、何を見たかコロニーに報告する義務があるはずだ。地図の見方さえわかっていれば、大まかでも言えるはずだけどなぁ?」
「お、おいっ、ユウ!」
俺はゲンの制止を振り払い、バツの悪そうに顔を歪めている「先輩ハンター」の顔を覗き込む。
「こっちはてめえらがサボってんの知ってんだよ。獲物を分け合ってクソみてえな談合してることもなぁ。自分の努力不足を棚に上げてんじゃねえよ」
「……この野郎っ!」
そいつはとうとう我慢ならなくなったらしく、いきり立って俺の胸倉を掴もうと手を伸ばす。
「ユウっ!」
微かな悲鳴、ざわめきが広がっていく。反対に俺の頭はスッと冷めていく。
「仕事人を、しかもハンターを怪我させると重罪だぜ? 先輩?」
「ぐっ、ぐぅぅ」
俺はそいつの行儀の悪い右腕を掴み、徐々に力を込めて捻っていく。
「俺はっ!」
「あ?」
「俺は! 今日オオカミを一匹狩った!」
「弾倉を使い果たしてか?」
「っ!」
「俺は二発で二匹だ」
すると、男の陰に隠れていたもう一人が口を開く。
「嘘だっ! こいつ、今日何も獲物を取ってなかったぞ!」
「チッ」
思わず舌打ちが出る。証拠が無い。
「ははっ、ボロが出たな。今までもあの手この手で誤魔化してきたんだろ」
「知った風な口を」
「差し詰め、困ったら人の肉でも切って持ってきてたんじゃねえのか⁉ お前の母親がそうなったようになぁ!」
「……おい」
右の拳に力を込める。このクズを、今ここで殺してしまっても構わない。
「死ね」
殴りかかったそのとき、ゲンにその拳を止められる。
「やめとけ」
「離せっ!」
「お客さんだ」
ゲンの視線の先を見ると、酒場の入り口に質の良い外套に身を包んだ中年の男が二人、こちらをじっと見ているのに気付いた。
「チッ」
やり場の無くなった拳を握り締め、男の手を振り払う。
「中央政府の人ですかい」
「ああ、そうだが。この騒ぎは何だ?」
「いやぁ、見苦しいものをお見せしてしまって、申し訳ない。うちのハンター共は血の気が多いもんで、おかげさまで今日も俺らは贅沢三昧ですわ」
「……まあ良い。それより、上の者には話したが、お前らにも情報共有しておく。店主はこれを壁に張っておくように」
「……これは?」
ゲンが受け取ったポスターのようなそれを覗き、絶句してしまった。
「人探しだ。見つけたら報告するように」
そのポスターに写っていたのは、間違いない。あの少女、リリだった。
「……何か心当たりが?」
瞬間、役人と野郎共の視線が突き刺さる。
「……いやぁ、良い女だと思ってね。一番に見つけたら、是非ご褒美が欲しいもんだ」
「そいつは俗物ではない。決して傷を付けるなよ。全く、これだから地方の蛮族は嫌なんだ」
ぶつくさと酒場を去っていく役人を見送り、頭が真っ白になる。とても喧嘩の続きをするような気分ではない。
「ユウ」
「お勘定」
「お、おお」
ポケットから札を数枚取り出し、ゲンに押し付けるようにして急ぎ足で店を出る。
「おい、待て」
しかし、早く家に帰ろうとする俺の腕をゲンががっしりと掴む。
「何だ」
「このポスターの女、もしかして」
「ああ、今日拾った奴だ」
ゲンの手に力が入る。
「もし、引き渡せば」
「ああ、わざわざ中央政府が出向いてくるような超重要案件だ。しばらく仕事しなくて済むだろうよ」
「どうするんだ」
「……わからない」
冷静に考えれば答えは一つだ。引き渡すしかあり得ない。今日出会ったばかりの奴に、思い入れも何も無いはずだ。
「ユウ」
「何だよ」
「お釣り」
「……いらねえよ」
「ああ、だからさ」
ゲンは俺の腕を放す。振り返ると、ゲンは穏やかな表情を浮かべていた。
「何かあったら、ぜってえ力になるからな」
「……おうよ」
「相談しろよ」
「わかったよ」
「またな!」
「ああ」
手を挙げ、上着のポケットに手を突っ込んで歩き出す。
角を曲がり、灯りが届かなくなる。
暗闇の中、早歩きになる。
次第に駆け足になり、気付けば俺は全力で家に向かって走っていた。
リリは一体何者なのか、俺はどんな判断を下せば良いのか、リリは、俺にどんな判断材料をくれるのか。
『リリ、ウィンター』
寒気が肺を凍り付かせていく最中、リリのあの力強い目がフラッシュバックしていた。
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